1110 Episode 1110




 砂漠で野営を行った翌日の朝、レイが身支度を済ませてマジックテントから出ると、丁度砂塵の爪の四人も砂上船から降りてくるところだった.
 ……そう、マジックテントがあるレイはともかく、砂塵の爪はサンドリザードマンから逃げる時にテントを含めてある程度の荷物を捨ててきた為、寝る場所がなかったのだ.
 戻って回収しようかと口にしたレイだったが、トライデントで突き刺された時に盾にした為に使い物にならず、そもそもどこでなくしたのかも分からないと言われれば、レイも探す気にはならなかった.
 最初はマジックテントに入れるのもいいかもしれないと思ったレイだったが、それをレイが言うよりも先にハウルが申し訳なさそうに砂上船の部屋を貸してくれないかと尋ねてきた為にレイはそれを快諾.
 砂塵の爪の四人は砂上船の中で一晩を過ごすことになったのだ.
 勿論砂上船を盗まれるのではないかという心配はあったのだが、砂塵の爪の中には魔法使いはおらず、一般的なマジックアイテムの類であればともかく砂上船のような大物を動かすことが出来る魔力の持ち主はいない.
 魔石があれば話は別だったかもしれないが、荷物を捨ててきた為にそれも出来ない.
 もっともレイの実力を目にして、そこにセトもいるというのに砂上船を盗むような真似をするとは思えなかったというのが大きいのだが.

「レイ、おはよう」

 真っ先にレイへと向かって挨拶をしてきたのは、砂塵の爪の紅一点カルディナ.
 レイと同じ槍使いであり、その強さを間近で見たということや異名持ちの高ランク冒険者ということもあって、レイに対してはそれなりに好意を抱いている.
 もっともそれは異性間の好意というより、自分より強い相手に対する尊敬の念の方が強い.

「ああ、おはよう. 砂上船の中だけど、眠るのに問題はなかったか?」
「ええ. さすがに高性能なマジックアイテムだけあって、テントで寝るよりも大分いいわ. まぁ、部屋の中には何もなかったから素泊まりに近い状態だったけど、外で寝るよりは余程快適だったわ」

 一瞬砂上船を貸し出した自分に対するお世辞か何かか? と思ったレイだったが、他の三人の姿は昨日よりも元気で力に溢れている.
 カルディナが口にしたように、十分に休むことが出来たのだろう.
 それを聞き、再びレイの中に砂上船の別の使い勝手が思い浮かぶ.

(なるほど、簡易的な宿泊所としては十分使い物になるか? 部屋は幾つもあるんだし、そこにベッドとかを用意しておけば……)

 砂の砂漠以外では移動出来ない為にギルムで活動するレイには使い勝手のないマジックアイテムだと思われた砂上船だったが、純粋にテントの代わりとしてなら使えるのではないかと.
 普通のテントとは違ってしっかりとした作りになっているので、隙間風の類に悩まされることもない.
 勿論レイの使っているマジックテント程に快適に過ごせる訳ではないが、明らかに普通のテントよりは快適な生活空間と言ってもいい.
 勿論欠点も幾つかある.
 まず最大の欠点は、やはり砂上船の大きさそのものだろう.
 五十人近くが乗っても問題ないだけの大きさだけに、どこででも出せるという訳ではない.
 街中や街道の側で砂上船を出すような真似をすれば、間違いなく目立つ.
 そして目立つということは、盗賊を含めて妙な考えを抱く者が襲ってこないとも限らない訳で……

(使い勝手は問題なさそうだけど、面倒事も多くなりそうだな. それに、見張りとかの問題もある)

 テントであれば、何か……もしくは誰かが襲撃して来た時にはすぐに外へ出て迎撃することが出来る.
 だが砂上船では、部屋から出て、それから甲板へと出て、そこから更に地上へと降りる必要があった.

(どちらかと言えば、持ち運び可能な要塞みたいな物と考えればいいのか? ……いや、要塞はないか. それでもテントとかに比べると丈夫で夜の心配もしなくていいのは間違いないけど. ……移動可能なホテルって感じか?)

 砂上船の新しい価値に、売り払うのは少し待った方がいいかもしれないという考えが脳裏を過ぎる.
 少なくても、ギルムに帰ってからその辺を色々と検討する必要があるだろうと.

(まぁ、基本的にソロで行動しているんだし、この砂上船をホテル代わりに使うってことはそんなに機会がないと思うけど)

 レイだけが寝泊まりするのであればマジックテントがあれば十分で、防衛能力に関してもセトがいる.
 また、砂上船を移動可能なホテルとして使うには、当然ミスティリングを持っているレイが必須となる.
 ソロで動くレイと、移動可能なホテルを持つレイ. 砂上船の使い道を考えると、レイにとって砂上船というのは持っていても使い勝手が悪いというのは変わらない.
 それでもレイが砂上船を手放さないことを考えるようになったのは、今回のように自分以外の者達と行動をする時に役に立つという思いがあったからだ.
 ……もっとも、今でこそソロで活動しているレイだったが、ギルムに戻ってヴィヘラとビューネが戻ってくれば行動を共にすることになる.

(二人程度ならマジックテントに十分入るだろうけど)

 そう考えつつ、そろそろきちんとパーティを結成した方がいいのではないかという思いもある.
 今は一緒に行動しておりソロの冒険者がそれぞれ協力しているという形になっているのだが、これからのことを考えればパーティを組んだ方が都合がいいのも事実だった.

「レイ、そろそろ食事にしない? 午前中にゴーシュに到着するだろうけど、食事はきちんと食べておきたいし」

 カルディナの言葉で我に返ったレイは、砂上船の横でミスティリングから料理を取りだして食事にする.
 昨夜の夕食と同様に流水の短剣から出された水を飲んだ砂塵の爪の四人がその水の味に感動したり、砂漠で行動中にはまず食べられない料理に感動したりといったこともあったのだが、それはレイにとってはいつものことに近い.

「二刀流で戦う上で大事なのは何だ?」

 オーク肉の串焼きを食べているハウルに、レイが尋ねる.
 昨夜はデスサイズと黄昏の槍の二槍流を試していたのだが、それでもまだ十分に使いこなせているとは言えない状況だった.
 それこそ二槍流のレイとデスサイズか黄昏の槍のどちらか片方だけを持ったレイのどちらが強いのかと言われれば、レイ自身ですら即座に後者だと断言出来るくらいには.
 もっとも、レイの中ではそれは今だけだという認識が強い.
 大鎌と槍という、明らかに扱いの違う二つの長物. 使いこなすのは難しいが、逆に言えば使いこなすことさえ出来れば、それは極めて強力な攻撃手段になると思っている為だ.

(ただ、刀とか剣の二刀流ってのは聞いたことがあるけど、二槍流って聞いたことがないんだよな. まぁ、剣より重い槍を片手で持つってのがまず難しいんだから、しょうがないんだろうけど)

 軽い短剣であれば二刀流を使っている者は多い.
 事実、ギルムのギルドでは何人かの盗賊が自慢しているのをレイは聞いたことがあった.
 だが、長剣ともなればその重量は短剣とは比べものにならない.
 約二kg前後の武器を片手で持ち、自由に振り回すのだから.
 ……まして槍や大鎌ともなれば、その重量は長剣よりも更に重い.
 それを片手で持ち、しかもただ持つだけではなく左右別々に、自由に動かす必要があるのだ.
 その難易度がどれくらい高いのかは、二槍流を試しているレイが一番理解出来ていた.
 だからこそ、少しでも何かコツはないかと二刀流の使い手でもあるハウルへと尋ねたのだが……

「大事なことか. 自分の流れに乗ることだな」

 戻ってきたのは、意味が理解出来ないそんな言葉だった.

「流れ?」
「ああ. 自分の中から生み出される流れ……音楽と言ってもいいな. その流れに乗ることだ」
「……言ってる意味がよく分からないんだが」

 ハウルの口から出たのは、全く理解出来ない言葉.
 そんなレイの様子に、カルディナは苦笑を浮かべて口を開く.

「あまり気にしない方がいいわよ. ハウルの場合はどちらかと言えば感覚で戦ってるから. それを他人に分からせるというのはちょっと難しいし」
「むぅ. そうでもないんだがな」

 カルディナの口から出た言葉にハウルは不満そうに呟くが、残念ながら他の二人もカルディナの意見に賛成らしく、黙って頷くだけだ.

「出来れば二刀流のコツみたいなものを聞きたかったんだけど. やっぱりこの辺は独学でやっていくしかないのか」
「別に二刀流の使い手はハウルだけじゃないでしょ? それこそレイが所属しているギルムなら腕利きの冒険者が揃ってるんだから、二刀流の人はいるんじゃない?」
「どうだろうな」

 正確にはいるというのは分かっている.
 だが最大の問題は、ギルムでレイの存在が色々と特別なものになっているということだ.
 もしレイが二刀流を使っている冒険者に話し掛けても、それを素直に教えてくれるかどうかは微妙なところだった.
 そもそも、ハウルは自分の感覚からくるものを教えてくれたが、普通は他の冒険者に自分の利点の肝を教えるようなことはない.

(結局は独学で学んでいくしかないか. ……道場の類でもあれば話は別なんだろうけどな)

 元々レイはどこかで訓練を受けたりしたことがある訳ではない.
 日本にいた時も田舎の高校生としてはごく普通の生活くらいしかしておらず、授業で柔道を多少やったくらいだ.
 普通の高校生と違うのは、小さい頃から山に入っていた為に身体を動かすのに慣れていたというところか.
 それくらいの差しかないレイだったが、今の身体の人間離れした身体能力や、幾多もの戦いの中で磨かれてきた戦闘技術によって今の深紅と呼ばれるレイの存在はあった.
 また、日々の訓練も欠かしておらず、朝や夜といった時間帯にデスサイズを使って訓練をするのも珍しい話ではない.
 それでも二槍流という武器の使い方を自分のものにするには、十分すぎる程に時間が必要だと思われた.

「ああ、そう言えば……話は変わるけど、このモンスター知ってるか?」

 話題を変えるべく、レイはミスティリングの中からヤシガニのモンスターの死体を取り出す.
 レイがアイテムボックスを持っているというのはこれまでの時間で分かっていたのだが、それでもやはりいきなり目の前に巨大なモンスターの死体が現れれば驚くのは当然だった.

「こ、このモンスターは……ピクルム、か?」

 オディロンが恐る恐るといった様子で呟くと、それを聞いていた他の三人が頷きを返す.

「ピクルム? それがこのモンスターの名前なのか」
「聞くまでもないと思うけど、やっぱりこのピクルムを倒したのは……」

 オディロンが向けてくる視線に、レイは小さく首を横に振る.

「倒したのは俺じゃない. ……セトだ」

 レイがオディロンに答えると、その場にいた全員の視線がレイの側で寝転がっているセトへと向けられる.
 そして砂塵の爪の四人は全員が納得の表情を浮かべてしまう.
 ピクルムと呼ばれているこのモンスターは、砂漠の中でも強固な防御力を持ち、強力なハサミの一撃や魔法といった様々な攻撃手段を持つモンスターとして恐れられている.
 だがそれでも、グリフォンと戦って勝てるかと言われれば、全員が即座に首を横に振るだろう.

「それで質問なんだが、このモンスターは食えるのか?」
「あー……うん. 食べられる. いや、それどころかかなり美味いって話を聞いたことがあるな. ……残念ながら俺は食べたことがないから、完全に人聞きの情報だけど」
「毒とかは?」
「食いすぎて腹を壊したってのならともかく、毒があったって話は聞かねえな」
「なるほど、じゃあこれは食えるのか. ……丁度いい、朝食代わりにこれを食っていくか. 幸い何ヶ所かは既に焼けてるし」

 香ばしい臭いを漂わせている原因は、言うまでもなくセトのファイアブレスだろう.
 ピクルムとの戦いの時に熱された甲殻の部分が赤くなっており、周囲に食欲をそそる匂いが漂っていた.
 オーク肉の串焼きを食べてある程度腹が膨れていても、まだ食べたくなる.
 収納している間は時の流れが止まるミスティリングだからこその光景だろう.

「俺達も食べていいのか?」

 他の者達同様に、ハウルもピクルムを食べたことはなかったのだろう.
 だからこそ、レイが食べてもいいと言うとそう聞き返す.

「ああ、問題ない. ほら、準備をするぞ」

 そう告げ、レイは焚き火の火力を強くするように言い、ピクルムの足やハサミ、胴体といった部分を火にかけ……全員、朝食としてはこれ以上ないくらいに贅沢な料理を食べることになる.





「見えた、見えたぞ! ゴーシュだ!」

 朝食にピクルムを食べてから数時間. 砂の上を進んだ砂上船の甲板の上でハウルが大きな声で叫ぶ.
 砂上船を動かしているレイも、操縦室にある板にゴーシュがしっかりと映し出されているのを見て、ようやく戻ってきた……と安堵の息を吐くのだった.