2164 twenty-fourth episode




 ドーラット伯爵家のヴィーンは、国王派.
 そうダスカーに聞かされたレイは、何と言えばいいのか迷う.
 正直なところを言わせて貰えば、最近のレイにとって国王派というのは不愉快な相手でしかない.
 だが同時に、国王派の全てが不愉快な相手ではないというのも理解している.

「それで、その……この場合どうするべきだと思います? 生誕の塔にやって来た貴族は捕らえているので、向こうに馬車を派遣すれば、すぐに連れてくると思いますが」
「そうだな. ……取りあえず、その貴族を確保しておくのは必須だ. すぐにでも馬車を向こうに送ろう. 護衛の兵士や騎士も必要になるな」
「……ヴィーンという人物が動くと思いますか?」
「どうだろうな. あの爺さんはそれなりに頭が回る. ここでわざわざ自分で危ない橋を渡るような真似をするとは思えん. もし動くとすれば、ヴィーンの意を汲んだ者だろうな. それも、出来る限り外部の者を使う筈だ」

 外部の人間.
 そう言われてレイが思い出したのは、湖と生誕の塔を偵察に来た黒装束の者達だ.
 そして、ギルムに護送中に襲ってきた、こちらもまた黒装束の者達.
 一番最近にレイが戦った外部の者……つまり、何者かに雇われた存在として思い出すのは、そのような者達だ.
 だからこそレイはもしかしてヴィーンとあの黒装束の者達が繋がっているのではないかと、そう思ったのだが……残念ながら、それを証明する物は何もない.

「ダスカー様、あの黒装束の連中……何か吐きましたか?」
「いや、まだそのような報告は……あの連中もヴィーンの仕業だと思うか?」
「可能性としては. 黒装束の連中が湖や生誕の塔を偵察に来て、それから数日も立たないうちにあの貴族がやって来たのを思えば、それを偶然ですませるには……」

 レイの言葉に納得するように頷いたダスカーだったが、次の瞬間にはふと何かに気が付いたように口を開く.

「待て、偵察に来た黒装束の者達は、全員レイが捕まえたのだろう? であれば、ヴィーンが湖や生誕の塔についての情報を持っているのはおかしくないか?」

 普通なら、味方が捕まったのを確認したら、遠くからそれを見ていた別の者がその場を離脱したと、そう考えてもおかしくはない.
 だが、レイとセトがいる時点で、ダスカーはその可能性を既に捨てていた.
 それだけ、レイとセトの能力を信用しているのだろう.

「そうですね. その辺だけは疑問ですが、それでも今の状況を考えると、黒装束達とヴィーンが繋がっている可能性が一番高いと思います」

 情報を得た方法はレイには分からなかったが、この場合はレイが知らない何らかの情報源があるか……もしくは、レイとセトに察知されないだけの凄腕がいるか.

(まさか偶然ってことは……ないよな? あの貴族は明らかに生誕の塔について知っていたみたいだったし. それに、俺はともかくセトに気が付かせないような能力の持ち主という時点で、正直微妙な気がするし)

 レイにしてみれば、ヴィーンという人物に直接会ったことはない.
 だがそれでも、ダスカーから話を聞いている限りでは、とてもではないが自分やセトにも見つからないように行動出来るような凄腕を雇えるようには思えない.
 相応の報酬があれば、話は別なのだが.

「ともあれ、ヴィーンという人物が怪しいのは間違いありませんけど、どうします?」
「どう、と言われてもな. 明確な証拠の類もない以上、こちらから明確に何か出来る訳ではないというのが正直なところだ. ……勿論、ただ黙ってみているという事はしない. しっかりと見張ってはおくがな. エッグの方も今は色々と忙しいが、この状況で放っておく訳にもいかないだろう」

 エッグというのは、元々草原の狼という盗賊を率いていた人物ではあったのだが、その盗賊団が非道な……それこそ、レイが半ば趣味として狩るような盗賊ではなかった.
 そのお陰でエッグはレイに狩られるようなことはなく、最終的にはダスカーに気に入られたことにより、現在はギルムの裏の仕事を任されている.
 そんなエッグではあったが、今のギルムは裏の面でも相当に忙しい.
 多くの人が集まるということは、その中にはダスカーと敵対する勢力の手の者もいたり、裏の組織に関係する何かがあったりと、色々とある.
 だからこそ、今の状況ではそちらの対処に手一杯で、手の空いている者は殆どいないだろうというのは、レイにも容易に予想出来た.
 だが、ヴィーンの件を考えると、やはりここではエッグに……本人は無理でも、エッグの手の者に出て貰う必要はあった.
 それで何らかの証拠を掴めれば、ダスカーもヴィーンに対して堂々と動くことが出来るだろうし、場合によっては国王派に抗議することも出来るだろう.

「そう言えば、国王派ということなら、この前俺に接触してきた王族の手の者に関しては、どうしたんです? そっちから手を回して貰えばいいのでは?」
「それは少し難しいだろうな」

 レイの口から出た提案に、ダスカーは首を横に振る.
 その理由を知りたかったレイだったが、ダスカーはその理由を口にする様子はない.
 恐らく自分は知らなくてもいいこと……もしくは、知らない方がいいことなのだろうと判断し、それ以上突っ込むのを止めておく.  
 王族直属の部下となると、レイが考えても明らかに面倒なことしか思いつかない.
 色々とトラブルに巻き込まれることが多いレイだったが、それが王族といった問題になってくると、とてもではないが自分からトラブルに巻き込まれたいとは思わない.
 だからこそ、王族の関係については沈黙を保つ.

「うーん、そうなると……エッグが見ていても、いつ敵が……ヴィーンが動くか分からないというのが、痛いですね」

 明確に動くと分かっているのであれば、レイとしてもそれに対処することは出来る.
 だが、いつ動くのか. 何を理由に動くのか、どこを狙って動くのかということが分からなければ、それに対処するのは難しい.
 それでもセトと一緒にいるので、その機動力を使えば他の者よりは素早く対処出来るのだが.

「そうだな. 今回の一件を聞く限りでは、あくまでもこちらの出方を見るというのが狙いだった筈だ. そうなれば、次も大人しくこちらに攻撃をしてくるかどうかは……」

 そこまで言ったダスカーは、首を横に振る.
 この状況で、敵がこちらの予想通りに動いてくれるとは、到底思えない.

「今回はリザードマンを狙ってきましたが、緑人を狙われると厄介ですしね」

 リザードマンは、本人達が相応の強さを持つ.
 客観的に見た場合、ゾゾもかなり強いが……そんな中でも、ガガは別格と言ってもいい.
 模擬戦でレイとそれなりにやり合えるだけの実力を持っているのだから.
 そんな強さを持つ相手だけに、それこそ余程の腕利きを送らなければ、どうすることも出来ない.
 だが、相応の強さを持つ者が多いリザードマンに比べて、緑人は違う.
 平和主義とでも言うべき行動原理を持ち、攻撃された場合に対処出来るかどうかと言われれば、それは非常に難しい.
 それでいながら、植物を生長させるという能力を持つ.
 ヴィーンという人物の性格から考えれば、こちらに手を出さない筈がないだろうというのが、レイの予想だった.
 ダスカーも当然のように、そんなレイの言葉には納得出来るものがあったが、特に落ち込んでいる様子はない.

「その辺は気にしなくてもいいぞ. 緑人はギルムにとっても非常に重要な者達だから、護衛はつけてある」

 ぬかりない.
 一瞬そう思ったレイだったが、緑人に協力して貰って香辛料の類を栽培しようと考えているダスカーにとって、平和主義の緑人に護衛をつけないという選択肢は存在しない.

「そうですか. なら、そっちの心配はいりませんね. ……そうなると、次の問題としては生誕の塔の護衛をこれ以上増やすかどうかですが……どうします?」
「どうすると言われてもな. 今の状況でもギルドには相当の無理をさせている. これ以上の冒険者を回すのは……難しいな」
「アナスタシアの護衛はどうします? 一応今は助手のファナがいますから、無防備ではないですけど. それに、地下空間と生誕の塔の間は俺とセトが送り迎えしてますし」
「そうか. それは助かる. ……彼女はその、優秀だが色々と個性的だからな. 気をつけてやってくれ」
「個性的……あの集中力ですか? 集中力が高すぎて、突然突拍子もない行動を取るとか」Ray had seen himself unwittingly reaching out while observing Whisp.
 It would be dangerous in many ways if there were any other such eccentricities.
 But perhaps Anastasia took Fana with her because she knew it herself.

"Well, well... there are a lot of things about him, but he's definitely a very good person. I can trust him.

 In this case, trust is probably the main thing.
 It hasn't been long since Ray met Anastasia, but I somehow understood that she was trustworthy.

"All right. Leave the matter to me about Anastasia for now. I'll be in trouble if you don't study that whisper properly."
"... do you have trouble? Why do you have trouble?"

 A slip of the tongue, Ray is a little upset.
 The reason why Ray wants to continue his research on Whisp is because he thinks he might be able to go to Japan.
 But Dusker knows only of Ray's background in the cover story of his master raising him deep in the mountains.
 That's why I wonder why Ray has to ask him to study Whisp.
 Luckily for Ray, Dusker would have believed in him from his past relationship.
 It seemed to me that I had little idea, for example, of betraying myself for some reason, just because I had made so many unreasonable requests for help.

"You might be able to get magic items from another world or magical stones from unknown monsters, though some of them are like lizard men."

 For the time being, it's misleading.
 However, it is far from absurd.
 In fact, I'm expecting magic items and unknown monsters from other worlds to come from this case.
 However, some monsters don't seem to have magical stones like monsters in the lake, even if they come.

"Well, if you have the intelligence of a lizard, and you have someone you can negotiate with, it would be helpful if you could talk to me.

 I'm half joking, but I'm half serious.
 If the other person is able to communicate with us, but attacks are carried out without question or answer, this could lead to the worst possible consequences.
 It's like the Grand Dragonian Empire, where the Lizardmen belong, has been transformed into a war.
 If that happens, Dusker will undoubtedly take responsibility.
 That's why contact with the likes of lizardmen and greens had to be carefully advanced.
 ...however, the first time Ray met the Lizardmen, it was a battle.
 In a way, it was fortunate that we were able to build a friendly relationship.

"Anyway, we need Anastasia and Phana to study Whisp thoroughly."
"Well, I should like to see the underground space, if possible."
"Isn't that hard?"

 Ray immediately tells us.
 As things stand, few people should know about that underground space as much as possible.
 All I know now is Ray and his companions, Grimm, and Anastasia, Fanna, and Dasker.
 It's such an important secret, but that's why you can't teach others about underground space so easily.
 Then, when you go into the underground space, only the Daskers... or the Lays, if you want to escort them.
 For the knights in the lord's house, it would hurt their pride to be unable to guard Dusker when they were there.
 Of course, in case of emergency, it's a different story, but now it's not the time to do it.
 That's why we had to pay a lot of attention to this case.
 ...though I am sure that Dusker was genuinely curious to see the underground space.

"Well... that's true. ...I have work to do, and I can't get that much time."

 He looked unusually disappointed for a strong-faced dusker.