トレントの森の中、レイはセトに乗って進む.
　トレントの森は、特に道の類がある訳ではない.
　いや、樵達が木を伐採している場所は道のようになっているので、全く道がない訳ではないが.
　……そういう意味で言えば、生誕の塔の側にあるトレントの森にも、幾らか道らしきものは存在していた.
　あくまでも、生誕の塔の側という限定ではあったが.

（多分、リザードマンの子供達が面白がってトレントの森に入って遊んだりしてるんだろうな. ……湖で遊ぶのも、禁止されるようになったし）

　湖が転移してきた当初であれば、それなりにリザードマンの子供達も湖で遊ぶことが出来ていた.
　だが、湖にはモンスターがいる.
　それも、昨夜食べた牙を持つ魚は、半ば強引に浅瀬までやって来たのだ.
　そのような場所で子供達を遊ばせるなどといった真似は、それこそ危険すぎる.
　だからこそリザードマンの子供達は、トレントの森で遊ぶようになった.
　……ケルベロスの一件を見ても分かるように、トレントの森も安全という訳ではないのだが.
　それでも湖という水に入っての戦いよりは、地上で戦った方が有利なのは間違いないので、生誕の塔の近くであればという条件で子供達がトレントの森に入るのは許可された.
　当然子供達だけではなく、世話役の女のリザードマンや転移してきたリザードマン、場合によってはギルムの冒険者が一緒に行動することもある.
　とはいえ、そのような者達によって作られた道は既にない.
　セトの足の速さを考えれば、それこそものの十数秒……いや、数秒で通りすぎてしまってもおかしくはない.
　そうしてセトはトレントの森の中を疾走する.
　トレントの森に生えている木は、規則的に生えている訳ではない.
　しかし、そのような状況であってもセトは全く躊躇することなく……それどころか、走る速度を殆ど落とすことなく、走り続けていた.
　木々の間を縫うように走るその速度は、もし先程の黒装束の者達の仲間がいても、追いつくことはまず不可能だろう速度だ.

（やっぱり空を飛ばないでトレントの森の中を抜けるように移動して正解だったな）

　セトの背の上で、レイは感謝を込めてセトの首を撫でる.

「グルルルゥ」

　走りながらではあったが、セトはレイに撫でられたことで嬉しそうに鳴き声を上げていた.
　つまり、こうしてトレントの森の中を疾走しているセトには、まだ余裕があることを示している.
　そうして森の中を進み続け……幸いにも、もしくはセトの気配を感じてか、モンスターと遭遇するようなこともないままに、目的の場所に到着した.
　トレントの森の中央部分.
　異世界転移の力を持つウィスプが存在する地下空間に続く通路を隠蔽してある場所だ.
　セトから降りたレイは、素早く周囲の様子を確認する.
　おかしな場所はないか. 何かを調べたような痕跡はないか. 誰かが隠れていないか.
　そんなレイの横では、セトもまた周囲の様子を確認していた.
　セトにしてみれば、レイの真似のようなものなのだろう.

「……うん、大丈夫だな. 取りあえず周囲に誰の気配もないし、ここを調べた様子もない」
「グルゥ！」

　数十秒後、レイの口から出た呟きに、セトは同意するように頷く.
　セトのその声に、レイも安堵した様子を見せる.
　レイも自分の感覚が鋭いのは理解しているが、それでもやはり今回の一件に関しては念には念を入れたいのだ.

「ここまで来たんだし、地下空間に行ってもいいけど……いや、止めておくか」

　レイとしては、ウィスプに変わったところがないのかどうか、確認しておきたい.
　また、あの地下空間はグリムの研究室とも繋がっており、ウィスプについて色々と調べている可能性もあった.
　実際にエメラルドに封じられた風の精霊を置いたりといった真似をしているのだから.
　だが、ここであまり時間を掛けるような真似をした場合、それこそ黒装束の仲間達が生誕の塔からいなくなったことを疑問に思い、やってきかねない.
　それに生誕の塔で周囲の様子を警戒している冒険者達も、セトがいるのといないのとでは大きな違いがある.
　本来なら、セトのような存在がいない状況で周囲を確認する必要があるのだが、ここ数日はセトと一緒に野営をするというのに慣れてしまった.
　そうなると、どうしてもセトの鋭い五感に頼ってしまうのだ.
　……これで、実際にセトがいない状況であれば、そこまで気にするような事はないのだろうが.
　今は、セトがいるというのが普通になっているが故の弊害だった.

「まぁ、俺がどうこう言えたことじゃないんだけどな」

　セトがいることに慣れているという点では、それこそレイはセトにベッタリなのだから.
　今は紅蓮の翼というパーティを組んでいるが、以前にソロで活動していた時、ギルムの外で野営をする時は、セトに見張って貰っていた.
　もっともセトに頼るという意味では、パーティを組んだ今もそう変わってはいないのだが.

「グルゥ？」

　どうしたの？　と小首を傾げるセトに、レイは何でもないと首を振ってから口を開く.

「取りあえずここの安全も確認したし、来たばかりだけど生誕の塔に戻るか」

　そう呟き、レイは再度セトに乗って生誕の塔に向かうのだった.





「遅い！」

　その言葉と共に、振り下ろされた拳が執務机を叩く.
　老人……ヴィーンは、苛立ちも露わにしながら、部下に視線を向ける.

「どうなっている？　本当に湖があるかどうかを確認してくるだけだろう. なら、もう戻ってきてもいいのではないか？　なのに、何故ここまで時間が掛かっている！？」

　それは最早部下に聞いているというのではなく、半ば八つ当たりをしているかのようなものだった.
　だが、それも無理はない. トレントの森に送った者達が、誰一人戻ってこないのだから.
　最初に部下の者が持ってきた報告を聞いた時は、半信半疑……いや、二信八疑だった.
　それでも念の為と色々と情報を集めると、それらしい情報を幾つか見つける.
　だからこそ、腕利きと名高い者達を雇うことに成功し、本当に湖が存在するのかどうかといったことを調べに向かわせたのだ.
　もっとも、ヴィーンとしては本来ならもっとギルムの事情を知っている者……具体的には、増築工事前からギルムの裏社会にいた者達に仕事を依頼したかったのだが、何故かそれは全て断られた.
　……裏社会に生きている者にしてみれば、その情報網で今回の一件にレイが関わっていると知っていたのだろう.
　ギルムの裏社会に存在する組織は、今まで何度かレイとぶつかったことがある.
　そしてぶつかった組織は大半が壊滅したり、そこまではいかなくても大きな被害を受けていた.
　本当に運がいいもの、もしくは頭の切れる者は、レイとぶつかったと判断した瞬間に現状を不味いと判断し、手打ちをするなり、ギルムから脱出するなりといったことをして、無事生き延びた者もいる.
　本来なら、裏社会の組織であれば相手の弱点を突くなり、家族友人恋人といった者達を人質するなりといった真似をしてもおかしくはない.
　だが……レイの場合は、それが通用しない.
　純粋にレイの実力が人外と呼ぶ程に高く、そしてセトというグリフォンの従魔もいる.
　敵対したと判断した時点で、レイはその組織に乗り込み、暴れるのだ.
　その上、盗賊狩りを趣味としているだけあって、表沙汰に出来ない財産の類があれば、それも奪われてしまう.
　その辺の事情を考えれば、とてもではないがレイと敵対するのは割に合わないと判断するしかない.
　だからこそ、ヴィーンの依頼を受けるのは最近ギルムにやって来たような組織しかなかった.
　ギルムが増築工事を行うようになり、多くの者が流入してきた.
　そんな中には当然のように自分達も利益を得ることが出来るでのはないか？　と考えた裏の組織も存在している.
　ミレアーナ王国唯一の辺境にある、ギルム.
　そのギルムに進出することが出来れば、それは大きな……非常に大きな利益となる.
　当然のように、そのような場所には既に既存の組織が存在しており、そのような場所に進出すれば騒動となる.
　……それでも大規模な――表に出るという意味で――抗争は起こらず、あくまでも一種の治外法権に等しいスラムでのみの抗争をしていたので、その件で表だってどうこうなることはなかったが.
　だが、辺境のギルムに存在している組織というのは、ギルムでやってきただけに手練れが揃っており、殆どの組織は呆気なく潰された.
　当然だろう. ギルムの裏の組織には、元冒険者という者も多い.
　元冒険者というだけであれば、少し大きな村や街、都市に行けば幾らでもいる.
　だが、ギルムの冒険者となれば、それは話が違ってくる.
　強い仲間と一緒にギルムにやって来てやっていけなくなった者や、ギルムで生まれ育って冒険者になろうとした者といった者達もいるが、大部分は自分の実力でギルムにやって来た者達だ.
　それだけで、ギルム以外の村や街、都市といった場所にいる元冒険者とは、実力が違う.
　そのような者達が実力不足や怪我、もしくはそれ以外にも何らかの理由で冒険者としてやっていけなくなり、結果としてスラム街に流れてきて違法組織に拾われる.
　そのような、他の場所では実力派と言ってもいいような実力の持ち主達が戦力となっている組織とギルムにやって来たばかりの組織がぶつかった場合、どっちが勝つのかは明らかだろう. Even so, only organizations that really had the power to fight even by sending powerful people, or organizations that had connections with Gillum's, and managed to survive through those connections.
　However, there is no doubt that such an organization is an emerging organization in Gilm.
　That's why the delicious work was in the hands of the existing organization.
　An organization whose activities have been recognized by Gillum's organization through speech may be transferred from that organization.
　However, in the case of organizations that have managed to compete with each other with their abilities, they don't have that kind of communication at all... but they're not that good at all.
　That's why I've taken on this job...the truth of the information that there is a lake and, if any, the reconnaissance of what kind of place it is.
　Of course, even such an emerging organization would collect minimal information, so I knew Ray's name as someone to watch out for in Guilm.
　But... knowing by knowledge is very different from knowing by actual involvement.
　Those who were supposed to know only by information decided that Ray was there, but that it would be no problem if he didn't stimulate them directly, and they received a request from Vienna -- though some of them had gone through.
　If this was an organization behind the existing guillem, it would not be accepted.
　...is Veen aware or absent of the undertaking of such an organization?
　At any rate, I was frustrated by the fact that I had only been informed that it was a good organization, and that I had not heard from such a good person at all.
　Take a sip of water on the table and stare at your men.

"I'll ask you, sir, that those employed have not been captured... have you?"
"I'm afraid so,"

　I was a subordinate who declared it plainly, but it wasn't really a groundless remark.
　I had heard from the man who made the connection that the men who employed them were actually skilled.
　...that's not wrong.
　They have the ability to fight with the organizations behind Gilm and make them acknowledge their existence.
　However, I can only say that I was unlucky this time.
　If we had gathered more information about Ray, we would have been different in this case.
　Anyway, there is no way to know what happened to those who went to see the lake in this situation.
　What the man can do now is manage to quell the irritation of his servant, Veen.

"What do you think? I've got the liquor that I've been interested in for a long time, and now I'm drinking it and waiting for the good news. For people like Mr. Veen, you just have to stand firm and wait for the report."

　There was also a way to get a woman ready if Vienna was a little younger.
　But Vienna is already old enough to be called an old man.
　Physical problems have made me unable to hold a woman.
　...it is unfortunate for those around him that his desire for power has increased.

"Drink? Oh, you said you got Altoise's twenty-year old. ... All right. Bring it. I wish I had been able to drink it to celebrate it after I'd heard it well."

　As he spoke, Vienna smiled at the fact that he could drink what he had been looking for.