78-078-Sand sea monster



 最初は、砂漠にある岩山の1つかと思った。

 でも、違う。

 それは、砂の海に潜っては、また顔を出し、その長い巨体で砂塵を散らしながら、この黄色い大海を泳いでいたのだ。

(うわ、30メードって、本当に大きいね?)

 まさに、怪獣だ。
 巨大だということは、それだけで生物としての迫力が違う。

「ゼングラム船長、船を近づけよ! ただし、距離は、200メード以上を保て!」
「おう!」

 キルトさんの命令に、船長のゼンさんは、船員たちを振り返る。

「野郎ども、聞いたな!? 鬼姫様の期待を裏切るんじゃねえぞ!?」

『おおー!』

 鼓膜が痺れるような、男たちの気合いの声が返る。

 バフッ ザザザァ

 帆が風を受け、砂上船は、砂海を走る。

 距離が、近づく。

 と――前方にいるサンドウォームの動きが、変化した。
 こちらに気づいたのだ。

「来るぞ! 面舵いっぱい、絶対に近づかせるな!」

 ゼンさんが叫ぶ。
 キルトさんが、仲間を振り返った。

「よし。――イルナ、ソル!」
「はい」
「わかってるわ!」

 2人は頷き、武器を構える。

 カシャン

 白い槍の先端――翼飾りが大きく開き、美しい刃と紅い魔法石が、日の光を反射する。
 イルティミナさんは、それを投擲する体勢になる。

 ソルティスの大杖が、踊る。
 輝く魔法石の軌跡は、タナトス魔法文字を描きだし、

「砂海の王よ! 誰がこの地の王者か、あのミミズに教えてやって! ――バ・バロス・ナーダ・リ・アン!」

 魔法文字が、前方の砂漠に吸い込まれた。

 ズズズゥウ

 突然、砂が盛り上がり、そこに巨人が現れた。

(おぉおお!?)

 身長10メードの砂の巨人だ。

 上半身は裸で、4本の逞しい腕が生えている。
 顔は、兜に覆われて、見えない。

(なんか、前世でいうスパルタの戦士みたいだ! 格好いい!)

 砂の巨人は、

『オォオオオオオ!』

 低音の咆哮を響かせ、両腕を広げて、接近するサンドウォームを威嚇する。

 キルトさんが、雷の大剣を突きだした。

「やれぃ!」

 号令。

 そして、攻撃が始まった。

「シィッ!」

 イルティミナさんの白い槍が飛ぶ。

 ドパァン

 遠方のサンドウォームに直撃する。
 巨体の一部が、弾け飛んだ。

 すぐに槍は戻り、第2射、第3射が撃ちだされる。

 ドパァン ドパパァン

 砂の海面が、何度も爆発する。
 でも、

(当たらない!?)

 当たったのは、最初の1撃だけ。

 サンドウォームは、あの巨体でありながら、身をくねらせて槍の砲撃をかわしていた。そのまま怯むことなく、この砂上船めがけて、砂煙を巻き上げながら近づいてくる。

「ソル!」
「わかってるわ。――行け、『砂海の王』よ!」

 少女の声に、『砂の巨人』が走る。

 4つの巨大な拳を振り上げ、突進してくる巨体に、振り下ろす。

 ドゴォン

 凄まじい打撃音。

 ドンドン ドゴォ

 連撃だ。
 けれど、サンドウォームは止まらない。

 ついに、2つの砂の巨体は激突して、激しい砂を撒き散らした。

(う、わっ!?)

 飛んできた砂を、慌てて払う。
 そして、視線の先には、逞しい4つの腕で、サンドウォームの巨体を受け止めている『砂の巨人』の姿があった。『砂の怪物』の侵攻が、止まった。

「今よ、イルナ姉!」
「シィ!」

 妹の声に応えて、姉が、白い閃光を撃ちだした。

 ドパァン

 直撃だ。

 ドパッ ドパパァン

 サンドウォームの表面で爆発が起き、たくさんの肉片と血液が、砂海の空に舞っていく。

「おぉ!?」
「いいぞ、やっちまえ!」
「いけぇ!」

 船員たちが、歓声を上げる。

『銀印の魔狩人』の凄まじい攻撃に、キルトさんも大きく頷き、ゼン船長も感心した顔だ。

「ん?」

 突然、傷ついたサンドウォームが頭を持ち上げた。
 その先端が割れると、鋭い牙の並んだ丸い口が、大きく開口される。

 次の瞬間、

 バクン

『砂の巨人』の上半身が、喰い千切られた。

(え……?)

 歓声が止まった。
 ソルティスの口が、「嘘……」と短く動く。

 巨人は崩れ、サンドウォームは、その上を越えて、口から大量の砂をこぼしながら、再び砂上船へと接近を始める。

「いかんな」

 キルトさんが表情をしかめ、

「ゼングラム船長、転進じゃ! あそこの岩山を盾にするぞ、急げ!」
「お、おう!」

 ゼン船長は、すぐに部下に指示を出す。

「うぅ……『砂海の王』が負けるなんて」

 少女は、悔しそうに唇を噛む。   

(……ソルティス)

 なんて声をかけていいのか、わからない。

 その間もイルティミナさんは、少しでもサンドウォームの接近を遅らせようと、何度も白い槍を撃ちだしている。

 ドパァン ドパァン

 砂海に、爆発が生まれる。

 その中を泳ぎながら、サンドウォームは、再び頭部を持ち上げた。

(ん?)

 咬みつくには、距離がありすぎる。

 怪訝に思った次の瞬間、その口から、砂上船の上空に向かって、何(・)か(・)が吐きだされた。

 ボタボタ ビタビタ

 音を立てて、無(・)数(・)の(・)何(・)か(・)が甲板に落ちてくる。
 それは、

「サンドウォーム!?」

 だった。

 体長2~3メードの普通のサンドウォームたちが、30匹近く、船上に落ちてきたのだ。
 船員たちの悲鳴が上がる。

(これは、まずい!)

 僕は『妖精の剣』を抜き、ソルティスの元へと全力で走った。

「ち、ちょっとぉ!?」

 細長い『砂の魔物』に囲まれて、少女は、プチパニックを起こしていた。
 その1体が、彼女に飛びかかり、

 ヒュン

 僕は、その首を切断する。

 ヒュヒュン

 近くにいた3匹を、あっという間に、片付けた。

「大丈夫?」
「え、あ、う……うん。あ、ありがと」

 びっくりするソルティス。

(よかった)

 僕は笑って、近づく魔物を、次々に斬っていく。

 キルトさんも、他の船員たちを守っている。
 イルティミナさんは、1人だけ、巨大なサンドウォームめがけて、白い槍の砲撃を続けていた。

 やがて、船が岩山に隠れた。

「よし、このまま距離を取れ!」
「おう!」

 砂上船は、すぐに岩山を背にして、砂海を走りだす。

 ザザザァ

 船尾方向に、皆の視線が集まる。

 すると、

 ズズゥゥウン

 岩山が揺れ、そして、崩壊した。

(……う、わ)

 崩れていく岩を蹴散らして、岩山を砕いて直進してきたサンドウォームの巨体が現れる。うん、本当に怪獣だ。
 船員さんたちの顔色も、青い。

 落下した岩たちが、砂海に、激しい砂柱を上げている。

「ど、どうするんだ、おい!?」

 ゼン船長は、焦った顔で、金印の魔狩人に問いかける。
 でも、キルトさんは落ち着いた顔で、

「問題ない。位置関係は、整った」
「あ?」
「イルナは、攻撃を継続しろ。ソルは、しばし待機じゃ」

 姉妹は頷く。
 キルトさんは、僕を見る。

「マールは、また小さなサンドウォームが吐かれたら、全て、そなた1人で対処してみせろ。ソルと船員たちを守れ」
「う、うん」

 初めてのリーダー命令だ。

 緊張しながら頷く。
 そんな僕に、キルトさんは、小さく笑った。

「そなたなら大丈夫じゃ。――任せたぞ」

 ポンポン

 僕の肩を軽く叩いて、そして、キルトさんは、船体中央にあるマストの方へと走りだした。

(何をする気なんだろう?)

 そう思ってると、

「また吐いたぞ!」
「!」

 船員さんの声に、僕は、ハッとする。

 バラバラと雨のように、砂上船の上に、小さな『砂の怪物』が落ちてくる。

「みんな、僕の後ろに下がって!」

 声をかけながら、走って『妖精の剣』を振るう。

 ヒュン

 まずは、1匹目を斬り捨てる。

「や!」

 ヒュヒュン

 続いて、2匹目、3匹目。

 横から飛びかかってくる奴は、『白銀の手甲』で弾き返した。牙と当たって、火花が散る。

 ヒュッ

 空中にいる間に、その胴体を切断する。
 これで4匹目だ。

「す、すげえ」
「なんだ、あの子供は?」
「強え……」

 船員さんたちの声がする。
 ソルティスも、なんだか驚いたように僕の戦いを見ていた。

 でも、気にする余裕はなかった。

(みんなを守るんだ!)

 ただ必死に、剣を振っていく。

 ……10匹……20匹……そして、ラスト!

「やぁ!」

 ヒュパン

 最後の1匹の、その細長い胴体を、縦に切断する。

 ――27匹のサンドウォームは、これで全滅だ。

「はぁ、はぁ」

 乱れた呼吸を整える。

 ソルティスも、船員さんも、誰1人として怪我をした者はいない。

(よ、よかった)

 大きく息を吐く。  

 ドパァン ドパァン

 イルティミナさんは、今も、巨大なサンドウォームに向けて、白い槍の砲撃中だった。

 でも、真紅の瞳が、こちらに一瞬だけ向く。

「…………」
「…………」

 彼女は微笑み、そして、頷いた。

(……あ)

『よくやりましたね、マール』

 そう褒められたのが、わかった。
 ちょっと照れる。

 でも、嬉しかった。

 だけど、その甘やかな余韻に浸っている余裕は、今の僕らにはなかったんだ。

「まずい、追いつかれるぞ!」
「!」

 船員さんの声に、ハッとする。

 サンドウォームの巨体は、砂上船のすぐ後ろまで、迫っていたのだ。
 全員が、蒼白になる。

 でも、その時、イルティミナさんの視線が、ふと頭上を見上げた。

(?)

 つられて、僕も顔を上げる。

 視線の先――砂上船の長いマストの頂上に、銀髪の美女が1人、ポツンと立っていた。手にした大剣の中から、青い放電が始まっている。

 トンッ

 彼女は、跳んだ。

 空中にある彼女を残して、砂上船は砂海を進んでいき、代わりに、その落下地点へと、サンドウォームの巨体が飛び込んでくる。

 遠い彼女の口が、こう動く。

『――鬼剣・雷光連斬』

 と。

 そのまま、彼女はサンドウォームの巨大な口の中へ、音もなく飲み込まれた。

 数瞬の間、そして、

 バヂィイイイン

 砂海の世界が、凄まじい青い雷光に照らされる。

(う、わ!?)

 青く放電するサンドウォームの巨体が、内側から弾け、肉片と紫の血液が飛び散った。

「ひっ!?」
「うおおおっ!?」

 砂上船にも、肉片や血が飛んでくる。

 巨体が、砂の海に倒れた。
 盛大な砂煙が舞い上がり、大量の紫の血が、砂の中に吸われていく。

 僕も、ソルティスも、船長のゼンさんも船員さんも、みんな、言葉がなかった。ただ1人、イルティミナさんだけは、静かな表情で頷いている。

 巨大な死体の上に、彼女はいた。

 銀髪が、砂漠の風に、長くなびいている。

「ふぅ、やれやれじゃ」

 金印の魔狩人は、魔物の体液に汚れた自分を見下ろして、大きなため息を吐く。

 そして、近づく砂上船に気づくと、

「おーい、皆の衆、終わったぞー」

 甲板にいる僕らに向かって、笑いながら大きく手を振ったのだった――。


 ◇◇◇◇◇◇◇


 その夜、僕らは、近くにある岩山町の宿で、一泊することにした。

 町の酒場は、大賑わいだ。

「ガハハッ、鬼姫様とそのご一行に、カンパ~イ!」
「おぉー!」

 ガン ガガン

 木製ジョッキをぶつけ合い、お酒をこぼしながら、笑い合う。

 船長のゼンさんも船員さんも、そこにいた町の人たちも、みんな笑顔だった。
 それだけ、サンドウォームの脅威に苦しんでいたんだね。

 出される料理は、ちょっと独特だ。

(うわ、トカゲの姿焼きっ?)

 皮を剥いて、丸焼きにされたトカゲちゃんが、大きなお皿に置かれている。周りには、ソースたっぷりの野菜や、柑橘系の果物が添えられていた。
 なんでも、この地方の名物料理らしい。

 みんな、トカゲちゃんを小皿に切り分けて、食べている。

「はい、マール」
「あ、ありがと、イルティミナさん」

 僕の分は、優しいお姉さんが小皿に取ってくれた。

(どれどれ?)

 モグモグ

「お?」

 おっかなびっくり食べたけど、意外と美味しい。
 なんか、鶏肉みたい。

 食いしん坊少女が、上機嫌で教えてくれる。

「これ、そっちのお米と一緒に食べると、もっと美味しいわよ?」
「そうなんだ」 

 言われた通りにすると、うん、本当だ。

(この甘辛いソース、とってもお米に合うんだね? 美味い、美味い)

 バクバク ムグムグ

 勢いよく食べていると、

「うっ?」

 の、喉に詰まった。
 水、水。

 ちなみに水も貴重品。
 王都に比べて、ケラ砂漠では『水の魔石』の値段は3倍なんだって。

 ふ~、飲み込めた。

「だ、大丈夫ですか、マール?」
「うん」

 そして僕は、また食いしん坊少女と一緒に、ガツガツ食べる。

「2人とも、食べる時は、もっと落ち着いて」
「ん」
「わかってるわ」

 モグモグ

 食べながら答える僕らに、イルティミナさんは困ったようにため息をこぼし、見ている船員さんやお店にいる人たちは、可笑しそうに大笑いだ。

 船長のゼンさんも、ジョッキ片手に笑っている。

「ガハハッ、こうして見ると、本当にただの子供だな? あんな凄え魔法を使ったり、剣の腕を見せつけられたのが、嘘みてえだ」
「ふむ、そうか」

 キルトさんは苦笑し、ジョッキをあおる。

「ま、幼くとも、この鬼姫キルトの認めた仲間であるからの」
「なるほどな」
「しかし、少しは実力をつけてきたが、わらわから見れば、2人とも、まだまだ未熟じゃよ」
「くはっ、厳しいな」

 鬼姫様の評価に、ゼンさんは苦笑する。

「だが、アンタから見たら、世の中の奴らは、全員、そうだろうよ? ちなみに、あの白い槍の姉ちゃんも駄目か?」
「む? イルナか?」

 ゼンさんは、大きく頷く。

「あぁ。凡人の俺らから見ても、あの姉ちゃんの槍の砲撃は、とんでもなかった。正直、ビビったぜ。まるで大砲だ。もう少しで、サンドウォームも倒せそうだったしな。――あれでも、未熟かい?」
「ふむ」

 金印の魔狩人は、一つ間を置いて、

「未熟じゃな」
「おう……」
「しかし、期待はしておる。あれは近い内に、『金印』になるであろうよ。それだけの才能を、秘めた女じゃ」
「ほほう!?」

 キルトさんはニヤリと笑い、ゼンさんは驚いた顔だ。

(へ~、そうだったんだ?)

 いや、僕も驚いたよ。
 イルティミナさんの話題だったので、ついつい聞き耳を立ててしまった。

 そっか。
 将来は、金印の魔狩人なんだ。

「……? なんですか、マール?」

 見上げていたら、そのお姉さんは、不思議そうに首をかしげる。
 その仕草は、ちょっと可愛い。

 僕は、笑った。

「ううん、なんか嬉しいだけ!」
「???」
「僕も負けないように、がんばって強くならないと!」

 小さな拳を握る。

 イルティミナさんは、よくわかっていない顔だった。
 でも、小さく笑って、

「マールなら、きっと、もっと強くなれますよ」
「本当?」
「はい」

 白い手が、僕の頭を、優しく撫でる。

「最近の私は、日に日に成長する貴方を見守るのが、とても楽しみなんです。私も、負けないようにがんばらないと」
「うん、じゃあ一緒にがんばろう?」
「フフッ、はい」

 そう言うと、彼女は、僕の額にキスしてくれた。

 チュッ

(わっ?)

 驚く僕に、悪戯っぽく笑う。

 思わず見つめ合い、そして、お互いに赤くなりながら、一緒になって笑ってしまった。

 そんな僕らを眺めて、キルトさんは笑った。

「出会いとは、わからぬものじゃな。しかし、それこそが、あの2人が強くなるために、必要なきっかけだったのかもしれぬの」

 そう呟くと、とても美味しそうにお酒のジョッキをあおるのだった。


 ◇◇◇◇◇◇◇


 宴は続き、夜も更ける。

「では、わらわたちは、先に宿に戻るぞ?」
「おう~、おおう~」

 キルトさんの挨拶に、酔っ払ったゼンさんは「おう~」だけで答える。
 僕らは苦笑した。

 船員さんたちの「おうおう」「おおう」の合唱に見送られながら、酒場をあとにする。

(あぁ、いい風だ)

 砂漠の夜は、冷たい風が吹いて、気持ちいい。
 僕は、大きく伸びをする。

 岩山町は、ちょっと特殊な町だった。

 岩山というけれど、ここは砂の海に浮かんだ、岩の島みたいなものだ。

 凹凸のあるその岩肌に、たくさんの木板を並べて、平らな通路や階段を作り、そこに高床式の家々が並んでいる。巨大な動物の骨を、家や通りの飾りにしているのが特徴的。数は少ないけれど、宿屋や商店もあって、ちゃんとした町になっていた。

 島の中央には、大穴がある。
 そこが採掘場だ。

 反対に、砂漠側には港があって、たくさんの砂上船が停泊している。
 僕らの砂上船も、そこにある。

(いい景色だなぁ)

 島の周囲には、ただ砂漠の海が広がるだけだ。
 空には、満天の星。

 静かな夜に、酒場の賑やかな声が、ここまで聞こえてくる。

 ちょっと幻想的な雰囲気だ。

 そんな夜の涼やかな空気の中を、僕らは、歩いていく。

「そういえば、イルナは、1滴も飲まなかったの?」

 ふと後ろから、2人の声がする。

「禁酒しました。マールの前で、もう2度と、情けない姿は晒したくありません」
「そうか」

 キルトさんは、苦笑する。

(へぇ、そうだったんだ?)

 ちょっとびっくり。
 そんなことを思っていると、お腹を膨らませたソルティスが、僕の左腕を――『白銀の手甲』を指でつついた。
 ん?

「マールさ。精霊の力、結局、今日も駄目だったの?」
「あぁ……、うん」

 僕は頷く。

 骸骨王を倒して以来、大地の精霊は、力を発動してくれない。ジジ……という気配も感じない。『もしかして、実戦なら?』と、今日は期待したけど、やっぱり駄目だった。

(結局、精霊と交信できないと、駄目なんだよね?)

 それが結論。

「ま、気長にやるよ」
「そうね」

 ソルティスも頷く。

「まぁ、精霊の力がなくても、アンタ、だいぶ強くなったもんね」

 おや、珍しい。

(ソルティスが、僕を褒めるなんて)

 驚く僕に、彼女は、ちょっと先輩風を吹かして、言う。

「でも、調子に乗っちゃ駄目よ? そういう時期が、一番、失敗しやすいんだから」
「うん」

 素直に頷く。
 すると、イルティミナさんがクスッと笑って、

「そういえば、ソルも昔、それで大失敗をしましたね。それで泣いてしまって」
「ちょ……っ、イルナ姉!?」

 姉の暴露に、愕然とするソルティス。

(へ~)

 怒った妹に、イルティミナさんはポカポカ殴られる。

「フフッ、すみません、ソル。もう言いません」
「今更、遅いわよ!」

 ふてくされる少女に、僕らはついつい笑ってしまった。

 そんな風に、他愛ない話をしながら、僕らは、岩山町の中を歩いていく。

 宿屋は、港の近くだった。

 港には、砂上船から荷を下ろそうと、まだ多くの人が働いている。昼間は暑いので、涼しい夜の方が、働く人が多いのだ。

 と、イルティミナさんがふと思い出したように、

「そういえば、キルトも珍しいですね?」
「む?」
「お酒ですよ。まだ宴会も続いているのに、こうして宿に戻るなんて」

 そういえば、

(キルトさん、お酒大好きなのにね)

 僕ら3人の視線が、銀髪の美女に集まる。
 キルトさんは少し考え、 

「ふむ。……なぜかの? しかし、今夜はどうも、酔いが回らなくての」
「そうなのですか?」
「うむ。こんなことは、初めてじゃ」

 彼女は、首をかしげて、そんな風に言った。

(ふぅん?)

 不思議なこともあるもんだね。
 なんとなく、僕とソルティスは、顔を見合わせる。

 その時、ふと砂漠の冷たい風が、肌を撫でた。

 世界が陰(かげ)る。
 月が雲に隠れたのだ。

 でも、すぐに雲は風に流されて、砂漠の世界には、また月の光が戻った。 

(……ん?)

 港には、多くの人がいる。
 その中の桟橋に、3つの人影があった。

「…………」

 左右の2人は、黒いボロ布をまとった、細身の男女だった。青白い顔は、酷く頬がこけていて、病的な危うさがある。その肌には、刺青のような文字が見えた。

 中央にいるのは、幼い子供だ。

 黒い髪。
 褐色の肌。

 そして、三日月のように裂けた赤い口が笑っている。

「――え?」

 僕の足が止まった。
 いや、一緒にいた3人の足も止まっていた。

 夜のケラ砂漠に、冷たい風が吹く。

 ――僕らのすぐ目の前に、あの『闇の子』が立っていた。