346-301 ・Transition magic that activates



 フォルスさんと別れたあと、僕らは、すぐにレクリア王女へと連絡を取った。

「即時、向かってくださいまし」

 金印の魔学者コロンチュード・レスタの窮地を知って、王女様は、すぐに僕らがエルフの国に向かうことを承諾してくれた。

 即断即決。

 さすが、レクリア王女様だ。

 僕らは「はい!」と答えて、すぐに出立の準備を整える。

 そして、その夜、僕ら5人は『冒険者ギルド・草原の歌う耳』の地下にあるコロンチュードさんの研究室へと集まった。

 床に描かれた転移魔法陣。

 その中へと、僕らは入っていく。

「準備はいいの?」

 キルトさんが問いかける。

 エルフの国は、この場にいる誰も行ったことがない国だ。

 しかも鎖国状態。

 コロンチュードさんが助けを求めてくるぐらいだから、どんな状況になっているかもわからない。

 最悪、転移した途端に、敵とかいるかもしれないんだ。

(しっかり、覚悟しておかないと)

 僕は、大きく深呼吸する。

 そして覚悟を決めて、キルトさんを青い瞳で見つめ返した。

 他の4人も、同じ瞳でキルトさんを見る。

 キルトさんは頷いた。

「よし」

 そして彼女は、魔法陣の外にいる『草原の歌う耳』のギルド長のフォルス・ピートさんを見る。

 フォルスさんは頷いた。

「どうか、コロンのことをよろしくお願いします」

 そう頭を下げてくる。

 僕は「はい」とはっきり答えた。

 そんな僕を見つめ、彼は儚げに微笑んだ。 

 そして、すぐに表情を消すと、手にした小ぶりな杖を持ち上げる。

 コロンチュードさんが使っているのとよく似た、長さ30センチほどの指揮棒みたいな杖だ。

 先端の魔法石が光る。

「それでは、始めます」
「うむ」

 キルトさんの確認を取ってから、フォルスさんは、部屋の四隅にある魔法石のついた台座の1つへと、その光る杖を向けた。

 ポゥ

 台座の魔法石に光が灯る。

 その輝きは、台座の模様を伝って、床に描かれた転移魔法陣にも伝わった。

 魔法陣の輝きが強くなる。

 ポゥ ポゥ

 2つ目、3つ目の台座の魔法石も光を放つ。

 魔法陣の輝きも増していく。

(眩しい……)

 もう目も開けていられない。

 他の4人の姿も、光の中に溶けて、見えにくくなっていた。

 ポゥ

 そして最後の1つの台座の魔法石に、魔力の光が灯った。

 その輝きが魔法陣に流れる。

 瞬間、まぶたを通しても眩しい光が溢れ、僕の世界を真っ白に染め上げた。

(……っ)

 一瞬だけ、高いところから落下した時のような、内臓がヒヤッとする感覚があった。

 でも、それだけだ。

 気がついたら、まぶたを焼いていた白い光が消えていた。

 恐る恐る、目を開く。

 ゆっくりと視力が戻り、まず視界に飛び込んできたのは、僕の大事な4人の仲間の姿だった。

(……よかった)

 みんないる。

 全員で転移に成功したみたいだ。

 それから周囲を見回してみれば、そこはもうコロンチュードさんの地下研究室ではなかった。


 ◇◇◇◇◇◇◇


(なんだ、ここ?)

 そこは、緑色の空間だった。

 半透明の緑色の壁に覆われた、玉ねぎみたいな形状の空間で、天井までは15メードぐらいある。

 足元には、転移魔法陣。

 周囲には、魔法石のついた台座が4つ、置かれていた。

 室内には窓もなく、ただ半透明な壁を通り抜けて、穏やかな日差しが僕らに降り注いでいる。

「……転移に、成功したの?」

 ソルティスが呟いた。

 イルティミナさんは頷いた。

「どうやら、そのようですね」

 その隣にいるポーちゃんは、無言のまま、けれど興味深そうに周囲を見回している。

 キルトさんは「ふむ」と呟き、

「ここがエルフの国か。……しかし、誰の姿もないの」 

 と口にする。

 確かに、転移した途端、何かがあるかもと備えていたけれど、室内には誰の姿もなかった。

 コロンチュードさんも、エルフさんの姿もない。

 というか、

(ここから、どうやって出たらいいの?)

 この緑色の部屋には、窓だけでなく、出入り口らしい扉なんかも見当たらなかったんだ。

 壁に近づき、触ってみる。

 グッ

 少し冷たくて、かすかな弾力があった。

 そして、植物の匂いがする。

 イメージするなら、大きな太い茎みたいな材質の壁だ。

 イルティミナさんは、自分たちのパーティーリーダーを振り返る。

「これから、どうしますか?」
「ふむ」

 キルトさんは、あごに手を当て考え込む。

 と、その時だ。

 ヒィン

 玉ねぎ型の壁の一部に、縦に亀裂が生まれて、光が差し込んだんだ。

「!?」

 僕らは全員、反射的に武器に手をかけ、そちらを振り返った。

 亀裂はゆっくりと広がり、人が通れるほどになる。

 どうやら、それが出入り口みたいだ。

 そして、その出入口となった空間に、逆光となりながら、4~5人ほどの人影が見えた。

(誰……?)

 警戒しながらそちらを見ていると、

「……お~? ……ようやっと……来てくれた、ね」

 なんだか聞き覚えるのある、どこか緊張感を削ぐようなのんびりした声が聞こえてきた。

 え?

 その声に気づいて、僕らは驚く。

 特に、いつも無表情のポーちゃんは、その水色の瞳を限界まで見開いていた。

 4~5人の人影は、全員、耳が尖っていた。

 スタ スタ

 その真ん中にいた声の主が、前に出てくる。

「……あ」

 室内に入ったことで姿が見えて、僕はつい声をあげてしまった。

 そこにいたのは、1人のエルフさんだ。

 長い金髪を床まで垂らして引き摺り、本来プロポーションは抜群なのに、猫背がそれを台無しにしている残念美人のエルフさん。

 でも、着ているものは、いつものくたびれたローブではなくて、上質な絹のような素材で作られたドレスのような服で、耳飾りや額飾りなども身に着けていて、どことなく高貴な雰囲気が漂っていた。

 そんな彼女の翡翠色の瞳が、眠そうに半分閉じたまま、ゆっくり順番に僕らを見つめる。

「…………」

 それがポーちゃんに向いた時、瞳が開き、少しだけ優しく細められた。

 そして、息を吐き、

「……キルキル、マール、みんな、待ってたよ」

 僕らを呼んだコロンチュード・レスタその人が、唖然としている僕らに微笑みかけたんだ。


 ◇◇◇◇◇◇◇


「コロン! そなた、無事であったのか!?」

 キルトさんが呆れたような、怒ったような声をあげる。

 それを受け、金髪のハイエルフさんは、

「……無事?」

 と不思議そうに小首をかしげた。

 …………。

(あれぇ?)

 その反応に、僕らは茫然となってしまう。

 キルトさんは確認する。

「そなた、風の精霊を使って、『助けてくれ』とフォルスに連絡をしたのであろうがっ」
「…………」

 コロンチュードさんは、眠そうな顔で考え込む。

 それから、「あぁ……」と呟いた。

「……うん、したよ。……ちょっと手伝ってもらいたいこと、あったから……『助けて』って」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

 あっさり言うハイエルフさんに、僕らは言葉もなかった。

 コロンチュードさんの『助けて』を、僕らは緊急事態の救いを求めるものだと思っていた。

 でも、違った。

 彼女は、ただ気軽に『手伝って~』というニュアンスで連絡して来ただけだったんだ。

(……まさかの『助けて違い』だ)

 言葉って難しいね。

 僕とイルティミナさんは、思わず顔を見合わせ、ソルティスは拍子抜けしたように両肩を落としている。

 ポーちゃんは、義母(はは)の無事なことに安堵の息を吐く。

 そして、キルトさんは頭痛がするのか、こめかみを片手で押さえて、

「そうであった……。こやつは昔から、そういう奴なのじゃ。わかっておったはずなのに、わらわは……わらわは……」

 額に青筋を立てながら、怨嗟の声を漏らしている。

 ……あはは。

 そんな僕ら5人の様子に、当のコロンチュードさんはキョトンとしていた。

(まぁ、いいか)

 無事であるなら、それで何よりだ。

「コロンチュードさんが元気なら、それで大丈夫です」

 僕は笑った。

 コロンチュードさんは首をかしげ、

「……うん。……私は、元気……だよ?」

 と不思議そうに言った。

 ふと見れば、そんなコロンチュードさんの後ろにいた4人のエルフさんは、戸惑ったように僕らを見ていた。

「アプス、チ、ポナ?」

 その1人が、コロンチュードさんに声をかける。

(?)

 聞いたことのない言語だ。

「あれは、恐らくエルフ語ですね」

 僕の表情に気づいて、イルティミナさんが教えてくれた。

(エルフ語?)

 確か、エルフだけが使う言語だったっけ。

 ずっと昔、初めて王都を訪れる時の山の村で、イルティミナさんにそういう言語もあるって教わった記憶がある。

「ポムリ、ア」
「エ、プロム、ポッポスカ」
「タリア」

 コロンチュードさんとエルフさんたちがエルフ語で会話をする。

 なんとなく、困惑している4人のエルフさんたちに、コロンチュードさんが何かを説明して、説得しているような感じだった。

 やがて、話は終わった。

「……やれ……やれ」

 コロンチュードさんは、そう吐息をこぼしていた。

 僕は首をかしげ、

「それで、コロンチュードさん? 僕らに手伝って欲しいことって、何ですか?」

 と訊ねた。

 彼女は「ん?」とこちらを見る。

 いくら常識外れのことをするコロンチュードさんでも、この遠いエルフの国まで僕らに手伝いを求めるのならば、それ相応の事情があると思ったのだ。

 彼女は少しだけ、真剣な瞳になった。

「……それは、女王の前で説明する……よ」

 そう言った。

(女王?)

 僕は目を丸くする。

 キルトさんが確認した。

「それはつまり、このエルフの国を治める御方か?」
「……そ」

 コロンチュードさんは、素っ気なく頷いた。

 それから彼女はこちらに背を向けると、「ついて来て」と言葉を残して、光の差し込む亀裂の出入り口へと歩きだす。

 4人のエルフさんも、それに続いた。

 思わず、僕らは顔を見合わせる。

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

 でも、すぐに無表情のポーちゃんが、義母のあとを追って歩きだした。

 スタスタ

(わ?)

「ちょ……待ちなさいよ、ポー!」

 ソルティスが少し慌てたように、金髪幼女を追いかけた。

 キルトさんもため息を1つこぼして、あとに続く。

「私たちも行きましょう、マール」
「うん」

 僕とイルティミナさんは頷き合うと、転移魔法陣の描かれた部屋を出て、先に行ったみんなを追いかけたのだった。