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「ふん。さっそくのお出ましね?」

 魔法使いの少女は、魔物を見つめて、不敵に笑う。

 ――スケルトンは、1体だけだった。

(しかも、コイツ……片手だ)

 古い鎧をまとった人骨は、右手に剣を持っているけれど、左腕は根元からなかった。もしかしたら、アスベルさんたちと戦って、失ったのかな?

「1体だけなら、魔法を使うまでもないわね。――マール、任せたわよ?」
「うん」

 僕は『マールの牙』を構えて、2人の少女の前に立つ。

 ソルティスは自信満々に、リュタさんは不安そうに、僕の背中を見つめている。

 コツン

 スケルトンは、骨の足を鳴らして、ゆっくりと近づいてくる。

 ホブゴブリンほどの『圧』はない。
 それほど、強いとは思えない。

 ――よし、一気に決めてやる。

 僕は、そう思って、飛びかかる直前の獣のように姿勢を低く構えた。
 そして、

(……あれ?)

 とても、重大なことに気づいた。

「ねぇ、ソルティス?」
「ん?」
「……スケルトンって、どうやったら、失血死させられるのかな?」
「……はい?」

 ソルティスの美貌が、ポカンとした。

 スケルトンは、骨だ。
 骨だけだ。

 ゴブリンたちみたいに、肉もなければ、血だって流さない。
 その身体は、硬い骨だけで、構成されている。

 つまり、

(……僕の『撫でる剣』は、通用しない?)

 だ。

 これは、困ったぞ。
 冷や汗が、タラリと頬にこぼれる。

「……ねぇ、マール? ……アンタ、信じた私を、さっそく裏切る気ね……?」
「…………」

 2人の少女の冷たい視線が、背中に刺さる。
 い、いや、大丈夫。

「な、なんとかするから!」

 僕は、必死に答えて、思い切ってスケルトンへと襲いかかった。

 ユラリ

(……!)

 スケルトンが剣を構える。

 それを見た瞬間、背筋がゾクッとした。

 ――綺麗だった。

 その意味を理解した僕へと、スケルトンの剣が突き出される。
 僕も、『マールの牙』で迎え撃つ。

 ガィン ギギィン

 暗闇の遺跡の中で、火花が散った。

(速い……っ!)

 スケルトンの剣が、連続で僕を襲う。

 ヒュッ ガリッ ギギン バキィン

『白銀の手甲』と『マールの牙』を駆使して、それらを弾き返して、いったん後方へと引き下がった。

 3メートルの間合いで、対峙する。

 呼吸を整えながら、思った。

(……冗談でしょ?)

 このスケルトン、物凄く強い。

 スケルトンの攻撃は、ホブゴブリンの重い一撃に比べて、とても軽い。子供の僕でも、充分、打ち合えるレベルだ。

 でも、その剣には『技』があった。 

 目の前にいるスケルトンは、鎧と剣を装備した兵士の姿をしている。

(……もしかして、生前に、剣技を習っていたのかな?)

 そう思った。

 もちろん、キルトさんほどじゃない。

 でも、隙が少ないんだ。

 その上、一番厄介なのは、動きが物凄く『速い』ことだった。

(余計な重い肉がないから、かな?) 

 剣速が、とんでもない。

 さっきの斬り合いで、僕は、ほとんど速さで上回れなかった。……こっちは、軽い短剣だというのに。

 それと、もう1つ。

 さっき1撃だけ、足の骨に『撫でる剣』を入れられた。でも、やっぱり、小さな傷を残しただけだった。

(……相性が、最悪だ)

 僕は、ホブゴブリンに勝った。
 でも、あのホブゴブリンが、もしこのスケルトンと戦ったら、ホブゴブリンが怪力による大剣で、骨を砕いて勝つと思う。

 そして、逆にスケルトンは、僕に……。

「……まるで、じゃんけんだよ」

 皮肉を口にして、自分の心を保つ。

 後ろから、怒った少女の声がする。

「ちょっと、マール!? 本当に何やってんの、しっかりやんなさいよ!」
「…………」

 いや、やってるんだよ?

 でも、そうだ。
 後ろには、守るべき2人の少女がいる。

(泣き言なんて、言ってられない。無理でも、やらなきゃ……ね!)

 僕は、もう一度、突っ込む。

 スケルトンは、剣を構えた。

 ヒュン ギギィン

 剣撃の音が弾け、僕とスケルトンの間で、激しい火花が散る。

(刃が無理なら、峰ならどうだ!?)

 クルッと短剣を回転させ、『斬』から『打』へと剣質を切り替える。

 ガッ ガキンッ

 スケルトンの剣を弾き、ガラ空きの肋骨を叩いた。
 でも、ヒビも入らない。

(駄目だ!)

 キルトさんに見せてもらったのは、『撫でる剣』の動きだけだ。
『叩く剣』の動きが、わからない。

 しかも、下手に剣質を変えると、回避も含めた全体の動きまで、可笑しくなる。

 僕はすぐに、短剣の向きを戻した。

 ギンッ ギギィン

「ふっ、ふっ!」

 呼吸を乱しながら、必死に打ち合う。

『技』と『速さ』――この2つを武器に戦うのは、僕もスケルトンも同じだった。

 負けるな、マール!

 自分を鼓舞して、スケルトンに短剣を振る。

 ガィン

 火花と共に刃がぶつかり、鍔迫り合いになった。

「!」

 瞬間、僕は『マールの牙』を斜めに傾け、1歩、横に動いた。

 ガクンッ

 スケルトンがバランスを崩して、前につんのめる。

 ――金印の魔狩人キルト・アマンデスが、赤牙竜や人喰鬼(オーガ)に対してやった技だ。

(今だ!)

 僕は、『マールの牙』を上段に構え――落とした。

 ガヒュッ

 振り落とされた刃は、無防備になったスケルトンの首を、後ろ側から切断する。

 ガィン

 頭蓋骨が床に落下し、被っていた兜が転がる。

(――やった)

 そう思った瞬間だった。
 首のないスケルトンが、止まった僕に向かって、剣を振るう。

(は?)

 まずい!
 反応が遅れた僕の首へと、スケルトンの剣が迫ってくるのが、スローモーションとなって見える。

 ――避けられない。

 そう思った時、1羽の炎でできた蝶が、スケルトンの胸にピタッと止まった。

 ドパァアアン

(!?)

 炎の蝶が爆発し、吹き飛ばされた僕は、背中から壁にぶつかった。

「……かはっ」

 衝撃で、息が詰まる。

 僕を殺しかけたスケルトンは、当然、爆発によってバラバラになっていた。
 無数の白い骨たちが、床に散らばっている。

 もはや、動く気配もない。

 それを確認して、視線を巡らせる。

 廊下の奥、驚くリュタさんの隣で、赤く輝く魔法石の大杖をこちらに向けている、魔法使いの美しい少女の姿があった。

「マールの役立たず」

 仏頂面のソルティスさんの、短い一言。

 それに、とどめを刺されて、

「……ごめん、ソルティス」

 でも、ありがと。

 僕は苦笑しながら、ヘナヘナと床へと座り込んでしまった。


 ◇◇◇◇◇◇◇


「ま……元々は、私の魔法で倒す予定だったから、いいけどさ」

 ソルティスは、そう言いながらも、まだちょっと不満そうだった。

(……面目ない)

 立ち上がりながら、僕は落ち込む。

「いや、まさか首を落としても動くなんて、思わなくてさ」
「当たり前でしょ!? もう死んでるんだから」

 ソルティスは驚く。

 うん、その通りだ。
 でも、あの瞬間は、すっかり忘れていた。

(そもそも筋肉もないのに、スケルトンは、なんで動けるんだろうね?)

 そこが疑問だ。
 それを聞いてみると、物知り少女は、呆れたように教えてくれた。

「原理は、闇のオーラと一緒よ」
「闇のオーラ?」

 って、赤牙竜の時のあれ?

「条件は、色々あるんだけど……憎悪や怒り、そういう強い感情で死ぬとね、時々、死体に『負の思念』が残るの」
「ふむふむ?」
「で、大気の魔素が濃い場所だと、その『負の思念』と『魔素』が結合して、その死体に魔力が宿っちゃうこともあるのよ。――その魔力で動くのが、アンデッドや、スケルトン。あとは、死者の本能で、生者を襲うだけね」

 ははぁ、なるほど。

「確かに、闇のオーラと一緒だ」
「でしょ? だから、倒すには、全身をバラバラにしないと駄目なのよ」
「そっか」

 じゃあ、やっぱり『斬』より『打』の方がいいのかな?

(う~ん……あの技(・・・)、使ってみるかなぁ?)

 僕は、ちょっと考える。

「ま、さすがに闇のオーラほど強い力はないけどね。でも、油断しちゃ駄目よ?」
「うん」

 最後に、足元に散乱する骨を見て、ソルティスはそう締めくくる。

(……ん?)

 ふと気づいたら、リュタさんが、怪訝そうに僕らを見ていた。

「ねぇ、貴方たち……まさか、闇のオーラの魔物を見たことあるの?」
「え? あ、うん」
「あるわよ。一番、最近だと赤牙竜のね」
「赤牙竜!?」

 物凄く驚かれた。

(もしかして、闇のオーラって珍しいのかな?)

 僕にとっては、馴染みのあるモノだけど。

(アルドリア大森林の深層部には、たくさん、いたからなぁ……あの紫色の光たち)

 ちょっと懐かしい。

 リュタさんは、なぜか水色の瞳を丸くして、呆然としたように年下の僕ら2人を見ていた。

 ソルティスが、両手を腰に当てて、切り替えたように言う。

「お喋りはこれぐらいにして、先に進みましょ? アスベルたちも、スケルトンの仲間になってたら最悪だわ」

 ……それ、洒落になってないよ。

 リュタさん、青い顔だ。

 そうして僕らは、ディオル遺跡の探索を、再開した。


 ◇◇◇◇◇◇◇


 コツコツ……

 僕らの足音が、太古の遺跡内部に響いている。

 先頭を歩くのは、僕。
 前方には、ソルティスの創った魔法の光鳥が飛んでいて、先を照らしてくれている。

 真ん中は、ソルティス。
 この3人で、一番貴重な戦力だから、一番襲われにくいポジションだ。

 最後尾は、リュタさん。
 エルフの大きな耳で、背後の物音を探ってもらうんだ。あと万が一のために、ランタンも持ってもらっていた。

(それにしても、広いな……)

 地上部分に比べて、地下の方が、より広い構造になっている。
 イメージとしたら、ピラミッド型だ。

 ここは、第1階層――地下1階。

 通路を進んでいくと、時々、部屋への入り口があった。

 中は、居住スペース。
 壊れたベッド、棚や机などが散乱している。

 見つける部屋は、そんなのばかりだ。

(ここは、この寺院の人たちが暮らしている階だったのかな?)

 床に、首の取れた、小さな仏像が転がっている……ちょっと不気味。

「アスベルたち、いないわね」
「うん」

 戦いの痕跡はある。
 でも、姿はない。

 というか、この階層で戦っている物音とか、まるでしないんだ。

 リュタさんが考えながら、言う。

「もしかしたら、スケルトンに追われて、また下の階層に逃げたのかも……」
「うん」
「そうね」

 僕とソルティスは、頷く。

 ……最悪の可能性は、口にしなかった。

「じゃあ、下の階層に続く階段って、どっちかな?」
「そっちよ」

 リュタさんに教えられた方へと、僕らは進んだ。

 下への階段は、すぐに見つかる。

(……なんか、嫌な感じだ)

 より深い闇へと続いているような、不気味な雰囲気だった。

「行くわよ」
「うん」

 光鳥の灯りを頼りに、僕らは、階段を下りる。

 第2階層。
 そこは、地下牢の並んだ場所だった。

 鉄格子の中には、手枷がついたままの、動かぬ骸骨が転がっていたりする。

「…………」

 腐臭がする。

 僕の後ろで、ソルティスも顔をしかめていた。
 リュタさんが言う。

「ここは、罪人を閉じ込めておく区画……らしいわ。あと奥には、拷問部屋もある」
「…………」

 なるほど。
 それは、憎悪や怒りで、スケルトンになる気がするよ。

「この階で、立て籠もれそうな部屋って、他にある?」
「向こうに、書室があったわ」

 リュタさんの細い指は、拷問部屋とは反対側を差した。

「部屋の本は、みんな、前の探索で『魔学者』たちが王都に持ち帰って、何もないけれど、扉は頑丈で施錠もできたわ」
「そっか。じゃあ、行ってみよう」

 僕らは頷き、歩きだす。

 コツコツ……

 暗闇の中に、足音が反射する。

(……うん、ここにも戦った痕跡がある)

 床に散らばった骨。
 壁にできた、新しい傷たち。

 間違いなく、アスベルさんたちは、ここを通っている。

 と、その時だ。

 キン……ガッ……ガガン……

 かすかな物音が聞こえた。

「今のは?」
「何か、硬い物同士がぶつかるような音よね」
「アス、ガリオン!」

 リュタさんが突然、駆け出し、僕らは慌てて追いかけた。

 通路を走る。
 右に曲がり、左に曲がり、また真っ直ぐ。

 やがて、もう1つの角を曲がった瞬間、

「!」

 いた。

 通路の先にある部屋の1つの扉の前に、大量のスケルトンが集まっている。
 10体や20体どころじゃない。

(あれ、絶対50体以上いるよね?)

 スケルトンたちは、ガシャガシャと音を立ててひしめき合い、木製の扉に、何度も激しく、その手の剣を突き立てていた。

 おかげで、扉はボロボロだ。
 その破れた部分から、扉の内側が見えた。どうやら、幾つもの本棚を倒して、バリケードにしているみたいだ。

 つまり、あの中には人がいる。

(よかった、アスベルさんたち、まだ生きてる!)

 リュタさんが、口元を押さえて、「あぁ」と声を漏らした。

「ソルティス」
「わかってるわ。あんな骨っぽい連中、私の魔法で、すぐに一掃してやるわ」

 ふふん、と笑うソルティス。

 と――僕らの気配に気づいたのか、集まっているスケルトンたちが、一斉にこちらを見た。

(うぉ!?)

 こ、これは怖い。

 ガシャ ガシャ

 20~30体ぐらいが、こちらに向かってくる。

「やばっ。――マール!」
「うん!」

 僕は、前に出る。

「30秒、時間を稼いで! 今度こそ、頼むわよ!?」
「わかった」

 頷き、『マールの牙』を構え、姿勢を低くする。

(もう失敗は、できないぞ!)

 自分に言い聞かせると、僕は、床を蹴り、迫るスケルトンの群れに挑みかかっていった――。