261-258 ・Exciting start-up ceremony



 ――出陣式の当日だ。

「……凄い人だね」

 大聖堂の窓から見える光景に、僕は、少し呆然と呟いた。

 ここは、大聖堂の控室――暗黒大陸への『第5次開拓団』の出陣式の会場は、いつものように聖シュリアン大聖堂なんだ。

 窓の向こうには、大勢の王都国民が集まっている。

 数万人は集まっていそう……。

「あ~、こういうのヤダわ~」

 隣から、同じ景色を見てぼやくソルティスの声がする。

 視線を向ければ、そこには、いつもの冒険者としての格好の上に、真っ白いシュムリア王国の国章が描かれたマントを羽織った少女の姿がある。

 ちょっと格好いい。

 実は、僕も同じマントを羽織っている。

 開拓団のメンバーは、このマントを羽織って出陣式に参加することになっているんだ。

 と、そんな僕ら2人に、

「式の間、ただ立っているだけじゃて。そなたら、そう緊張するな」

 奥のソファーでくつろぐキルトさんが笑う。

 さすが、こういう場には慣れているのか、彼女に緊張した様子は見られない。

 立っているだけ……。

(って、言われてもなぁ)

 これだけの人目にさらされると思うと、やっぱりドキドキしちゃうよ。

 ソルティスも、

「……こっそりさぼったら、駄目かしら」

 なんて呟いている。

 あはは……。

 そんな少女に、キルトさんも苦笑する。

 と、

「さぁ、お茶が入りましたよ。マールとソルもどうぞ」

 イルティミナさんが、声をかけてきた。

 どうやら部屋に備えられていた茶器で、紅茶を用意してくれたみたいだ。

 僕とソルティスは、ソファーに座る。

「ありがと、イルティミナさん。お茶、もらうね」
「はい、どうぞ」

 優しく笑うお姉さん。

 僕も笑って、お茶を飲む。

(……うん、美味しい)

 香ばしい匂いと渋み、その奥に、ほんのりした甘み。

 ほふぅ。

 硬くなっていた心が、少しだけほぐれた気がするよ。

 ソルティスも吐息をこぼして、表情が少し柔らかくなった気がする。

 そんな僕らに、大人2人も笑った。

 と、その時、

 コンコンコン

 控室の扉がノックされた。

(?)

 開式までは、まだ時間がある。

(誰だろう?)

 僕は「は~い」と立ち上がって、ドアノブを回した。

 カチャッ

 開いた扉の向こうには、

「……やっほ」
「…………」

 眠そうな顔のハイエルフのお姉さんと金髪の幼女の2人組、コロンチュードさんとポーちゃんが立っていた。


 ◇◇◇◇◇◇◇


「コ、コロンチュード様!?」

 ソルティスは、ソファーから勢いよく立ち上がる。

「コロン?」
「おや?」

 キルトさんとイルティミナさんも、驚いた顔をしていた。

 僕も、青い瞳を丸くしてしまう。

「どうしたの、2人とも?」

 と問いかけた。

 コロンチュードさんは、眠そうな声で、

「……ご挨拶」

 と答えた。

(……ご挨拶?)

 キョトンとする僕の前を通って、2人は、キルトさんの正面へと移動した。

「キルキル」

 翡翠色の瞳が、真っ直ぐにキルトさんを見る。

 そこには、いつもと違う真剣な光。

「…………」

 キルトさんも、何かを感じたのか、ソファーから立ち上がった。

 コロンチュードさんの白い手は、隣にいる幼女の背中に触れて、軽く前に押し出した。

「この子を任せるよ」
「…………」
「どうか、私の代わりに守ってあげて」

 はっきりした口調。

 コロンチュードさんは『エルフの国』へと向かうため、この『第5次開拓団』には参加しない。

 その間、ポーちゃんは、このキルトさんが預かることになっていた。

「わかった。任せるが良い」

 キルトさんは、力強く頷いた。

 小さな幼女の水色の瞳が、キルトさんを見上げる。

 キルトさんは、笑った。 

 ポーちゃんは無言のままで、それから、今まで自分を守ってくれていたハイエルフの美女を見る。

「…………」
「…………」

 無言の見つめ合い。

 そして、コロンチュードさんは優しく笑って、幼女の頭を撫でた。

 ポーちゃんは、瞳を伏せる。

 その様子を、僕らは見守った。

(……本当の母娘みたいだ)

 そう思った。

 と、コロンチュードさんが僕の視線に気づいた。

「…………」

 僕の顔をジッと見つめる。

(?)

 それから彼女は、少し考えて、キルトさんを見る。

「キルキル?」
「む?」
「キルキルは……いいの?」

 と言った。

 キルトさんは眉をひそめる。

「何の話じゃ?」
「子供の話」 

 子供……?

「マールは良い子。……子供にするなら、早くした方がいいよ?」
「はあっ?」

 はい?

 僕とキルトさんは、目が点だ。

 イルティミナさんとソルティスもポカンとしている。

 ハイエルフのお姉さんは、したり顔で頷いた。

「子供はいいもの。マールが子供なら、キルキルも楽しいと思うよ」
「……あのな」
「キルトママ、って呼ばれたくない?」

 と首をかしげる。

 思わず、キルトさんの動きが止まった。

 キルトママ。

(僕が、キルトさんをそう呼ぶの?)

 …………。

 な、なんだか恥ずかしいぞ。

 キルトさんも、なんか僕の顔を見つめているけど……。

「い、いやいや、そういう問題ではない!」
「…………」
「マールとわらわは、そういう関係ではない。わらわは師匠、こやつは弟子じゃ」
「……そ?」
「うむ」
「……ま、キルキルがそれでいいならいいけど」

 コロンチュードさんは、眠そうに言う。

 それから、

「私は、ポーを養子にして正解だった」

 と誇らしげに笑った。

「…………」
「…………」

 僕とキルトさんは、思わず、お互いの顔を見つめてしまう。

 キルトさんは、ちょっと困ったように、

「わらわの子になりたいか?」

 と聞いてきた。

(え、えぇええ……?)

 驚きながら、僕は、

「えっと……特にそう思ったことはないかな?」
「そ、そうか」
「う、うん」
「…………」
「その……今の関係でも、充分、幸せだし……」

 と付け加える。

 キルトさんは目を瞬かせる。

 それから、どこか嬉しそうに笑った。

「そうか」

 いつもの自信に満ちた声。

 そんな僕らに、コロンチュードさんは「ふぅん」と呟いた。

 と、

「……イルナママ?」

 ボソッとイルティミナさんが呟いた。

 ソルティスがギョッとする。

 イルティミナさんはハッとして、すぐに「な、なんでもありません」と赤くなりながら首を振った。

(う、う~ん?)

 イルティミナさんの息子かぁ。

 でも、

(できれば、やっぱり恋人がいいなぁ)

 なんて思う僕でした。

 そんな中、ポーちゃんだけはただ1人、表情も変えずに僕らのことを見つめていた。


 ◇◇◇◇◇◇◇


「それじゃあ、ポー。キルキルの言うこと、よく聞いてね」

 コロンチュードさんの手が、幼女の金髪を撫でる。

 義母の言葉に、

 コクン

 娘は、素直に頷いた。

「……じゃあね」

 コロンチュードさんは、そう言って、控室の扉を開ける。

 …………。

 その場でこちらを振り返った。

(あ……)

 深々と、僕らにお辞儀。

 コロンチュードさんの長い金髪が、床にまでこぼれている。

 僕は言った。

「大丈夫です!」
「…………」
「僕が……僕らが、コロンチュードさんの代わりに、ポーちゃんを必ず守りますから!」

 コロンチュードさんが顔をあげる。

 僕らは4人で頷いた。

 コロンチュードさんは笑った。

「……うん」

 そして彼女は、最後にポーちゃんを見つめて、それから扉を閉めた。

 パタン

 美しいハイエルフさんの姿が消える。

「…………」

 ポーちゃんは、その扉を見つめていた。

 キュッ

 僕は、ポーちゃんの手を握った。

「大丈夫。僕らが一緒にいるからね」

 僕は言う。

 水色の瞳は、僕を見つめ返して、

 コクッ

 と頷いてくれた。

「では、ポーの分のお茶も淹れますね」

 イルティミナさんが優しく笑いながら、茶器の方へと向かう。

 僕は、ポーちゃんの手を握りながら、ソファーへと向かった。

 キルトさんは、扉を見つめたまま、

「……コロンが母親、か」

 と呟いた。

 それから、5人でお茶を飲みながら、時間を潰した。

 やがて、

「開式30分前になります。皆さんも、どうか移動をお願いします」

 神官さんがやって来て、そう声をかけられる。

 僕らは頷き、席を立った。

 控室をあとにして、大聖堂内の廊下を歩いていく。

 廊下には、僕ら以外にも、シュムリア国章の刺繍された白いマントを羽織った冒険者や、王国騎士がたくさんいた。

 と、

「む?」

 キルトさんが声を発した。

 その人波の中で、誰かを見つけたみたいだ。

「どうしたの?」

 ソルティスが問う。

 キルトさんが笑って、

「ふむ。そなたらにも今の内に、顔を合わさせておくかの」

 と言った。

(はて? 誰と?)


 ◇◇◇◇◇◇◇


「ロベルト将軍!」

 キルトさんは、そう声を張り上げた。

 廊下の先では、10名ほどの王国騎士の集団があって、その中心にいた人物がこちらを振り返った。

 40代ぐらいの男性だ。

 黒髪の短髪で、日に焼けた肌をしている。

 筋骨隆々で整えられた髭があり、右目の上下に続いた傷痕が特徴的だった。

「おぉ、キルト・アマンデスか」

 彼は、厳つい相好を崩して笑った。

 集まった騎士さんたちをかき分けて、こちらに近づき、キルトさんとがっちり握手を交わす。

「こたびの遠征、あの鬼姫キルトと共にあれるとは、とても頼もしく思うぞ」
「こちらこそじゃ、将軍」

 2人は笑い合う。

 それから、彼のモスグリーンの瞳が僕らを捉えた。

 気づいたキルトさんが、

「わらわの仲間じゃ」

 と言った。

 ロベルト将軍は、すぐに何かに思い至った顔をする。

「そうか、君たちが……」

 そう呟いた。

(……僕らのこと、知ってるのかな?)

 僕は、彼を見つめ返す。

 その視線を受け止めて、彼も僕を見つめた。

「君が『マール』、だね?」
「はい」
「そうか。噂に聞いていた通り、本当に年端も行かぬ少年なのだな」

 そう瞳を細めた。

 そして、隣の金髪幼女を見る。

「君が『ポー』か」
「…………」

 コクッ

 ポーちゃんは頷いた。

 ロベルト将軍も頷いて、その視線は、残った2人にも向けられる。

「君たちがウォン姉妹だね」
「はい」
「……はい」

 イルティミナさんは落ち着いて、ソルティスは姉の背に半分隠れるようにしながら、首肯した。

 ロベルト将軍は笑う。

「イルティミナ殿と会うのは、2度目かな?」
「はい。『金印』の就任の折に、お目にかかりました」
「そうだったね」

 彼は頷き、

「なるほど。あの時よりも『金印の冒険者』としての姿が、板についてきたようだ」

 と褒めてくれた。

 そんなやり取りを眺めて、僕はキルトさんのマントを引っ張る。

「キルトさん、キルトさん」
「む?」
「そろそろ、この人のことも紹介してよ」
「おぉ、そうであったな」

 キルトさんは頷いて、ロベルト将軍を手で示しながら、

「この御仁の名は、ロベルト・ウォーガン。このシュムリア王国の将軍であり、こたびの『第5次開拓団』の王国騎士代表となる御方じゃ」

 と教えてくれた。

「よろしく」

 彼は微笑む。

(へ~、シュムリアの将軍さん?)

 僕は、まじまじと見つめてしまう。

 それから教えてもらったのは、今回の『第5次開拓団』は、4つのグループに分かれていて、その1つを束ねるのが彼だということだった。

 4つのグループ。

 それは、竜騎隊、神殿騎士団、王国騎士団、冒険者団だ。

 竜騎隊の代表は、竜騎士隊長のレイドルさん。

 神殿騎士団の代表は、神殿騎士団長のアーゼさん。

 冒険者団の代表は、我らがキルトさん。

 そして王国騎士団の代表は、このロベルト将軍なんだそうだ。

 一応、竜騎隊も王国騎士の所属なんだけれど、特殊な部隊なので、普通の王国騎士たちとは馴染みが浅い。そこで、ロベルト将軍が王国騎士の代表になったんだって。

(へ~、そうだったんだね?)

 つまり彼は、開拓団のトップ4の1人。

 だからキルトさんは、今の内に、僕らをロベルト将軍と引き合わせてくれたんだ。

 キルトさんは言う。

「この御仁は、凄いぞ」

 と。

「個人の武だけでなく、集団戦での指揮能力も高い。知略にも秀でている。何より、物事を判断するバランス能力が高い。個性溢れる4つの集団をまとめるには、このロベルト将軍以外は務まらぬであろうよ」

 褒められた将軍は苦笑した。

「あまり買い被るな、キルト・アマンデス。私はただ器用貧乏なだけだ」
「謙遜じゃな」

 キルトさんは笑う。

 ロベルト将軍は「やれやれ」と息を吐く。

「君のようなカリスマ性は、私にはない。私はただ愚直に物事をこなすだけの人間さ」

 と微笑んだ。

(……いい笑顔だなぁ)

 そう思った。

 偉ぶるでも、卑下するわけでもなく、ただ素直な笑顔に見えたんだ。

 それが、この人の魅力……かな?

 そうして見つめる僕らに、

「まぁ、何か困ったことがあったら、いつでも声をかけてくれ」

 将軍さんは、そう笑ってくれた。

 と、

「開式、15分前になります。皆様、所定の位置へご移動願います」

 廊下にいる人々へと、神官さんが声をかけた。

 ロベルト将軍が頷いて、

「時間だな」
「うむ。では、またあとでじゃ、将軍」
「あぁ、またあとで」

 彼は、真っ白なマントをひるがえし、他の王国騎士のいる方へと歩いていった。

 キルトさんが僕らを振り返る。

「では、わらわたちも行くかの」
「うん」
「はい」
「そうね」
「…………(コクッ)」

 そうして僕ら5人も、廊下にいる他の人たちと一緒に、開式のために移動していった。


 ◇◇◇◇◇◇◇


 大聖堂内には、ひな壇が作られていて、僕らはそこに並ばせられた。

 冒険者が50名。

 竜騎隊が4名。

 神殿騎士が50名。

 王国騎士が300名。

 総員404名の大集団だ。

(ここにいる人全員が『第5次開拓団』なんだね)

 ちょっと壮観だ。

 その中の1人に、自分も入っているのかと思うと、ちょっと不思議な感じもする。

 僕らは、冒険者のひな壇に並んだ。

 最後列、3段目だった。

 一緒にいるのは、ソルティスとポーちゃんの2人。

 イルティミナさんとキルトさんは『金印の冒険者』なので、並ぶ場所が違って、1番前の列だった。

(……ちょっと心細いよ)

 人見知りなソルティスは何も喋らないし、ポーちゃんは無口だし。

 しかも、他の冒険者の人たちは、僕らみたいに若くなかった。

 10代は僕ら3人だけ。

 他は、20代後半から30代がほとんど。

 最高齢の人は、50代の魔法使いさんだった。

 みんな開拓団に選ばれるだけあって、相当な実力者が集まっているみたいだった。

(……みんな、強い『圧』があるね)

 それを感じる。

 子供の僕らは、ちょっと場違いな感じがあった。

 と、

「おい、あれが……?」
「あぁ。あの子が、あの鬼姫の弟子だそうだ」

 ボソボソ

 そんな声が聞こえてくる。

 他にも、

「あれが、新しい『金印』の妹?」
「らしいわ」
「あっちは、あのコロンチュード・レスタが養子に欲しがったという才能の持ち主だとよ」
「ほう……?」
「俺の娘より若いじゃねえか」

 ボソボソッ

 …………。

(ぼ、僕らのことだよね)

 疑念半分、興味半分の視線が、あちこちから送られてくる。

「…………」
「…………」
「…………」

 僕ら3人は一言もないまま、早く出陣式が始まることを願った。


 ◇◇◇◇◇◇◇


 ドォーン ドォーン

 やがて、開式の銅鑼が鳴った。

 大聖堂内には、貴族や観覧したい王都国民が集まり、満席となっている。

 ざわめきも静まった。

「これより、『第5次開拓団』の出陣式を執り行います!」

 司会の神官さんが厳かに告げた。

 それから、式が始まる。

 生楽団の神聖な音色が響く中、聖シュリアン教会の司祭様により祈祷が行われ、国王陛下自らの激励のお言葉などが僕らに送られた。

 開拓団からは、竜騎隊隊長のレイドル・クウォッカが遠征への決意を述べる。

 僕らは機械的に、周りの人に合わせて、頭を下げたり上げたりした。

(…………)

 早く終わらないかな。

 やがて、式典は終了する。

 ひな壇に並んでいた僕らは、2列縦隊になって、大聖堂の中に造られた花道を歩いていく。

(こ、こんなの聞いてないぞ?)

 なんとか、前の人に倣ってついていく。

 冒険者の人たちは、動きがバラバラだったけれど、さすが騎士である他グループは一糸乱れぬ美しい動きだった。

 やがて、僕らは大聖堂を出た。

 大聖堂前の広場に集まったのである。

『わぁああああ!』

(!?)

 広場の周りには、たくさんの見物人たちが集まって、黒山の人だかりだった。

 何千人、何万人ぐらいいるんだろう?

 建物の屋根に登って、僕らを見ている人たちもいる。

(そ、そんな危険なことしてまで見る価値、僕にはないですよ~?)

 ちょっと呆然だ。

 そして、大広場には、たくさんの竜車が停まっていた。

 騎竜車だ。

 王国軍の所有する巨大竜車たちが何台もあったんだ。

(え? え?)

 困惑している間にも、みんな、竜車に乗り込んでいく。

 僕とソルティスとポーちゃんは、動く人波の中で、全く動くこともできなくて、立ち尽くしていた。

 と、その時、

「マール」

(!)

 天啓のように聞き覚えのある声が聞こえた。

 振り返った先には、人波をかき分けながら近づいてきてくれるイルティミナさんとキルトさんの姿があった。

「イルティミナさん、キルトさん!」
「イルナ姉!」
「…………」

 僕らは、すぐに駆け寄った。

 心細かったのか、ソルティスは半泣きだった。

 イルティミナさんは、少し驚き、すぐにそんな妹を抱きしめる。

 キルトさんは、

「すまんな、遅れた。わらわたちの竜車はこちらじゃ、来い」

 そう言って、僕らを先導してくれる。

 僕らは、キルトさんを追いかけて、1台の騎竜車に乗車した。

(わ?)

 車内には、大聖堂の控室に置いてあったはずの旅の荷物が、すっかり移動させられ、置いてあった。

 キルトさんは席に着く。

「すぐに出発する。そなたらも座れ」
「う、うん」

 僕は、座席に腰を下ろした。

 すると、あまり間を置かずに、

「第5次開拓団、出陣なりーっ!」

 外から、そんな声が聞こえた。

 途端、

『わぁあああああ!』

 外からの歓声が大きくなる。

 そして、停車していた騎竜車たちが一斉に動き出した。

 ゴトッ ゴトン

 僕らの竜車にも、振動が走る。

「こ、このまま出発するの?」
「うむ」

 頷くキルトさん。

(そうなんだ……)

 今日、出発するのは知っていたけど、こんな形だとは思わなかった。

 窓の外を見る。

 大勢の人が手を振っていた。

 空には、たくさんの紙吹雪が花びらのように舞っている。

 僕より小さい子たちが、竜車と並走するように走っていた。

 出陣式。

 戦場へと出向く戦士たちを激励し、鼓舞し、祝福しながら見送る式典。

 なるほど、その通りだ。

 ソルティスもようやく落ち着いたのか、姉の手を握りながら、窓の外を見ていた。

 ポーちゃんは、ぼんやり車内の天井を見上げている。

(コロンチュードさんのことを考えているのかな?)

 式典には、彼女も来賓の1人として参加していた。

 今も、僕らの竜車の旅立ちを、どこかで見ているのだろうか?

 …………。

 歓声が地鳴りのように聞こえている。

 400名を乗せた騎竜車たちは、王都ムーリアの大通りを抜けて、大門から街道へと向かって進んでいた。

 なんだか、胸が熱いな……。

 これだけ多くの人に見送られて、応援されて、何も感じないわけがない。

 自分が何のために戦うのか、誰のために命を懸けるのか、それを強く思い出させてくれた気がした。

 人々の声が響く。

(これが出陣式、かぁ)

 ふと窓から視線を外す。

 その先には、イルティミナさんの姿があった。

 視線が合う。

「…………」
「…………」

 どちらからともなく、お互いに微笑んだ。

 これから向かうのは戦場だ。

 でも、大切な人が常にそばにいてくれるなら、恐れるものは何もない。

(うん!)

 王都に響く歓声を浴びながら、僕らは暗黒大陸へと向けて、こうして旅立ちの時を迎えたんだ。