54-054 Red Crest



 その夜の夕食の時、僕は『明日、ギルドで冒険者の登録をしてくる』とソルティスにも伝えてみた。
 それを聞いた彼女は、目を丸くして、

「……マジ?」
「うん」
「ふぅん。まぁ、マールの人生だし、好きにしたら」

 と呆れながらも、受け入れてくれた。
 ただ姉の方を見て、

「でも、イルナ姉はいいの?」
「反対したくなかったと言えば、嘘になりますが……マールのためには、きっと必要なのだと思いました」
「そ」

 頷いて、ソルティスは、自分の料理を食べ始める。
 と思ったら、

 ポイッ

 から揚げが1つ、僕のお皿に飛び込んできた。

「あげるわ。早死にしないよう、がんばんのよ?」

 と、少女は笑った。
 彼女らしい激励に、「うん、ありがと」と僕も笑う。

 イルティミナさんも微笑んで、

「そうならないよう、私もしっかり守ります」
「えっと……嬉しいけど、守られなくてもいいように、冒険者になるんだからね?」
「あら、そうでしたね」

 とぼけるイルティミナさん。
 僕らはつい、3人で大笑いしてしまった。

 そうして、楽しい夕食を終えると、イルティミナさんの部屋でアルバック共通語の勉強会だ。

 発音の似ている文字や、字体の似た文字は、まだ不安だけど、でも一応、全ての読み書きはできるようになった。

「……マールは、覚えが良すぎて残念です」
「あはは」

 教えたがりのイルティミナ先生は、ため息をついている。
 どうも僕は、いい生徒ではないようだ。

 そうして勉強会も、2時間ほどで終わって、僕は、自分の部屋へと戻った。
 何もない部屋で、ベッドに横になる。

 暗い天井を見上げながら、

(……明日、僕は冒険者になるんだ)

 そう思った。

 知らずに、胸が高鳴る。

 だって、ラノベやアニメ、ゲームの中でしかない職業だ。

 不安もある。
 でも、やっぱり楽しみだった。

 窓の外では、今夜もいつものように紅白の美しい月たちが輝いている。
 僕はそこに、マールの右手を伸ばした。

 何かを掴むように、ギュッと握る。

「うん、明日もがんばろう、マール」

 小さく笑って、まぶたを閉じる。

 明日からの日々に思いを馳せながら、やがて僕は、ゆっくりと眠りの世界に落ちていった――。


 ◇◇◇◇◇◇◇


 翌朝、僕は、イルティミナさんと一緒に家を出た。

 ソルティスはまだ寝ていたので、リビングのテーブルにメモだけ残しておいた。姉曰く、魔狩人の仕事がオフの時は、ソルティスはずっと本を読んでいるので、留守番を任せても大丈夫なのだという。

 そんな話をしていると、冒険者ギルド『月光の風』に到着した。

「さぁ、行きましょう」
「うん」

 緊張する僕の手を引いて、イルティミナさんは、白亜の建物に入っていく。

 今日も、人がいっぱいだ。
 冒険者さんもいれば、ギルドの職員さんもいる。

 その中に、ギルドの制服を着た、見覚えのある赤毛のポニーテールの獣人さんを見かけた。
 向こうも気づく。

「あれ? イルナさんにマール君?」
「おはよう、クオリナさん」

 ペコッと頭を下げると、近寄ってきた彼女は笑って、その頭を撫でてくる。

「小さいのに、礼儀正しいね~、マール君は?」
「ど、どうも」

 ちょっと照れる。
 そんな僕らの様子を見て、イルティミナさんは、大きく頷いた。

「ちょうどよかった、クー。顔見知りの貴方ならば、マールも安心でしょう」
「ん?」
「実は今日、私たちは、この子の冒険者登録をしようと思って、ギルドに来たのです」
「え? マール君の!?」

 彼女は、驚いたように僕を見る。

「お願いできますか、クー?」
「それは、もちろんだけど……本当にいいの、マール君?」
「はい」

 確認してくる彼女に、僕は頷いた。

 そのまま、クオリナさんの目を、真っ直ぐに見つめる。
 その視線を受け止めて、彼女は大きく頷いた。

「うん、じゃあ登録しようか」
「はい」
「まずは説明や手続きがあるから、別室に行こうね。私についてきて」

 そしてクオリナさんは、イルティミナさんを見て、

「イルナさんは、ここで待っててね」
「なんですって?」

 イルティミナさん、ショックな顔だ。
 クオリナさんは、両手を腰に当てて、困ったように言う。

「マール君、これから冒険者になるんだよ? その覚悟と責任を、1人で背負う必要があるの。保護者同伴はダメ!」
「……し、しかし」
「大丈夫、イルティミナさん。僕は、1人でも平気だよ」

 安心させようと笑いかける。
 でも、彼女は余計にショックを受けた顔で、しょんぼりと肩を落とした。あ、あれ……?

 クオリナさんは笑って、僕の手を握る。

「じゃあ、行こっか、マール君」
「あ、はい」

 歩きながら、振り返る。
 イルティミナさんは、なんだか真っ白な灰になった様子で、来客用の椅子に力なく腰を下ろしていた。

(だ、大丈夫かなぁ?)

 ちょっと不安になりながら、僕は、ギルド内を歩いていった。

 やがて案内されたのは、4階のギルド職員の区画だった。
 パーテーションで区切られた席に、座らされる。

 資料を手にしたクオリナさんは、右足を引きずりながら、僕の対面の席に座った。

「お待たせ。じゃあ、まずは説明をさせてね」
「はい」
「聞き終わったあとに、もし心変わりしたら、やめても大丈夫だよ。気持ちが変わらなかったら、登録しようね」
「うん、わかりました」

 素直に頷くと、クオリナさんは、小さく笑った。
 テーブルに資料を置いて、

「まずは冒険者についてだね」
「はい」
「そもそも、冒険者っていうのは何か? 一言で表すなら、『なんでも屋さん』なんだ。魔物を狩ったり、護衛をしたり、遺跡を探索したり、依頼されたことをなんでもするの」

 そこでクオリナさんは、指を1本、立てた。

「でも、1つだけ他の職と違うのは、『命がけ』ってところ」
「…………」
「冒険者になって1年以内での死亡率は、3割弱。5年間の生存率は、6割しかないの。とっても危険なんだよ」

 クオリナさんは、自分の右足を、ポンポンと軽く叩く。

「私みたいに、後遺症を残す人も多いんだ」
「…………」
「だから、冒険者になる時には、保険ギルドへの加入が必須なんだ。うちのギルドと提携してる保険ギルドがあるから、そこに、ちゃんと入ってね?」

 開いた資料を見せてくれるクオリナさん。

(保険ギルドなんて、あるんだ?)

 ちょっとびっくり。

「私は今も、これで助けられてるからね。新人の間は、料金も高く感じるけど、がんばろ?」
「はぁ」
「ま、保険については、詳しくは登録してからね」

 僕は、頷く。

「次は、冒険者ランクについてね」
「はい」
「当たり前だけど、クエストにも難易度があって、そのランクに見合ったクエストしか受注できないの」 
「えっと、ランクは、5つあるんですよね?」
「そうそう。よく知ってるね?」

 感心するクオリナさん。

 前に、ソルティスに聞いた通りだった。

 ランクを示す冒険者印は、下から、赤、青、白、銀、金の5色。
 リド硬貨と同じ色だ。

 もっと詳しく説明されると、

 赤、新人。

 青、一人前。

 白、一流。

 銀、超一流。

 金、規格外。

 となるらしい。

「キルトさんみたいな金印になると、1つのクエスト報酬は、数万~数十万リドになるんだよ?」

 つまり日本円にして、数百万~数千万円!

(キルトさん、すごいや!)

 クオリナさんは笑って、

「実績を積んでいくと、昇格クエストがギルドから依頼されるんだ。それをクリアすると、次のランクになれるの」
「へ~」
「まぁ、1つランク上げるのに、平均5年ぐらいかな?」
「そんなに?」

 僕は、知り合いの3人の顔を思い浮かべる。
 クオリナさんは、苦笑した。

「あの人たちは、別格だよ」
「でも、クオリナさんも若いのに、白印の冒険者だったんだよね?」
「まぁ、たまたまね?」

 そう呟いて、ちょっと辛そうな、懐かしそうな目をする。

(……あ)

 僕は、馬鹿だ。
 簡単に、口にしてしまったことを後悔する。

 でも、クオリナさんは、すぐに気を取り直したように笑って、

「ごめんね、話が逸れちゃった。冒険者ランクなんだけど、白印以上になるとね、みんな自分の得意分野がわかってくるから、それぞれ専門職を名乗れるようになるの」
「専門職?」
「うん。例えば、魔物を狩る専門の『魔狩人(まりゅうど)』とか」

 あぁ、なるほど。

「専門職の人には、それぞれ専門クエストがあるし、その分、報酬も増えるの」
「ほうほう?」
「『魔狩人』の他にも、『護盾士(ごじゅんし)』、『真宝家(まほうか)』、『魔学者(まがくしゃ)』があって、全部で4つの専門職があるんだよ」

 そうして彼女の説明によると、

 護盾士。
 人々を守る盾となる冒険者。
 護衛、犯罪者の捜索、他都市への配達業務などなど、都市を中心に活動して、人々の暮らしに関わる仕事が多い。
 きっとクレイさんも、この『護盾士』だったんだね。

 真宝家。
 いわゆる、トレジャーハンター。
 古代の遺跡から、宝物を探す夢追い人たち。
 でも、罠の解除とか、マッピング能力がないとできない特殊な専門職なんだって。

 魔学者。
 魔法学に詳しい研究者。
 魔法具の発明や、発掘された古代の遺物についても研究してる。
 学者だけど、知識のためには遺跡にも潜るんだって。
 たまに、新魔法を生み出したりするとか。

 魔狩人。
 言わずと知れた、魔物を狩る冒険者。
 冒険者の中でも、イルティミナさんたちのような、特に強い人たちがなる専門職。
 報酬は1番!
 ……でも、死亡率も1番高いんだって。

(ふむふむ、そんな感じかな?)

 テーブルの資料と、クオリナさんの説明から、そう要約する。

「厳密には、その人の得意分野って意味だけだから、『護盾士』が『魔狩人』の仕事も受注はできるんだよ? もちろんギルドの方で、受注許可を出すか判断してるけど」
「なるほど」

 資料とにらめっこしながら、僕は頷く。
 そして顔を上げ、

「あの、1つ質問してもいいですか?」
「ん、何?」
「前に僕、『冒険者の宿』に泊まったことがあるんです。そこと『冒険者ギルド』の違いって、なんですか?」

 クエストも同じように扱ってるし、正直、違いがわからない。
 クオリナさんの獣耳が、ピコピコ動く。

「うん、いい質問」
「はぁ」
「『冒険者ギルド』はね、冒険者の登録やサポート業務もしているの。『冒険者の宿』がするのは、単にクエストの掲示と受注だけ」
「ふむふむ?」
「でも、一番の違いは、そのクエストの難易度なんだよ」

 クエストの難易度?

「冒険者ギルドのクエストは、基本、所属する冒険者しか受注できないの。そして、冒険者ランクの把握や受注管理もしてる分、クエストの失敗も少ないんだ。その分、高額で、だから難易度も上がるの」
「へ~?」
「冒険者の宿は、冒険者なら、ギルド関係なく受注できるの。その分、失敗も多いから、報酬も安くて、難易度も低くなるんだ」

 なるほど、そうなんだ。
 クオリナさんは、ちょっと声を潜めて、僕に顔を近づける。

「例えばだけど、領地で魔物が発生した領主の貴族は、普通、『王国』に討伐を依頼するの。でも、『王国の騎士団』は大きな組織だから、動き出すのが遅いの。そんな時、フットワークの軽い『冒険者ギルド』に依頼が落ちてくることもあるのよ」

 それって、

「もしかして、赤牙竜ガドみたいな?」
「そうそう」

 クオリナさんは、笑った。

「それだけ『冒険者ギルド』は、国からも信頼されてる組織なんだよ!」

 耳もピンとして、ちょっと誇らしげだ。

 そして、詳しく説明されたのを、僕なりに解釈すると、

 王国。
 大規模なクエスト(?)にのみ対応。

 冒険者ギルド。
 高難度のクエストに対応。
 報酬は、高額。
 なので依頼人は、貴族や、高額を支払える民間人が多い。

 冒険者の宿。
 低難度のクエストに対応。
 報酬は、少額。
 なので依頼人は、普通の民間人が多い。

(……こんな感じかな?)

 クオリナさんは、尻尾を左右に振りながら、嬉しそうに笑う。

「うんうん、マール君は物わかりが良いね? 説明が楽で助かるよ」
「あはは、どうも」

 褒められてしまった。

「さて、説明はこれぐらいかな。何かわからないところ、あったかい?」
「ううん」
「なんでもいいんだよ? 納得できるまで、ちゃんと答えるから」

 と言われても、特に思いつかない。

「今はないです。またあとで、出てきたら質問します」
「そう」

 クオリナさんは頷き、数秒、間を置いた。

「それじゃあ、マール君? 君は、まだ冒険者になりたいかい?」
「はい」

 即答した。
 翡翠色の瞳が、僕の目を、奥まで覗くように見つめてくる。

 そして、笑った。

「わかったよ。じゃあ、登録するね」
「はい、お願いします」

 僕は、頭を下げる。

 そのあと、クオリナさんは、僕に何枚かの書類を書かせた。
 契約書とか、同意書とか、誓約書とか、色々だ。

(えっと、これが名前で、こっちが住所で……これは年齢と性別? これは、親の名前?)

 まずは、読むのに一苦労。

「マール君、もしかして、字、読めないの? 私、読もうか?」
「だ、大丈夫です」

 時間をかければ、読めるのだ。
 でも、

「あの、これ……名前と性別しか、わからないんですけど」
「え?」
「僕、ちょっと記憶がなくて」
「え!? えぇええええ!?」

 クオリナさん、びっくりである。
 彼女曰く、わかるところだけ書けばいいみたいだけど、さすがにあんまりだったので、彼女と話し合った結果、とりあえず、住所はイルティミナさんの家に、年齢はソルティスと同じ13歳にした。

「マール君、10歳ぐらいに見えるけど……」
「いいんです!」

 ソルティスの弟分なんて、絶対に嫌だ。

 クオリナさんに苦笑されながら、なんとか書類を書き終える。

 ちなみに保険ギルドにも加入した。
 死亡保障なし。怪我をした場合、治療費は年間最大5千リドまで、後遺症が残ったら毎年3千リドが10年間、支払われる。
 で、保険料は、毎年3千リドだって……高いなぁ。
 もっと安いのもあるけど、新人の間は、大怪我する確率が高いから、クオリナさんの薦めでそれなりの物を選んだ。

 書類を確認したクオリナさんは、トントンとそれをテーブルで整えながら、

「じゃあ、最後に血をもらえる?」
「え?」

 ナイフが、目の前に置かれる。
 その隣には、水晶玉のような透明な魔法石がある。

「この魔法石に血を吸わせて、手のひらを乗せれば、登録完了だよ」
「わ、わかりました」

 緊張しながら、ナイフを握る。

(これで指を切るのか……)

 ちょっと怖い。
 針でプスッとかの方が、まだいいんだけど。

「マール君」

 クオリナさんが、そんな僕に言った。

「君の覚悟を見せて」
「…………」

 僕は、大きく深呼吸した。
 心を落ち着け、それから、ナイフの刃に指を当てる。

 ピッ

 ポタポタ

 水に溶けるように、魔法石に落ちた血は、中に溶けていく。マーブル模様を描いていた。

「手を当てて」
「はい」

 僕は、その魔法石に右手を押し当てる。

(うわっ……熱い!)

 思わず離しそうになる指を、意志の力で必死に抑え込む。

 熱が、手の中にも浸透して、

「あ……」

 手の甲に、真っ赤な魔法の紋章が生まれた。

 3人の手にも見た、あの輝き。

 クオリナさんは、笑って、大きく頷いた。

「おめでとう、マール君。これで君はもう、冒険者だよ」

 僕が……冒険者。
 今の僕の目には、もう自分の手にある魔法の光しか見えなかった。

 その耳に、遠くから、クオリナさんの祝福の声がする。

「そして、ようこそ『月光の風』へ。――君はもう、私たちの仲間。新しい風の一員よ」 


 ◇◇◇◇◇◇◇


 無事、『冒険者マール』となった僕は、クオリナさんと一緒に、ギルド1階へと戻った。

(イルティミナさんは……?)

 いた。
 灰になっていた彼女は今、立ち直って、クエスト掲示板の前にいる。

「イルティミナさん!」
「!」

 声をかけると、彼女はすぐに気づいた。
 人混みをかきわけながら、僕らの前に、やって来る。

「マール、終わりましたか?」
「うん」
「では、冒険者に?」

 僕は、笑った。

「もちろん、なったよ」
「そうですか」

 イルティミナさんは、安心したように息を吐いた。

(まるで息子が受験に合格した、お母さんみたい……)

 クオリナさんが、僕らに苦笑しながら、

「ほら、マール君? イルナさんにも、冒険者印を見せてあげなよ」
「あ、うん」

 僕は、右手の甲を、彼女に向ける。
 イルティミナさんは、両手を胸の前で組み合わせ、ドキドキしながら、僕の手を見つめてくる。

「…………」
「…………」
「…………」

 あれ?
 右手に、魔法の紋章は出てこない。
 というか、

「あの、印って、どうやって出すの?」
「え?」
「え~っと?」

 僕の質問に、2人は戸惑った。

「その……意識すれば、出ませんか?」
「う、う~ん?」

 意識してるつもりなんだけど……。

 と、クオリナさんが、ポンッと手を打った。

「そっか。マール君、魔力のコントロールができないんだ。『魔血の民』じゃないもんね」
「魔力のコントロール?」
「そういうものなのですか?」

 イルティミナさんも不思議そうだ。

「普通の人でも、才能あったら、無意識にできちゃう人はいるけどね」
「…………」

 つまり僕は、才能ないのか……。

(でも、それなら魔法の紋章を出すには、どうしたらいいのかな?)

 冒険者の身分証なのに、困ってしまう。

 そんな僕らに、クオリナさんは「大丈夫」と笑いかけた。
 そして彼女は、グルグルと右腕を回す。 

「マール君、こうして」
「う、うん?」

 グルグルグル

 右腕を回転させていると、遠心力で、手の方に血が集まるのがわかる。
 ちょっと温かい。

「あ……」

 イルティミナさんが、小さく声を漏らした。

(え?)

 見たら、右手の甲に、赤く輝く魔法の紋章が光っていた。えぇ、なんで!?

 驚く僕らに、クオリナさんは、耳をピンと立てて、得意げに言う。

「血が集まると、血の魔力も集まるからね。うん、成功、成功!」
「…………」

 これで、いいのかな?
 なんか、格好良くないんだけど……。

 素直に喜べない僕だったけれど、でも、イルティミナさんは違うようだった。

 その魔法の輝きを、ジッと見つめて、

「これがマールの冒険者印なのですね……」
「う、うん」
「あぁ……そうですか」

 彼女は、僕の右手を、両手で恭しく持ち上げる。
 その紋章に、白い額を当てて、

「そうですか……」

 もう一度、ため息のように呟いた。

 まるで敬虔な信者が、神の使いに対して、何か誓いを立てているような雰囲気だった。

(喜んで、もらえたのかな?)

 そして彼女は、額を放し、僕へと美しい花のように笑いかけた。

「――おめでとうございます、マール」

 ……あ。
 その瞬間、僕の胸に、喜びが溢れた。

(あぁ、そっか)

 僕は、その一言が聞きたかったんだ。
 言われて、初めて気づいた。

 嬉しくて、でも、ちょっと恥ずかしくなりながら、頷いた。

「うん。……ありがとう、イルティミナさん」 

 互いの顔を見ながら、笑い合う。

 僕らの様子を見ていたクオリナさんは、「う~ん。やっぱり、恋人なのかなぁ?」と呟いていた。

 と、イルティミナさんは、そんな彼女を振り返る。

「クーも、ご苦労様でした。私のマールのために、色々と手数をかけましたね」
「あ、ううん。これが、私の仕事だから」

 笑って、手を振る赤毛の獣人さん。
 そんな彼女に、イルティミナさんは、頷いて、

「そうですか。ならば、クー。貴方にもう1つ、仕事を頼みたいのですが」
「え?」

 ん?

 イルティミナさんの白い手が、腰ベルトに挟んでいた『何かの紙』を、クオリナさんの顔の前に突きだす。
 それは、何かのクエスト依頼書のようで、

「この討伐クエストを、マールと私の2人で、さっそく受注させていただきたい」
「……え?」

 え……えぇええっ!?

 唖然とする僕とクオリナさんの前で、銀印の美しい魔狩人は、まるで楽しみを待ち切れない子供のような笑みを浮かべていた――。