172-170·Rescued to explore



 僕とソルティスは、暗い通路を進んでいく。

「ここは、右側の道でいいんだよね?」
「そのはずよ」

 分岐道では、ランタンの灯りで地図をしっかりと確認して、道を選ぶ。

 ソルティスは、曲刀を鞘から抜く。

 ガリッ

 角の壁に、進んだ方向を示す傷を残した。

 万が一、道に迷った場合の備えだった。

 この下水道は、それこそ王都と同じだけの広さがある。現在地を見失えば、本当に餓死するまで迷い続ける可能性もあるのだ。

(……地図が手に入って、本当によかったよ)

 つくづく、幸運だったと思った。

「じゃ、行きましょ」
「うん」

 曲刀を鞘にしまうソルティスに、僕は頷いて、また一緒に暗い通路を歩きだした。

 目指しているのは、牢屋の場所だ。

 まずは、そこに捕らわれている19人の女の子たちを助けだそうと思っている。それから、全員で出口を目指すのだ。

 誘拐犯や、追放された王立魔法院の魔学者たちを捕まえるのは、今は考えない。

 正直、そこまでの余裕はない。

(まずは、女の子たちの人命優先だよ)

 通路を歩きながら、ソルティスとも話し合って、そう方針を固めた。

 そうして僕らは、通路を進む。

 ガリッ ガリッ

 何度か分岐の壁に傷を刻みながら、15分ほどすると、50メードほど先の通路の壁に松明が設置されているのが見えた。

 僕は、隣の少女を見る。

「ソルティス」
「間違いないわ、牢屋のある場所よ」

 地図の印を確認しながら、頷く少女。

 僕らは、そこへ急いだ。

 すぐに辿り着くと、松明のある壁とは反対側に、鉄格子に遮られた牢屋があった。

 その部屋の奥側で、3人の女の子たちが固まって、座っていた。

(……いた)

 全員の頬に、涙の乾いた跡があった。

 3人とも疲れ切った表情で、この年齢ではあり得ない、未来への絶望によって瞳が濁っていた。

 最初、彼女たちは怯えた表情を見せた。

 でも、現れたのが自分たちと違わない年齢の少女2人だと気づいて、戸惑いの表情へと変わる。

「……だ、誰?」

 一番年齢の上らしい少女が、震える声で訊ねてくる。

 ソルティスが答えた。

「冒険者よ」

 そう言いながら、右手の甲を彼女たちに見せる。

 ポウッ

 そこに魔力を流すと、冒険者の証である魔法の紋章が、白い輝きを放ちながら浮かび上がった。

 僕も同じように、赤い魔法の紋章を見せる。 

「君たちを助けに来たんだ」

 そう笑いかけた。

 その子たちは、しばらく呆然と僕ら2人を見つめた。

「…………」
「…………」
「…………」

 やがて、その目尻から涙をポタリ、ポタリとこぼすと、声を殺して、静かにすすり泣き始めた。

(……この子たちは、その幼い心に、どれほど深い傷を負ったんだろう)

 それを思うと、僕らの胸も苦しかった。

 ガチャン

 入手しておいた鍵で、牢屋の扉を開放する。

「ありがとう……本当にありがとう……」

 出てきた女の子たちに、泣きながらお礼を言われた。

 僕らは「ううん」と首を振る。

「ごめんね、まだ他にも捕まっている子たちがいて、助けたいんだ。怖いだろうけど、君たちは僕らが必ず守るから、一緒に来てくれる?」
「うん、わかったわ」

 同じ境遇の子がいると知って、彼女たちは気丈にも頷いてくれた。

(ありがとう)

 その勇気に、深く感謝する。

 これで3人。

 残りは16人。

(絶対に全員、助けるからね)

 僕は、そう強く決意する。

 そうして僕らは、次の牢屋を目指して、どこまでも続く暗い通路を、再び歩き始めた。


 ◇◇◇◇◇◇◇


 それから、4ヶ所の牢屋を開放した。

 助けた女の子は、計14人。

 その中に、孤児院の3人は、いなかった。

(……ポーちゃん)

 残り2ヶ所の牢屋に、囚われているのだろう――焦る気持ちを押し殺す。

 また助けた女の子たちの中で、最年長の子は、僕らと同じ13歳の少女で、最年少の子は、なんと7歳の幼女だった。

「ゆっくり噛んで食べるのよ」

 後ろに続く彼女たちに、僕らは、手に入れた水とパンを分けてあげた。

 全員、飢えていたようで、凄い勢いで消えていく。

 話を聞くと、彼女たちに与えられていた食事は、1日に1回、それも少量だけだった。どうやら『儀式まで生きていればいい』という扱いだったらしい。

 一番最初に誘拐されて、1週間も監禁されていた子は、軽い脱水症状まで起こしていた。

(……本当に許せない)

 僕の胸には、強い怒りが沸いている。

 そうして食事をしている間も、彼女たちには歩いてもらっていた。

 本当は、ゆっくり休憩させてあげたかった。

 でも、状況がそれを許さない。

「そろそろ、気づかれてるかな?」
「……微妙なところね」

 僕らが牢屋を脱出してから、2時間が経過していた。

 誘拐犯たちに、僕らの脱獄がばれた可能性は、だいぶ高くなっていると思う。

(できる限り、急がないと)

 残りの牢屋は、あと2ヶ所だ。

 14人の幼い少女たちを引き連れて、僕とソルティスは、地図を確認しながら真っ暗な通路を進む。 

 その時だ。

(!)

 前方の通路の分岐点の左側から、僕らのランタンとは違う灯りが見えた。

 まずい。

 この下水道内で、僕ら以外に灯りを手にして移動しているのは、誘拐犯の連中しかいないのだ。

 そして向こうにも、こちらの灯りは見えてしまったはずだ。

「やば……っ」

 ソルティスも青ざめ、舌打ちする。

 僕ら2人の緊張が伝わったのだろう、後ろにいる女の子たちから恐怖の気配が膨れ上がっていく。

 分岐の角で、灯りが揺れる。

「おい、今の灯りは!?」
「誰かいるぞ」
「この時間に、このルートを巡回してるのは、俺たちだけのはずだ」

 奥から聞こえる声は、3人。

(倒すしかない!)

 僕は、覚悟を決めた。 

 こちらの居場所がばれてしまったら、もうどうしようもない。人数を集めて、強引に押し切られてしまったら、それで終わりなのだ。

「ソルティス、行くよ!」
「わ、わかったわ!」

 相棒となる少女に叫び、僕は前方へと走った。

 手には、入手した2本の果物ナイフ。

 タタンッ

 分岐の角から飛び出し、ナイフを持った手を大きく振り被る。

(右に1人、左に2人!)

 瞬間で、位置を把握。 

 次の瞬間、ナイフ投げの大道芸人の技を真似て、果物ナイフを投擲する。

 シュッ ガシュッ

「がっ!?」

 狙い通り、右にいた男の顔面に突き刺さり、眼球を貫いた。

 突然のことに、残った2人の視線が反射的に、悲鳴を上げた男の動きを追いかける。

(もう1投っ!)

 シュッ ドスッ

「ぐげ……っ」

 がら空きだった喉にナイフが突き刺さり、気管を切断する。

 血の溢れる喉を押さえて、男はうずくまった。

「お、おい!?」

 残された男は、焦ったように仲間たちに呼びかける。

 その時にはもう、僕の小さな身体は、男の真正面へと低空から接近していた。

 自分の右手を木剣の代わりにして、

「やっ!」

 走った勢いのままに、そのあごを、掌底で打ち抜く。

 ガコッ

 顔が90度、横に曲がり、脳震盪を起こした男は、そのまま地面に転がった。

 床を舐める顔は、完全に白目を剥いている。

(よし!)

 僕は、勝利を確信する。

 と、

「後ろよ、マール!」 

 ガギィイン

 背後で声がして、激しい金属音と火花が散った。

(えっ!?)

 慌てて振り返ると、片目をナイフで潰された男が怒りの形相で、曲刀を振り下ろしていた。

 それを受け止めるのは、ソルティスの曲刀だ。

 凄まじい反射神経と力で、僕の背中を狙った剣を受け止めてくれたのだ。

「ソルティス!」
「相変わらず、詰めが甘いのよ、アンタは!」

 鍔迫り合いをしながら、叫ぶ少女。

 剣の修行をしていたといったその成果か、ただ『魔血の民』の身体能力の高さをアドバンテージにしたその結果か、どちらにしても彼女は、辛うじて、相手の剣を受け止めてくれている。

(でも、それで充分!)

 その一瞬の隙に、僕は2つのぶつかる曲刀の下を潜り抜け、

「てやぁ!」

 男の目に刺さった果物ナイフの柄を、掌底で、思いっきり叩いた。

 ゴッ ブシュッ

 鮮血が噴く。

「あ……が」

 ナイフの先端は相手の脳まで届き、男は一度、痙攣すると、その全身から力が抜けて、地面に崩れ落ちた。

「ふぅ」

 僕は息を吐く。

 今度こそ、3人とも動かない。

 ソルティスは「はぁ、はぁ、はぁ」と荒く呼吸を乱していた。

(……また、人を殺しちゃったね)

 罪悪感が胸をよぎる。

 でも、その感情に引きずられている時間は、今の僕らに許されていないことも知っている。

 感情を封じて、大きく息を吐く。

(……よし)

 気持ちを切り替え、僕は笑った。

「ありがと、ソルティス」
「ふん。マール1人ばかりに働かせるわけにもいかないでしょ」

 僕から視線を外し、唇を尖らせる少女。

(……先輩冒険者の意地なのかな?)

 素直じゃない少女に苦笑していると、

「す、凄い……」

(ん?)

 いつの間にか、14人の女の子たちが僕とソルティスのことを見つめて、感嘆の表情を浮かべていた。

 自分たちを襲った、恐ろしい大男たち。

 それを、あっさり倒してしまった2人の少女の姿は、彼女たちにかなりの衝撃を与えたようだ。

(な、なんか視線が眩しいね?)

 尊敬や畏敬といった14対の眼差しがぶつけられる。

 ソルティスも、なんかむず痒そうな顔だ。

 彼女たちの視線から逃れるように、そちらに背を向けて、

「む、無駄な時間を取っちゃったわね。さっさと次に行きましょ?」
「あ、うん」

 僕は頷いた。

 どうやら、とても照れ臭かったみたいだ。歩きだした横顔は、少し赤くなっていた。

(……素直じゃないね)

 そういえば、前にキルトさんが、ソルティスは同年代の子と話す機会が少なくて、接し方がよくわからないみたいだと言っていたっけ。

 僕は、小さく笑う。

 そうして僕は、そんな少女のあとを、14人の女の子たちと一緒に追いかけるのだった。


 ◇◇◇◇◇◇◇


 順調だった探索に問題が起きたのは、次の牢屋に辿り着いた時だった。

(……誰もいない?)

 鉄格子に遮られた室内には、女の子の姿は1人もなかった。

 僕とソルティスは、立ち尽くす。

「……どういうことよ?」

 呟きながら、彼女は手にした地図を見る。

 ここまでの道中、僕も一緒に確認をしてきたから、地図に記されている牢屋の場所がここなのは間違いないはずだ。

(…………)

 僕は考え込む。

 後ろにいる14人の女の子たちも、不安そうだ。

 ソルティスは、眉をひそめて、言った。

「もしかして、この場所を教えたあの男に、私たち、騙された?」

(あえて、違う場所を教えられたってこと?)

 その可能性も考え、

「いや、でも、それだったら、7ヶ所全部、嘘の場所を教えればよかったんだ。ここだけ嘘をつく意味がわからないよ」
「……それもそうね」

 僕の否定に、彼女も考え直す。

 ガチャン

 とりあえず、僕は牢屋の中に入ってみた。

(あ)

 敏感な僕の鼻は、すぐに気づく。

(……ここに、人の匂いが残ってる)

 男の人とは違う、女の子の匂いだ――それが特に強い石床の部分に、手で触れてみた。

「……温かい」
「え?」
「やっぱり、ついさっきまで、ここに女の子たちが閉じ込められていたんだ」

 ということは……、

(牢屋や枷を壊して、脱獄した形跡はない。つまり……誘拐犯たち自身の手で、ここから連れ出された?)

 そういう結論になる。

 …………。

(これは、まずいかもしれない)

 ソルティスも、その意味に気づいたようだ。 

 僕は、すぐに牢屋を出る。

「ソルティス、最後の牢屋の場所に急ごう!」
「えぇ」

 彼女も強く頷き、僕らは急いで、地図に記された最後の印の場所を目指した。


 ◇◇◇◇◇◇◇


 息を切らせて到着した僕らが見つけたのは、やはり空の牢屋だった。

(間に合わなかった……)

 僕は悔しさを押し殺して、牢屋に入る。

 石の床は温かく、女の子の匂いも残っている。

 しかも、その匂いの1つは、僕の記憶にしっかりと刻みつけられた匂いとピタリと一致した。

「ポーちゃん」

 彼女の匂い。

 フワフワした癖のある金髪と、澄んだ水色の瞳をした女の子の姿が、僕の脳裏に蘇る。

 彼女は間違いなく、ここにいたんだ。

 ギュッ

 僕は、拳を握り締める。

 ほんの数分前まで、彼女が、この牢屋の中にいた。

(でも、紙一重で、僕らは間に合わなかったんだ……)

 僕は、唇を噛み締める。

 牢屋に女の子たちがいない理由――それはつまり、これから彼女たちを生贄とした『禁忌の儀式』が行われようとしている証だった。

 その儀式の生贄とするために、彼女たちは牢屋から連れ出されたんだ。

(くそっ)

 ガンッ

 僕は、自分の無力さに壁を殴る。

 思ったより大きな音がして、14人の女の子たちがビクッと震えた。

 そんな僕の耳に、

「諦めるのは早いわよ、マール」

 ソルティスの叱るような声が聞こえた。

 僕は、顔を上げる。

「ここの女の子たちが連れ出されてから、まだ時間はそんなに経っていないわ」
「…………」
「儀式だって、これだけ時間をかけて準備してたのよ? そんな大掛かりな儀式なら、すぐに発動なんてしない。だから、生贄の子たちもすぐには殺されない」

 彼女の真紅の瞳は、真っ直ぐに、僕の青い瞳を見つめた。

「きっと、まだ助けられるわ」

 …………。
 あぁ、その強さが眩しい。

(うん、そうだよ……)

 僕らは、ちゃんと儀式が行われる場所も把握している。今から急げば、まだ間に合う可能性は、充分にある! 

 心を震わせながら、僕は頷いた。

 ソルティスも、力強く笑って頷く。

 やっぱり彼女は、僕よりもずっと頼もしい先輩冒険者だ。

 それから僕らは、14人の女の子に、持っていた食料と水、ランタンの1つ、発光信号弾、出口までのルートを記した地図を渡した。

 さすがに、この先まで一緒には行けない。

「みんな、ごめんね」

 一緒に行けないことを謝る。

 一番年長の女の子が、「ううん」と首を振った。

「ここまで私たちを助けに来てくれて、ありがとう。連れていかれた子たちも、どうか助けてあげてね?」
「…………。うん」

 気丈な答え。

 地図があるとはいえ、ここから地上まで、真っ暗な狭い通路の中を、無力な自分たちだけで延々と歩いていかなければいけないんだ。
 怖くないわけないだろう。

 見れば、彼女の身体は、小さく震えている。

(…………)

「大丈夫。私たちもがんばるから」

 彼女は、そう笑った。

 泣きたい気持ちを堪え、僕も笑って握手をした。

 ソルティスも握手をして、

「あとで、みんなで地上で会いましょ?」
「うん」

 少女も頷いた。

 さっきまで絶望に塗り潰されていた瞳には、今、希望の光がちゃんと灯っている。

 その子がリーダーになり、他の13人の子らを率いて、この真っ暗な下水道を脱出するために歩きだす。

「…………」
「…………」

 僕らは、その背中を見送った。

 それから覚悟を決めて、お互いの顔を見る。

 儀式が行われる場所までのルートは、もう頭の中に入っていた。

「行こう、ソルティス」
「えぇ、マール」

 頷き合った僕らは、ランタンをかざして、下水道の通路の中を走りだした。


 ◇◇◇◇◇◇◇


『魔血の民』であるソルティスの脚力に、必死に食い下がり、30分後、僕らは『儀式の間』へと到着した。

 そこは貯水槽であったのか、かなり広い空間だ。

 通路は何本もそこに繋がっていて、僕らは、その天井付近の壁にある通路に辿り着いていた。

 その床に伏せながら、顔だけを出して、『儀式の間』の様子を確認する。

 床は、20メードほど下方だ。

 そこに、巨大で複雑精緻な魔法陣が描かれている。

 魔法陣の周囲には、追放された王立魔法院の魔学者たちだろうか、黒いローブをまとった10人の男たちがいる。

(……あの老人もいるね)

 その姿も確認した。

 そして、更に部屋のあちこちには、貧民街の犯罪集団だという冒険者風の格好をした連中が、20~30人は集まっていた。

 その中の数人は、鎖を手にしている。

 その先には、

(ポーちゃん!)

 あのどこか浮世離れした雰囲気の少女を始め、他に4人の女の子たちがいた。

 全員、枷をはめられている。

 4人はすすり泣いたり、中には表情さえなく、もはや目の焦点が合わない子もいた。

 でも、やっぱりポーちゃんだけは、1人、どこを見ているかわからないポーとした様子だった。

(無事だった……!)

 大きく息を吐く僕。

 自分でも驚くほどに、彼女の無事な姿に安心してしまった。

 そんな僕の隣で、ソルティスが納得したように呟いた。

「……なるほどね」
「?」
「あんな魔法陣を研究してるんじゃ、あいつら、王立魔法院を追放されても当然だわ」

(……ふむ?)

 どうやらソルティスは、あの儀式に使われる巨大な魔法陣が何なのか、わかっているらしい。

 僕の視線に、彼女は教えてくれた。

「あれ、魔界生物の召喚魔法陣なのよ」

 少し低い声。

(魔界って……まさか、悪魔の生息しているっていう、あの魔界?)

 驚き、そう訊ねる僕に、彼女は「そう」と頷いた。

「王立魔法院にはね、シュムリア王国各地の遺跡で見つかった、色んな魔法関連の品や情報が集まるの。多分、あれは古代タナトス魔法王朝時代の召喚魔法陣……いわゆる『負の遺産』って奴ね」
「…………」

 400年前の古代タナトス魔法の……負の遺産。

 僕は、その恐ろしい響きに唾を呑む。 

 ソルティスは続けた。

「本来、そういう『負の遺産』だと判明したら、研究は停止するの。そして、その魔法技術は封印される」
「…………」
「でも中には、知的好奇心に負けて、そうしない魔学者たちもいるの」

(…………)

 僕は、10人の黒いローブの男たちを見た。

「つまり、そういう人たちが追放される?」
「そ」

 彼女は頷いた。

「正直ね、同じ研究者として気持ちはわかるの」
「…………」
「何十年も研究して、それこそ、色んなモノを犠牲にして研究して、けれど、それが『負の遺産』だと判明した途端、それまでの時間全てが否定され、無意味にされてしまう……受け入れるのは、難しいと思うわ」

 そう言われると確かに、それは辛い。

(……でも)

「でもね、それでも超えてはいけない一線って、あると思うわ」

 ソルティスは、きっぱり言った。

「自分たちの人生を賭した研究の成果を確かめたい、でもそのために、罪もない無関係の子供たちを犠牲にして良いわけはない」
「…………」
「少なくとも私にとって魔法ってのは、人を幸せにするためのものよ。決して、自分の感情や欲求を満たすための道具じゃないわ」

 そう清廉に告げる少女の横顔は、とても綺麗だと思った。

(うん、その通りだよ)

 僕も、強く同意する。

 やっぱりソルティスは、僕の尊敬する立派な先輩冒険者だと思った。

 そんな風に感動していると、眼下で変化があった。

 僕らのいる通路とは違う『儀式の間』に通じている別の通路から、犯罪集団の数人が息を切らせながら入って来て、リーダーらしい男に何かを耳打ちしたのだ。

「何だと!?」 

 驚愕の叫びが、ここまで聞こえた。

 それに気づいた黒いローブの老人が、犯罪集団のリーダーらしい男に何かを訊ね、男は渋い表情で答える。

 老人が驚き、何かを叫ぶ。

 そして、黒いローブの老人と犯罪組織のリーダーが、何やら言い争いを始めた。

 周りにいる連中も、かなり険悪な雰囲気だ。

(……なるほど?)

 それを見て、僕らは悟る。

 どうやら、他の生贄の子たちが逃げたことが、ようやくばれたのだろう。

「いい気味ね」

 ソルティスが、意地悪く笑った。

 僕も同感だ。

 連中の慌てふためく姿は、性格が悪いかもしれないけれど、正直、見ていて気分が良かった。

(それに、この段階でばれたのなら……)

 きっと逃げている14人の女の子たちが、追っ手に追いつかれることはないとも思えた。

 と、

「ええい、このまま中止にはできん!」 

 黒いローブの老人が叫んだ。 

「紅白の月たちによる連星の並びは、今夜を逃せば、また3年も先にしか有り得んのだ。召喚の力は弱まろうとも、少ない生贄のままで行うぞ」
「ははっ」
「承知いたしました、師父」

 他の黒いローブの男たちは、頭を下げて応じる。

(……中止してくれればよかったのに)

 僕は、心の中で悪態をついた。

 けど、『禁忌の儀式』を行おうと中止にしようと、僕らのやることに変わりはない。 

(あの場に乱入して、ポーちゃんたちを助ける)

 それだけだ。

 相手は、およそ40人。

 ギュッ

 僕は、覚悟と共に拳を握り締めた。

(……もう出し惜しみなんてしない)

『神体モード』で一気に決着をつけてやる。

 ソルティスも、隣で大きく息を吐いた。

「もう、やるしかないわね」
「うん」

 僕は頷いた。

 そうして、通路の床に伏せていた僕らは、立ち上がる。

『儀式の間』から吹く風が、僕ら2人の髪を揺らす。

 ソルティスは曲刀を鞘から引き抜いて、

「頼りにしてるわよ、マール」
「こっちこそ」

 そう言い返し、互いに笑った。 

 見下ろす『儀式の間』。

 その壁には無数の松明が設置され、その赤い炎たちは『禁忌の魔法陣』を照らしている。

 それを見つめながら、僕は深呼吸した。

 そうして体内の大いなる力の蛇口に、意識の手をかける――その瞬間、

「――――」

 突然、ポーちゃんが振り返り、美しい水色の瞳がこちらを見た。

(…………)

 偶然だろうか?

 僕は驚き、けれど、その顔を見て『必ず助ける』という意志が強くなる。

 その感情のままに、僕はゆっくり前に倒れ込み、天井付近の通路から、その身を空中に晒して、

「――神気開放」

 浴びる風圧の中、その神なる力を開放する言霊を紡いだ。