76-076-Gray's departure



 あれからキルトさんの部屋の客室で、一夜を明かし、僕らは旅立ちの朝を迎えた。

(わ、雨だ)

 明け方の空は、一面、灰色の雲だ。
 壁のガラスには、大粒の雨が、音を立ててぶつかっている。

「……太陽、また見れないわね」

 隣のソルティスが呟く。

 うん、昨日はずっと、真っ暗なディオル遺跡の中だったもんね。
 僕も残念。 

 ゆっくり眠ったからか、ソルティスは、もう元気だ。
 朝一で、回復魔法をかけてもらい、僕の全身にあった怪我も治してもらってある。ありがと、ソルティス。

 イルティミナさんは、近くで、今日からの旅立ちの荷物を整理している。
 今日は、ケラ砂漠に出発だ。

(がんばるぞ!)

 3人の正式なパーティーになってから、初めてのクエストだ。
 雨でも、気合が入る。

 と、

「おい、マール。こっちに来い」

 奥の部屋の入り口で、キルトさんが『来い来い』と手招きしている。

 なんだろう?
 僕は、キョトンとしながら、近づいた。

 そして驚いた。

(おぉ!? なんだ、この部屋!?)

 部屋中に、武器や防具が置いてある。
 まるでお店だ。

「おや、鬼姫コレクションですね?」
「わ?」

 いつの間にか、イルティミナさんが隣に立っていた。
 ソルティスも、こっそり、その横にいる。

「鬼姫コレクション?」
「はい。キルトは、武器や防具を集めるのが、趣味なんですよ」
「そうなんだ?」

 へ~、と思いながら、銀髪の美女を見る。

 彼女は、苦笑した。

「違う違う。わらわが集めたのではない。勝手に、贈られてくるのじゃ」
「贈られてくる?」
「うむ」

 頷き、教えられた話は、こうだ。

 キルトさんは、金印の魔狩人だ。
 彼女が受けるクエスト依頼は、とても高額であり、それを支払える依頼人は、当然、大商人や貴族、時には王家の人々になる。

 そして報酬とは別に、感謝の品を贈られることが、多々あった。

 キルト・アマンデスの強さは、人々を魅了し、畏怖させる。

 友好関係を結びたいという人々は、大勢いた。
 クエストを受けていなくとも、国内外の有力者たちから、色々と送られてくるのだ。

「それが、武器や防具なの?」
「うむ、なぜか、そういう噂になってしまっての。……わらわは、酒が欲しいのじゃがのぅ」

 しょんぼりキルトさん。

「ま、捨てるわけにもいかん。ゆえに、この一室に保管しておる」

 なるほど。
 その結果が、鬼姫コレクションなんだ?

 3人で、思わず、室内を眺める。 

「もしかして、キルトさんの雷の大剣も?」
「あれは、アルン皇帝からの品じゃな」

 皇帝……うわぁ。

(この人、本当に凄い人なんだねぇ)

 今更だけど、僕は、自分がこんな凄い人と気軽に話せる幸運に驚いてしまう。
 いや、話してると普通の女の人なんだけど。

 キルトさんは、手近の壁にあった細身の剣を1本、手に取り、

「ま、対人なら、こういう剣の方が良いのじゃろうが、わらわは魔狩人じゃからの。竜などの魔物を狩るには、あれが良い」
「ふぅん?」
「というわけじゃ、これを、そなたにやる」

 え?

 その細身の剣を、僕の前に突きだされた。

「え、えっと?」
「そなた、昨日、短剣を失ったであろう? まさか、丸腰のまま、クエストに行く気か?」

 ……あ。

「とりあえず、鞘から抜いてみよ」
「う、うん」

 言われるままに、僕は、その剣を抜いた。

(おぉ~?)

 美しい片刃の剣だ。

 ちょっと刀に似ているけれど、柄に近づくほどに刃が広くなっている。鍔はない。

 そして、青銀の輝きをした美しい刀身は、半透明だった。
 反対側にかざした手が、透けて見える。

(しかも、この剣、凄く軽い……)

 それが一番、びっくりだ。
 刀身は倍以上あるのに、重量は『マールの牙』と同じか、ちょっと重いぐらいだ。

「妖精鉄の剣ですね?」

 イルティミナさんが、興味深そうに呟いた。

(……妖精鉄?)

 キョトンとなる僕に、ソルティスが教えてくれる。

「レア金属。北方のテテト連合国にある、妖精の郷でしか取れない金属よ」
「そうなの?」
「その剣、1度、振ってみよ、マール」

 キルトさんに促され、僕は、上段に構えた。

 …………。
 構えるのも、凄い楽だ。

「やっ!」

 ヒュッ

 振り落とす。
 うわ、剣がないみたいに軽い。

 空気を切断できたのが、自分でも、はっきりわかった。

「ふむ、よかろう」

 キルトさんは、僕の動きを確かめ、満足そうに頷いた。

「しばらくは、それを使え」
「いいの?」

 こんな凄い剣を?

 戸惑う僕に、彼女は笑う。

「構わぬよ。ここで腐らせても、意味はない。それにタダで手に入れた品じゃからな」
「…………」
「気になるなら、そなた、買い取れ」

 え?

「えぇっと、幾らぐらい?」
「3万」
「…………」

 買えないよ!?

(まさか、300万円も借金しろと?)

 震える僕に、キルトさんは苦笑して、

「次のクエストが終われば、買えるぞ? 15万リドの報酬じゃ、マールにも3万7500リドが手に入る」
「…………」

 なんか、ゴブリン討伐と桁が違う。

 突然、ソルティスが「うわ」と大きな声を出した。

「そっか! コイツが入ったから、私らの取り分、減るんだわ!?」
「え? あ……」

 そ、そうか。
 今までは、3人で3等分だったのに、僕が入ったから、4人で4等分になっちゃうのか。

(っていうか)

「あの、きっと僕、そこまで役に立たないから、報酬、少なくていいよ?」
「駄目じゃ」
「それは、いけません」

 2人の年上魔狩人は、僕の提案を、きっぱりと断った。

 イルティミナさんは、真剣な顔で言う。

「マール? パーティーを組むというのは、対等な仲間ということです。役に立つ、立たないではなく、運命を共にする共同体です。上下の差を作っては、いけないのです」
「…………」

 キルトさんも、銀髪を揺らして頷いた。

「人により、得手、不得手はある。しかし、それは役割が違うというだけじゃ。マールには、マールにしかできぬことがある。それを期待し、我らは、そなたを仲間にしたのじゃ」
「僕にしか、できないこと?」
「自覚しておらぬなら、それはそれで良い。そなたは、ちゃんとやっておる」

 2人は、笑っていた。

 ???

 僕は今まで、何かをしていただろうか? ちょっとわからない。

 ソルティスは、頭の後ろで手を組んで、

「ま、私は、マールは安くていいと思うけど~」
「…………」

 この子って、本当に素直。 

 苦笑しながら、僕は『妖精の剣』を見つめた。

(…………)

 美しい輝きの透明な刃は、僕の顔を反射している。それは、もう、その剣に魅了されている子供の顔だった。

 うん。

 僕は、キルトさんを見上げた。

「この剣、買うよ」
「そうか」

 僕のリーダーは、笑って、頷いた。

 イルティミナさんは『うんうん』と微笑ましそうに頷き、ソルティスは「ま、好きにしたら?」と口にしながらも、なぜか笑っていた。

(よろしくね、僕の新しい『牙』)

 美しい剣に、心の中で声をかけ、そして鞘に納める。

 そのあと、『旅服』もボロボロだったので、キルトさんは『妖精鉄の軽鎧』も用意してくれた。
 胴体だけを包む、動き易い鎧だ。

 その上から、新しい『旅服』の上着をかける感じになる。

(うん、違和感ないよ)

 軽く動いてみたけれど、今までと変わりない。

 そんな僕を見つめて、イルティミナさんは頬に手を当てて、うっとりとため息をこぼした。

「はぁ……マール、とっても似合ってますよ。素敵です……」
「あはは、ありがと」

 ちょっと照れる。
 キルトさんは苦笑し、ソルティスは呆れ顔である。

 ちなみに、剣と鎧、合わせて、5万リド(500万円)の借金となった。

「返済が大変だ……」
「フフッ、それだけ、私たちとマールは、一緒にいられるということですよ?」

 僕に頬ずりしながら、イルティミナさん。
 うん。

「そうだね。――これからも、よろしくお願いします。イルティミナさん、キルトさん、ソルティス」
「はい、こちらこそ」
「うむ」
「へ~いへい」

 笑顔で言うと、3人も笑ってくれた。
 そして、

「うむ。そういうところじゃよ、マール」

 キルトさんが皆を見て、どこか楽しそうに呟いた。


 ◇◇◇◇◇◇◇


 やがて、旅立ちの準備も終わった頃、キルトさんの部屋がノックされた。
 僕らは、顔を見合わせる。

(……誰だろう?)

 部屋主のキルトさんが、戸を開ける。
 すると、そこにはギルドの制服を着た職員のお姉さんが、深く頭を下げて立っていた。

「おはようございます、キルト様」
「なんじゃ、こんな早朝に?」

 怪訝そうなキルトさん。
 お姉さんは、表情も変えずに一礼して、

「申し訳ありません。ムンパ様より、大事な話があるということで、皆様をお呼びに参りました」

 大事な話?
 僕らは、顔を見合わせる。

 そして、お姉さんは言った。

「マール様に頼まれていた件に関して、そして、また他にも幾つか、ご報告が」

 …………。
 それって、アルドリア大森林の石の台座や、塔について?

 3人の視線が、僕に集中する。

「わかった、すぐに行こう」

 キルトさんは頷き、僕らは、慌ただしく部屋を出た。


 ◇◇◇◇◇◇◇


「……私、ちょっと苦手なのよね、ムンパ様のこと」

 向かう途中、ソルティスが呟いた。

「そうなの?」
「悪い人じゃないわよ? でも、なんか、子供扱いされるのよね……それが、ちょっと」

 あ~、わかる気がする。
 あの人、砂糖たっぷりのお菓子みたいな、甘い雰囲気の人だから。 

(……絶対に怒らないお母さん、みたいな?)

 そう思って、ふと気づいた。

 ソルティスは、幼い頃に、両親を失っている。
 もしかしたら、そういう母親みたいな存在に、慣れていないのかもしれない。

「ソル、失礼なことを言ってはいけませんよ?」
「わかってるわよ」

 姉の言葉に、妹は唇を尖らせ、頷く。

(…………)

 この2人には、親がいない。
 悪魔狩りと称した心ない人々に、殺されてしまっているんだ。

 勝手だけれど、僕はその無念と悲しみの分も埋められるよう、彼女たちと家族のようになれたらいいな……と思ってしまった。

 やがて、ギルド5階のムンパさんの部屋に、到着する。

(相変わらず、不思議な部屋だね?)

 木々や花などが咲き、室内なのに川も流れている。そこには、人工的な通路があって、そのまま橋を越えた先に、白い円形の空間があった。そこに、執務机や来客用のソファーがある。

 その空間に、真っ白な美しい獣人さんがいた。

 ムンパ・ヴィーナ――冒険者ギルド『月光の風』の長だ。

 雪のような足元まで届く髪を揺らして、

「いらっしゃい。みんな、ごめんなさいね? 急に呼び出したりして」

 彼女は、柔らかく微笑んだ。

 動きに合わせて、真っ白な毛の長い尻尾とたれ耳が揺れている。

(……また触りたいな) 

 ちょっとウズウズ。

「おはよう、ムンパさん」

 僕は笑って、声をかける。
 姉妹は、揃って、丁寧に頭を下げた。

「おはようございます、ムンパ様」
「……おはようございます」

 ムンパさんは、嬉しそうに微笑む。

「おはよう、マール君、イルティミナちゃん、ソルティスちゃん」

 そして彼女は、僕らの前にしゃがんだ。

 白い指で、

 チョン チョン

 僕とソルティスの鼻をつつく。

 驚く僕らに、彼女は言う。

「フフッ、聞いたわよ? 2人とも、アスベル君たちを助けるために、がんばってくれたんですってね?」
「あ、えっと……うん」
「……はい」
「ありがとう。偉かったわね、2人とも。本当に立派よ」

 紅い瞳を細めて、優しく微笑む。

 褒められたソルティスは、モジモジして、なんだか居心地悪そうだ。

(……珍しい)

 ムンパさんは、「フフッ」と笑い、僕らの頭を撫でる。

「おい、ムンパ。そなた、話があって、我らを呼んだのであろう?」

 キルトさんが、困ったように言う。

「わらわたちは、出発前じゃ。早うせい」
「あらあら、そうだったわね」

 ムンパさんは、残念そうに笑って、僕らの頭から手を離して立ち上がる。
 ソルティスは、ちょっと安心した顔だ。

 そして、僕らは、来客用のソファーに座らされる。

 秘書のような人が、飲み物のグラスを置いて、音もなく立ち去って行った。

 一息ついて、空気が落ち着いたのを見計らい、

「じゃあ、話すわね」

 ムンパさんが、ゆっくりと口を開く。

 僕らは、頷いた。

「まずは、マール君」

 彼女の視線が、僕を見つめる。

「頼まれていた、アルドリア大森林・深層部にある石の台座や塔について、先日、調査隊が出発しました。マール君が次のクエストから帰って来た時には、その報告ができると思います」
「はい」
「それともう1つ、提出された資料を調べて、わかったこともあるの」

 資料?

「マール君の描いた絵よ?」
「あ」
「あと、塔から持ち帰ってくれた、数冊の本ね」

 笑顔で教えてくれたムンパさん。
 でも、すぐに表情を改めて、

「その本の中に、タナトス時代の魔法陣の図案集がありました。まだ翻訳、解析の途中ですが、ギルドの『魔学者』たちから、石の台座の魔法陣についての部分だけでも、判明した内容を報告してもらいました」
「…………」

 僕のために、優先してくれたんだ。
 驚きと感謝。

 そして、ムンパさんは、ゆっくりと言う。

「魔法陣の力は、『召喚』です。――それも、いわゆる神界の門である、と」

 ……神界の門?

 僕らは4人とも、驚いた顔だ。

「詳しい役割は、まだ判明していません。でも、その魔法陣は、神界から何(・)か(・)を召還するための物だと判明しました」
「…………」
「それと、もう1つ」

 ムンパさんは、僕を見つめて、

「マール君の描いた絵には、『石の台座』の絵がありました。そこには、その魔法陣もちゃんと描かれていたわ」
「……うん」
「ただね。もしその絵が正確なものなら、ちょっと問題があるの」

 問題?

「石の台座の魔法陣には、不備がある。もし、それで召喚が行われたのなら、本来のそれではなく、不(・)完(・)全(・)な(・)何(・)か(・)が呼び出されることになる――『魔学者』たちは、そう報告してきました」
「不完全な……何か」

 ドクン

 心臓が跳ねた気がした。

「そう。その魔法陣の不備が、人為的なのか、それとも長い年月の風化が原因なのか、それはわからないわ」
「…………」
「でも、『魔学者』たちが言うには、その魔法陣で呼びだされた何かには、恐らく、不(・)純(・)物(・)が(・)混(・)じ(・)る(・)だろう、というお話でした」

 不純物。

 僕は、自分の右手を――マールの右手を見る。

(それは……もしかして?)

 心が震えた。

 もし、この『マールの肉体』が神々の世界から召喚されたものだとしたら、異世界の日本から来た僕の意識は……この自我は……、

「……マール? 大丈夫ですか、マール?」

 え?

 ……あ。
 気がついたら、イルティミナさんが心配そうに、僕の顔を覗き込んでいた。
 いや、他の3人も、同じ表情で僕を見ている。

 僕は、がんばって笑った。

「うん、大丈夫。ちょっと、驚いただけ」
「…………」

 イルティミナさんは、何かを言いたそうだ。
 でも、

「本当に大丈夫だよ、イルティミナさん」

 僕は、それを遮る。
 そんな僕の顔を見つめて、イルティミナさんは、自分に言い聞かせるように「わかりました」と頷いた。

「今は、伝えられるのは、それだけよ。調査隊が戻ったら、また新しい報告ができると思うわ」
「はい。よろしくお願いします」

 ムンパさんに、僕は頭を下げる。

(うん……今は、それまで考えるのは、やめておこう)

 事実だけ、覚えておけばいいや。
 大きく息を吐いて、僕は、自分の心を整えた。

 キルトさんは、僕の横顔を見つめ、それから話題を変えるように、ムンパさんに話しかける。

「それで? 話は、マールの頼まれごとの報告だけではないのであろう?」
「えぇ」

 彼女は頷いた。
 そして浮かべられた表情は、その美しい獣人さんには珍しい、険しいものだった。

 ムンパさんは、短く息を吸い、

「前にキルトちゃんが話してくれた『人を魔物に変える子供』ね。……その目撃情報が、また出てきたのよ」

 静かな口調で、そう言った。


 ◇◇◇◇◇◇◇


「ほう? またか」

 キルトさんは、黄金の瞳を鋭く細める。
 ムンパさんは、頷いた。

「5日前ね、シュールの街の近くで目撃された海角竜の討伐依頼に、別ギルドの魔狩人たちが派遣されたの」
「…………」
「到着した彼らは、その夜、街の近くの砂浜で、若い女の人と黒髪に褐色の肌の子供が、一緒にいるのを見かけたんだって。こんな時間に? と不思議だったけれど、最初は、街に住んでいる親子だと思ったらしいわ。でも……」

 言葉が切れる。

(でも……?)

 ムンパさんは、再び、口を開いた。

「その女の人が、海角竜に変身したらしいわ」
「…………」
「魔狩人たちは、4人死亡。1人だけが生き残って、一昨日、報告が届いたの」

 ゴクッ

 思わず、唾を飲み込んだ。

 イルティミナさんが、短く問う。

「その子供は?」
「姿を消したわ。シュールの街では、そんな子供は見たこともないと言っている。住人じゃないわね」

 ……そう。

「女の人は、シュールの街の住人だったわ」
「…………」
「でも、その人が変身した海角竜は、そのまま海に逃走してしまったわ。目下、別の魔狩人たちが派遣されて、捜索中よ」

 重い沈黙が落ちる。

 ムンパさんは、グラスの飲み物を一口飲んで、「ふぅ」と息を吐く。
 その視線をキルトさんに向けて、

「キルトちゃんの名前のおかげでね、前回の報告に、信憑性が出たの。だから、他の冒険者ギルドの長たちも、今回の出来事を、そのままに受け止めてもらえたわ」
「ふむ、そうか」
「その子供は、とりあえず『闇の子』と命名されたわ」

 闇の子……。
 三日月のような赤い口で笑い、僕を見つめた姿を思い出す。

(なんか、ぴったりだね)

 ムンパさんは、言う。

「魔物を生み出す『闇の子』の捜索は、ギルド長会議で、最優先に設定されたわ。そして、シュムリア王国も動いてくれる予定よ」
「ほう、王国もか」

 キルトさんは、驚いた顔だ。
 いや、隣のいるイルティミナさんもソルティスも、同じように驚いている。

(思ったより、大事になってきたね?)

 ムンパさんは頷いて、

「特にね、今回、亡くなった魔狩人は、王国最大の冒険者ギルド『黒鉄の指』の所属だったの。だからね、あの『烈火の獅子』に、闇の子捜索が命じられたって」
「ほう、あの男にか?」

 キルトさんは、目を見開き、なぜか楽しそうに笑った。

(……知り合い?)

 不思議に思った僕に、隣のイルティミナさんが、こっそり教えてくれる。

「烈火の獅子エルドラド・ローグ。――鬼姫キルト・アマンデスと同じ『金印の魔狩人』です」
「え?」

 つまり、王国トップ3の1人!?

(そんな凄い人まで、『闇の子』の捜索に!?)

 あまりの展開に、僕は声もない。

 そうして、鬼姫キルトさんは、大きく頷いた。

「なるほど。あのエルに任せれば、問題あるまい」
「そうね」

 ムンパさんも同意する。
 そして、彼女は、僕らの顔を見回して、

「とりあえず、『闇の子』に関しての話題は、以上です。――あとは、また報告待ちね」
「そうか」

 キルトさんは頷き、ソファーから立ち上がった。

「これで話は済んだか? では、わらわたちは行くぞ」
「あら、もう?」

 ムンパさん、残念そうだ。
 真っ白な耳も尻尾も、なんだか寂しそうに、しょんぼりと垂れている

 キルトさんは、肩を竦め、

「そなたは、すぐ長話をするからの。さっさと行かねば、遅くなる」
「まぁ」
「ほれ。皆、行くぞ」

 リーダーに促されて、僕らも立ち上がった。
 ムンパさんは、ハッと思い出したように、

「そうそう、キルトちゃん?」
「む?」
「来月、国王の生誕50周年式典があるの 忘れちゃ駄目よ? キルトちゃんも、出席しなきゃいけないんだから。ちゃんと間に合うように帰ってきてね?」
「あぁ、そうであったな」

 その顔に『面倒じゃな』と書いてある。
 ムンパさんは苦笑しながら、

「お願いよ?」
「わかっておる」

 頷くキルトさん。
 ムンパさんは笑い、そして彼女は、僕らの方を見る。

「それじゃあ、マール君、がんばってね? でも、無理しちゃ駄目よ」
「うん」
「イルティミナちゃんもソルティスちゃんも、気をつけて。2人なら大丈夫だと思うけれど、油断は禁物だから」
「はい」
「……気をつけます」

 僕らは頷き、ムンパさんは、柔らかく笑った。

「それじゃあ、みんな、いってらっしゃい」

 手を振る、真っ白な美しい獣人さんに見送られて、僕ら4人は、ギルド長室をあとにした。


 ◇◇◇◇◇◇◇


 キルトさんの部屋へと戻ってきた。

 壁ガラスの向こう側は、相変わらずの雨模様だ。
 灰色の朝。

 ガラスにぶつかる雨音が、絶え間なく響いている。

(神界の門に、不完全な召喚、不純物……かぁ)

 荷物の最終チェックをしながら、ついつい考えてしまう。

 僕は、何なんだろう?

 人は、心と肉体でできている。
 もし、この『マールの肉体』が神界から召喚されたものとして、そこに宿ったこの僕の心が、やっぱり不純物なのかな?

 もし完全な召喚だったら、

(僕は、この世界に転生しなかった?)

 …………。
 同じ部屋にいる3人を見る。

 もしそうなら、彼女たちとも出会えなかった。

 ……それは、やだな。

 思わず、部屋中に響くような、大きなため息がこぼれた。

「なんじゃ、マール? 今回は、ムンパの耳や尻尾を触れなかったのが、そんなに残念であったのか?」
「……え?」

 ポカンとしながら、顔を上げる。

 キルトさんは、笑っていた。
 イルティミナさんが、「まぁ」と驚く。

「そうだったのですか? ……でしたら、代わりに、私の髪でも触りますか?」
「え、いや」
「ほら、遠慮なさらずに」

 深緑色の美しい髪を、手で束ねて、僕の前に差し出してくる。
 艶やかな髪は、確かに尻尾みたいだ。

「さ、マール?」
「う、うん」

 その笑顔に拒否できなくて、撫でてみる。

 う、気持ちいい。

(なんか、ムンパさんのフサフサの毛にも、負けてないかも?)

 艶やかな髪は、指通りも良くて、ずっと触っていたくなる。

 ナデナデ

 うん……なんか、気持ちも落ち着いた。

「……2人とも、何やってんのよ?」
「…………」

 ソルティスは、呆れ顔だ。

 僕は、苦笑しながら、綺麗な髪から手を離す。

「もう、よろしいのですか?」
「うん。ありがと、イルティミナさん」

 名残惜しそうな彼女に、僕は笑った。
 彼女も、微笑む。

「触りたくなったら、またいつでも、言ってくださいね?」

 いつもの優しい笑顔だ。

 さすがに気づく。

(……みんな、元気づけようとしてくれたんだよね?) 

 僕のことを。

 ムンパさんの話を聞いて、彼女たちも思うことはあったはずだ。
 でも、みんな、何も聞かない。

 ただ、いつも通りに、僕に接してくれている。

「…………」

 それが、彼女たちなりの答え……なのかな?

 心が軽くなる。

「よし。では、行くぞ、マール」
「うん」

 僕の顔を見て、キルトさんが頷く。

 僕は、リュックを背負って、立ち上がった。
 妖精の剣は、腰ベルトの左側だ。

 そして僕らは、部屋を出て、ギルドの玄関へと向かった。

 外は雨。
 そして、灰色の空だ。

 4人で、雨避けのローブを、頭から被る。

「マール」

 イルティミナさんが微笑みながら、白い右手を差し出してきた。

 雨だから、濡れちゃうよ?

 でも、僕も、その手を握る。
 温かな、ずっと繋いできたイルティミナさんの手だ。

「…………」
「…………」

 そんな僕らに、キルトさんは穏やかに笑い、ソルティスは小さな肩を竦める。

 そして、雨の世界へと踏み出した。

 ザァアア……

 鼓膜を叩く、雨の音。

 繋いだ手は、すぐに濡れてしまったけれど、でも、どちらも決して離さない。

「…………」

 見上げる空は、雲だらけ。
 冷たい雨は、やむ気配はなかった。

(――でも)

 この足は止まらない。

 灰色に煙る世界の中を、僕は、大切な3人の仲間と一緒に歩いていった――。