72-072-Death Party



 地の底まで続くような螺旋階段を、ようやく下り切って、僕らは第4階層に到達する。
 下りた先は、狭い通路だった。

(空気が……重いよ)

 呼吸するだけで、なんだか嫌な気分だ。

 僕ら5人は、しばらくの間、その通路を進んでいく。

 やがて、通路の出口が見えた。
 どうやら、広い空間に通じているようだ。

 と、先頭のアスベルさんが振り返る。

「ここからは、声を出すなよ?」

 ……うん。

 僕らは、無言で頷く。

 足音を殺しながら、通路を出ると、そこはドーム球場みたいに広い空間だった。

 天井を支える大樹のような柱が何本もあり、その内の崩れた1本が、すぐ目の前に横たわっている――アスベルさんは、僕らをその瓦礫に包まれた空間へと、先導してくれた。

 アスベルさんの指が、柱と床の隙間を示す。

(ここから、覗けってこと?)

 僕は、地面に伏せて、そこからの景色を見た。

 …………。

(……わぉ。……本当にスケルトンだらけだ)

 柱の先は、床が緩いスロープになっている。
 その奥の30メートルほど下った、平らな野球場ぐらいの広い空間に、白い人骨の群れが、恐ろしいほどに密集していた。見ていて、ちょっと気持ち悪い……。

 ――これが、1000体のスケルトン、か。

 彼らの足元には、損傷が激しくて、スケルトンになれなかった人骨も無数に転がっている。

(……あれが、魔法の祭壇かな?)

 白い集団の中央に、スケルトンたちの近づかない空間があった。

 小さな祭壇だ。

 魔法陣が刻まれた祭壇には、干からびたミイラが横たわり、その胸に、1本の剣が突き立てられている。服装を見た感じ、そのミイラは女性みたいだ。

「なるほど……『聖女の生け贄』、ね」

 え?

 いつの間にか、隣にいたソルティスが、小さく呟いていた。

 僕らは、姿勢を戻す。
 そして、床に座った彼女は、アスベルさんたちにも言う。 

「厄介ね、あれは」
「知ってるのか、ソル?」
「少しだけね。……あの手の聖職者を生け贄にする魔法陣は、外的な魔法を弾くのよ」

 ガリオンさんが、眉をひそめた。

「つまり、なんだ?」
「だから、私の魔法じゃ、あの祭壇を破壊できないってこと」

 なるほど。
 遠く安全な場所から、魔法を撃っても駄目ってことか。

「じゃあ、破壊するには?」
「……剣とかで、物理攻撃するしかないわね」

 …………。
 みんな、黙り込んだ。

 それはそうだ。
 あの祭壇の周りには、1000体のスケルトンがいる。こっちの剣で、祭壇を破壊する前に、スケルトンの剣で、こっちの命が破壊されてしまう。

(……でも)

「やるしかないよ、みんなで帰るために」

 僕は言った。
 アスベルさんたちは、覚悟を決めた顔で、「……そうだな」と頷く。

 ――作戦は、こうだ。

 祭壇を破壊するために突入するのは、アスベルさんとガリオンさん。
 ソルティスはここから、2人の進路を邪魔するスケルトンを、魔法で吹き飛ばして、道を切り開く。
 そのソルティスの護衛として、こっちに来るスケルトンと戦うのが、僕とリュタさんだ。

「吹き飛ばすっていっても、遺跡が崩れるとまずいから、さすがに大きな魔法は使えないわ。だから、もしも残ったスケルトンがいたら、自力で突破して」
「あぁ、わかった」
「おう」
「モタモタしてたら、すぐ囲まれるわよ? リスクがあっても、強引にね」
「あぁ」
「……くどいな、お前?」

 呆れるガリオンさん。
 ソルティス、ちょっとムッとする。

「アンタらの成否に、こっちの命がかかってんのよ!?」
「知ってるよ」

 彼は頷いて、

「俺の命も、お前に預けてる。魔法のタイミングは、そっちに任せるから、好きにやんな。俺らは、ただ信じて走るからよ」
「…………。そ、そう」

 予想外の言葉に、ソルティスは、驚いた顔だ。

(へぇ?)

 アスベルさんとリュタさんも、顔を見合わせている。
 と、ガリオンさんが、僕を見た。

 え?

「『血なし者』のガキ。お前も、しっかりコイツを守れよ? 下手したら、俺らより、お前の負担の方がでかいんだからな?」
「…………。うん」
「ま、せいぜい、きばれや」

 バシンッ

 そう言って、ガリオンさんは、乱暴に僕の小さな肩を叩く。……結構、痛い。

「…………」
「…………」

 肩を押さえる僕とソルティスは、なんとも言えない表情で、互いの顔を見つめ合ってしまった。

 ――とにかく、作戦は決まった。

 作戦会議中、倒れた柱の近くを、スケルトンたちが何回も通ったけれど、そのたびに息を潜めて、幸いにも見つかることはなかった。

 そして僕らは、それぞれの配置につく。

(よし、じゃあ始めよう!)

 視線を交わし、まずはソルティスが魔法石を赤く輝かせた大杖を、大きく振り被った。

 空中に、赤い光のタナトス魔法文字が描かれていく。 

(……あと20秒。……あと15秒……10秒、9、8、7、6)

 残り5秒。

 僕は合図を出して、それを見たアスベルさんとガリオンさんは、疾風のようにスロープを駆け下りた。リュタさんは、唇を噛みしめ、その背中を見つめる。

 もう、後戻りはできない。

 僕らの一か八かの作戦は、こうして始まったのだ――。


 ◇◇◇◇◇◇◇


「破滅の赤き蝶たちよ。アイツらの走りを邪魔する骨たちを、吹っ飛ばして! ――フラィム・バ・トフィン!」

 ソルティスの美しい詠唱。
 そして、空中のタナトス魔法文字から、炎の蝶たちが飛び出していく。

 ガシャシャンッ

 同時に、1000体のスケルトンが、一斉に僕らを振り返った。

(!)

 凄い圧力。
 死の気配を孕んだ視線が、とんでもない勢いで、僕らに集中している。

「おぉおおおっ!」
「うりゃああああ!」

 アスベルさんとガリオンさんは、雄叫びを上げながら、疾走する。

 きっと、少しでも、作戦の要であるソルティスから、スケルトンの意識を逸らすためだ。

(速い!)

 さすが『魔血の民』だ。 
 2人とも、イルティミナさんやキルトさんを思わせる速度で、スケルトンの群れに突っ込んでいく。

 ――その前方に、炎の蝶たちが舞い降りた。

 ドパ ドパ ドパパァアアアアン

 爆発が起きた。
 スケルトンたちは吹き飛ばされ、バラバラになった骨が、連続して宙に舞う。

 白い亡者の海原に、小さな空間ができた。
 2人は、そこに駆け込んでいく。

「マール君!」

 リュタさんの警告が飛んだ。

 あの2人ではなく、僕らを狙ったスケルトンたちが、スロープを登って接近していた。
 その数、およそ70体。

 ソルティスは、倒れた巨大な柱の上に立っている。

 そこに行くには、僕のいる瓦礫を登らないといけない。そしてこの場所は、多くても3体しか立てない狭さだ。

(ここで、食い止めるぞ)

 ソルティスの正面にあるタナトス魔法文字は、まだ炎の蝶たちを、生み出し続けている。
 魔法は継続中だ。

 それが途切れた瞬間、アスベルさんとガリオンさんは、大量のスケルトンに襲われ、そして殺される。 

(責任重大だぞ、マール)

 心の中で呼びかけ、そのマールの右手で『マールの牙』の柄を掴む。

 そして、接敵。

「やぁああ!」

 僕は、先頭のスケルトンに襲いかかった。

 ガィン ギギン

 刃を合わせ、火花を散らしながら、押し返す。

 左右からも、スケルトンが迫ってくる。
 突き出される槍を丁寧に防いで、カウンターの『柄打ち』で、その腕をへし折った。

(もう1体は、盾持ちだね!)

 でも、構わない。
 盾の上から、そのまま全力で蹴っ飛ばす。

 ガィン

 骨しかないスケルトンは、体重が軽い。
 子供の僕の蹴りで、その盾持ちスケルトンはバランスを崩して、後ろのスケルトンたちを巻き込みながら、瓦礫から落ちていった。

 これで、また時間が稼げる。

(よし、いいぞ) 

 少なくとも、ここを突破されるイメージが、僕の中で湧いてこない。

 このまま行ける!

 ――そう思った時だった。

「……マール。……アスベルとガリオンに合流して」

 ん?
 ソルティスが、前を見たまま、突然、そんなことを言った。

(え? 合流?)

 僕は、2体のスケルトンと戦いながら、一瞬だけ彼女を見た。

 苦しそうだった。
 額からたくさんの汗を流し、その顔色は、驚くほど白くなっている。

 その顔色を、前に、メディスに向かう森の中で見た。

(まさか……魔力切れ!?)

 そして気づく。

 ソルティスの放っている炎の蝶は、とんでもない数だった。1000匹どころじゃない、1万匹は優に超えている。それこそ絶え間なく、僕が戦っている間も、ずっと同じ勢いで、炎の蝶を生み出し続けていた。

「……スケルトンたちの勢いが、予想以上なの。道を作るのに、想定以上の魔力、使ってるわ」
「…………」
「このままじゃ、2人が祭壇に着く前に、私の魔力が切れる」

 ツーッと、少女の鼻から、血がこぼれた。

(ソ、ソルティス!?)

 まずい。
 この子は今も、相当な無理をしてるんだ。

「……お願い。……アンタも合流して、向こうの突破力を上げてやって」
「…………」

 話はわかった。
 でも、

 キンッ ギギン

 僕がいなくなったら、今も戦うこのスケルトンたちから、ソルティスとリュタさんを誰が守るんだ?

 と思ったら、炎の蝶が、こっちにも来た。

 ドパパァン

(うわっ!?)

 目の前のスケルトンたちが、爆散する。

「なんとかするわ。魔力切れたら、リュタに抱えてもらって、逃げるから」
「ソルティス……」

 リュタさんを見る。
 ダークエルフの少女は、覚悟を決めた顔で、大きく頷いた。

(…………)

「わかった。行ってくる!」

 僕は、瓦礫を飛び下りる。

「ごめんね、マール。……頼むわ」

 少女の申し訳なさそうな声が、僕の背中にぶつかった。

(くそ……っ)

 謝るなよ、ソルティス。
 君に負担をかけるとわかってて、僕の勝手な願いに付き合わせてしまったのは、こっちなんだ。

(絶対に、僕が何とかしてみせるから!)

 心で叫びながら、走る。
 走る。

 スロープを下りた先、アスベルさんとガリオンさんの走り抜けた道には、もう新しいスケルトンたちが無数に集まり始めていた。突破できるか!? 

 そう思った瞬間、

 シュドドン

 上空から、光の矢が落ちて、前方のスケルトンを吹き飛ばした。

(!?)

 思わず、振り返る。

 瓦礫の上で、ダークエルフの少女が、魔法石の光る杖を振りかざしていた。

(今のは、リュタさんの魔法!)

 凄い。
 でも、彼女も魔力が残り少ない。これ以上の援護は、期待できない。

 必死に走る。
 前方の2人の背中が、近づく。

 キンッ ガィン

 2人は、スケルトンを倒しながら進んでいる。
 炎の蝶の数が減って、その先の道が、まだ切り拓けないんだ。

 ただの人間。
 そして、子供である僕の足で、追いつけてしまう。

(これ、本気でまずいよ……!?)

 突破するというより、辛うじて生き残ってる――そんな状況だ。

「アスベルさん、ガリオンさん!」

 2人が振り返る。
 どちらも傷だらけで、全身から血を流していた。

「マール!?」
「なんで来た、ガキが!?」

 驚く2人。
 僕は、走りながら、必死に叫ぶ。

「数が多すぎて、ソルティスの魔力が限界なんだ! 早く突破を!」
「くっ……」
「んなこと言っても、だなぁ!」

 ガンッ バキィイン

 ガリオンさんの戦斧が、スケルトンを2体、葬る。
 でも、そこに5体の新しいスケルトンが、殺到してきてしまう。 

「ちぃ」

 歯を噛みしめるガリオンさん。

 ドパパン ドパァアン

 空から落ちてくる炎の蝶も、もう目に見えて、数が少ない。

(祭壇まで、もう少しなのに……っ!) 

 あと20メートルもない。
 でも、その距離が、果てしなく遠い。

(何か、方法は……!?)

 その時、ふと前にも似た状況があったことを、思い出す。

 ――あ。

 ……そうだ、あの時は、トグルの断崖で……確か、イルティミナさんが僕を……。

(それだ!)

 閃いた僕は、ガリオンさんに向かって全力で走る。

「ガリオンさん!」
「あ!?」
「僕を、投げ飛ばして!」

 彼は呆けた。
 でも、僕と視線が合うと、すぐに意図を理解してくれた。

「わかった、来いや!」

 ガィン

 火花を散らして、床に戦斧が置かれる。
 走った勢いのまま、僕は、その戦斧めがけてジャンプして、

「今っ!」
「うおらぁああああ!」

 ブォオン

 雄叫びと共に、ガリオンさんの太い筋肉が盛り上がり、僕を乗せた戦斧が、とんでもない勢いで振り上げられた。

(んぐっ)

 風圧に、歯を食いしばる。

 次の瞬間――僕は、空を飛んでいた。

 眼下に群がるスケルトンたちを、悠々と見下ろしながら、空中を飛翔している。その放物線から予想される着地点には、見事に、あの胸に剣の刺さった、干からびたミイラの横たわる祭壇があった。

(ナイス、ガリオンさん!)

 僕は、『マールの牙』を上段に構えた。

 ドンッ

 着地の凄まじい衝撃――それも利用して、『マールの牙』を振り落とす。

「やぁああ!」

 ギギィン

 胸の刺さった剣を断ち、ミイラを両断し、祭壇をぶった斬る。

 火花が散り、

『――オォオオオオオオオオオオオオ!』

 瞬間、声にならない苦悶の雄叫びが、僕らの心に荒れ狂った。

(う、わぁ!?)

 目に見えない黒い何か(・・)が、周囲に噴き出した気がした。

 落下の衝撃もあり、僕は、何度も床を転がる。
 慌てて、顔を上げた。

「……あ」

 周囲のスケルトンが、全員、凍りついたように止まっていた。

 アスベルさんとガリオンさんに、今にも、剣や槍を突き立てようとした姿勢のまま、白い人骨たちは動きを止めている。遠くには、リュタさんに背負われているソルティスの姿もあり、逃げる彼女たちを追っていたスケルトンたちも、時間が停止したように静止していた。

(……やった?)

 ガラン

 1体のスケルトンが、崩れた。

 ガラン ガラガラ ガララララン

 続けて、2体、3体……そして、次々にスケルトンたちは、その力を失い、ただの骨と化して、床に転がっていく。
 そして、全てのスケルトンが、崩れた。

 アスベルさんたちと、視線が合う。

「…………」
「…………」
「よっしゃあああああっ!」

 ガリオンさんの咆哮。

 それが合図だ。

 僕たちは、生き残ったことを理解して、歓喜の表情で大声を上げていた。

 やった。
 やった、やった、やった!

「やったぁああ!」

 僕は、床に仰向けになって、両手を突き上げる。

 そんな僕の元へと、2人の少年たちが駆け寄ろうとする。

 ガラン ガララン

 ふと、近くで骨の音がした。
 なぜか、2人の足が止まった。

『……ユル、サ、ナイ……』

 すぐ近くで、寒気のするような声が、鼓膜を撫でた。

(……え?)

 慌てて跳ね起き、僕は凍りつく。

 両断したはずのミイラの上半身が、空中に浮いていた。

 ミイラの窪んだ眼底から、黒い液体がこぼれている――黒い涙を流して、泣いている。

『……ユル、サ、ナイ……』

 もう一度、動かぬ口から、恐ろしい呪いの声がした。

 カラン カララン

 周囲の骨が転がり、ミイラへと吸い寄せられていく。

 小さかったミイラに、無数の人骨がまとわりついて、巨大な姿に膨れ上がっていく。

(あ……あぁ)

 僕は、震えた。
 そこに、かつて夜のアルドリア大森林で見た、暗黒世界の住人が姿を現していた。

 上半身だけで3メートルを超す、空中に浮かぶ巨大な骸骨――無数の骨の集合によって作られた、死の巨人。

 僕は、呻いた。

「……骸骨王」

 死の臭いの蔓延する空間に、かつて僕の命を奪った、恐るべき死者たちの王が降臨したのだ――。