664 Episode 664: The Existence of Alphazuru.txt




 振り返ってみれば、俺がアルファズルについて知っていることは決して多くない。

 既に故人だというのも大きいが、生前を知る連中が揃いも揃って規格外、滅多に言葉を交わせるような相手ではないのも原因の一つだ。

 中立都市(アスロポリス)の管理者フラクシヌスはまだいい方で、魔王ガンダルフや北方樹海連合のエイル議員などは、向こうから接触してこない限り会話を交わすことすら難しい。

 だが、今一度『右眼』の記憶を覗くのならば、これまでに知り得たことを整理しておいた方が良さそうだ――









 ――アルファズルと呼ばれる男の素性は謎に包まれている。

 古代魔法文明が華やかなりし頃、どこからともなく現れた名もなき者、それがアルファズルだ。

 出身地不明、本名不明。

 アルファズルという呼び名も、優れた資質を認めた第三者から与えられたものであり、他にも多くの異名を持っていたとされている。

 現代人である俺にとっても意味合いの分かりやすいものでいうと、優れた知性を称えた呼び名と思しき知恵者(ワイズマン)や、むしろ蔑称なのではと思えてしまう名もなき者(ネームレス)などが挙げられるだろう。

 ともかく、アルファズルは出自不明ながら魔法使いとして名声を高め、種族を問わず多くの友を得てきた。

 ダークエルフの王族ガンダルフ、樹人(ドライアド)のフラクシヌス、ドワーフのイーヴァルディ。

 エルフの少女エイル、東方人の炫日女(かがひめ)。

 そしてアルファズル以上に素性不明で、種族すら明らかではなかった存在――ロキ。

 以前に『右眼』の記憶を垣間見たとき、俺はロキ以外の面々の若かりし姿を目撃した。

 時間が静止したかのような空間における出来事で、彼らも蝋人形か何かのように喋りも動きもしない仮初の存在であったが、それでも彼らが友人と呼ぶべき関係であることは容易に見て取れた。

 現代における言動なども鑑みると、エイルと炫日女(かがひめ)は異性としてアルファズルを意識していた節もあるが、今となっては詮無きことだ。

 ロキもまた友人の一人であったはずなのに、あの場にロキの姿がなかった理由は分からない。

 単にあの時点ではまだ出会っていなかったのか、それとも諸般の事情で居合わせていなかった場面だったのか。

 理由はあれこれ考えるだけ無駄だろう。

 ともかく、アルファズルは仲間達と活躍を重ねてきたそうだが、やがて古代魔法文明が破局を迎えるときが来た。

 ロキが生み出したメダリオンと、それを核とする魔力生命体――神獣と魔獣の出現により、当時の地上の文明が滅亡させられてしまったのである。

 動機については一切不明。

 元凶たるロキが事情を語ることは遂になく、真相の全ては闇に消えた。

 しかしながら、古代魔法文明も一朝一夕で滅ぼされたわけではなく、可能な限りの抵抗や文明存続の試みを繰り返した末での滅亡であった。

 一体どれくらいの年月を耐えたのかは分からないが、少なくとも巨大な狼の神獣と対峙したアルファズルは、俺の目にはかなり年老いているように映った。

 その一環としてアルファズルが生み出したもの、それは人工的な地下空間に地上の環境と生態系を再現し、地上の破壊が収まった頃を見計らって再び繁栄させるための『種』とする手法――現代ではダンジョンと呼ばれる代物である。

 アルファズルはダンジョンの製造方法を全世界に公開したらしく、当時の文明圏でこぞってダンジョンが生み出されたものの、その多くは地上帰還の時を待たずに機能を喪失し、魔物や魔族が棲息する地下空間に成り果ててしまった。

 だが、それでも一部のダンジョンは人類を存続させることに成功し、地上に新たな人間の文明が栄えることになった。

 このアルファズルの功績は、完全ではないものの新たな文明にも伝えられ、一部地域ではアルファズルを神格化したと思しき神が崇められている。

 彼を信仰する者はそれだけでなく、アルファズルが最初に生み出したダンジョンのプロトタイプ、即ちグリーンホロウ近郊に存在する『元素の方舟』のドワーフ達も、アルファズルをダンジョンの創造主として信仰していた――






 ――これだけ見ると、アルファズルは手放しに称賛できる存在のようにも思えてしまう。

 しかし俺にとって、奴は恩義と迷惑を同時に感じる厄介な代物であった。

 神獣との戦いで命を落としたアルファズル。

 ところが奴は、遠い未来に復活することを計画した上で死地に臨んでいたのだ。

 正確な選定基準は不明で、原理は本題に関係ないのでひとまず脇に置いておくが、俺は奴の復活の素体に選ばれてしまったようだった。

 そのお陰で迷宮から脱出できたのは事実だし、どういうわけか復活を諦めた――と思しきアルファズルから与えられた『右眼』には何度も助けられてきた。

 しかしそれと同時に、魔王ガンダルフやハイエルフのエイルから目をつけられる原因になったのも事実であり、更には使い続けることで何かが起きかねない不穏な気配も漂わせている。

 ありがた迷惑と言い切るには助けられすぎているが、全面的に受け入れるには厄介な影響が強すぎる。

 そして本当に俺の体を諦めたのかどうかは、今も断言することができない――それがアルファズルに対する俺からの評価である。










 さて、どうして今になってこんなことを振り返ったのかというと、案の定というべきかヒルドがアレクシアの要請を快諾したので、俺も腹を括って『右眼』と向き合う覚悟を固めたからだ。

 鬼が出るか蛇が出るか。

 どんな結果になるにせよ、何も起こらずに終わるとは考えにくい。

 予想もしないことが起きても平静を保っていられるように、あらゆる想定を重ねながら、ヒルドとの約束の日時を待つことにしていたのだった。