104-A certain female beast soldier (2 3)




 
 不倒ノ的を倒して力を示したので、ハルトさんはこの国の賓客となり、多少の無理は押し通せるようになりました。

 彼の願いは、お連れの獣人と王都に入ることだったようで、検問所責任者が王都内へと案内していきました。

 入都規制されている時は、この国の獣人ですら厳しく入都が制限されますが、不倒ノ的を倒した彼にはそんな制限を受ける謂れも無くなるのです。

 ちなみに緊急時に王都から外に逃げる場合は、ほとんどノーチェックです。


 私は破壊された的の後片付けを始めました。

 もちろん私ひとりで的を移動させたりはできないので、周囲に飛び散った破片などを片付ける程度です。

 ふと、先程の彼の勇姿が頭を過ぎりました。

 流れるような動作、圧倒的破壊力、全てが素敵でした。カッコよかったです。魔法を使って不正しないか、穴が開くほど彼を凝視していたので、一挙一動の全てが記憶にあります。

 私たち、獣人は強い人に憧れる性質がありますから、不倒ノ的を倒した彼をかなり美化して思い出してしまっているのかも知れませんが……

 それでも、目の前で圧倒的な、武の最高峰とも言える力を見せつけられた私が、彼に惚れるのも仕方ないのです。

 獣人ですから。

 できることならもう一度、お会いしたい。
 そんなことを考え始めていました。


 ──***──

 翌日、私は非番でしたので、サリーのお見舞いにやってきました。ハルトさんが不倒ノ的を私の目の前で倒したことを、話して聞かせたかったのです。

 戦えなくなった彼女に、こんな話をするのは酷だと思われるかもしれませんが、獣人は自分が戦えなくなった時、誰かの庇護下に入ることにはほとんど抵抗がありません。

 自分が強ければ弱者を守り、自分が戦えなくなれば強者の庇護下に入り生き延びる。

 ──そうやって繁栄してきた種族です。

 だから、とても強い人を見つけたって話は、どんな時に聞いても、心がワクワクしてしまうんです。私はサリーが、ハルトさんの話を聞いて、生きる希望を持ってくれたらいいなって思ってました──彼女の病室に入るまでは。


 サリーの病室にハルトさんがいました。

「えっ!?」

 私の身体は動きが完全に停止しました。

 彼に会えたらいいなと、僅かな望みを抱いてたのですが、その望みが思いがけず早く叶ってしまいましたから。

 ハルトさんは昨日より素敵に見えました。
 思い出補正ってやつでしょうか?

「昨日、王都の外で案内してくれた方ですね。昨日はどうも。そういえば、的を壊したままでしたけど……大丈夫でしたか?」

「は、はい! 問題ありません。お気遣いありがとうございます!」

 ハルトさんから話しかけられてしまいました。そして、私のことを覚えてくださっていたようです。すごく嬉しいです。

 ところで、ハルトさんはサリーの病室で何をしているのでしょうか?


「じゃ、包帯外しますね」
「……はいにゃ」

 ハルトさんがサリーの腕に巻かれた包帯を外し始めました。

 サリーの右手と両足は魔人によって奪われました。その傷痕がどうなっているか、私はまだ見ていません。

 腕の包帯が、全て外されました。


「ひ、酷い……」

 思わず声が漏れます。サリーの手足は、まるで根元から無理やり捻り切ったように、ぐちゃぐちゃになっていました。

 傷口はこの国の療術士によって既に塞がれていて、出血はしていないものの、とても直視できるような状態ではありません。

 サリーも自分の手足を一瞬見て、顔を青くし、直ぐに目を背けました。


 そんな中、ハルトさんは──

「うん、これくらいなら俺でも何とかなるね。臓器は傷付いてないみたいだし」

 一切躊躇うことなく、サリーの右腕の傷に触れて、そう言ったのです。

「本当に、治るんですかにゃ?」
「大丈夫、俺を信じて」

 えっ、ど、どういうことでしょう?
 サリーの手足が、治るんですか!?

 私はハルトさんが何をするつもりなのか、分かりませんでした。

「ヒール」

 私の疑問に応えるように、ハルトさんはサリーのなくなった右腕の根元にヒールをかけ始めました。ヒールは療術系で最下級の魔法です。

 戦闘系獣人でも使える人がたまに居るほど、簡単な魔法なのです。簡単な代わりにできることと言えば、小さな傷を塞いだりする程度。

 ──その程度のはずでした。

 サリーの奪われた右手の付け根から何か繊維のようなものがいっぱい伸びてきました。そして、その繊維が複雑に絡まり合いながら、どんどん伸びていきます。

 そして、十秒ほどでその繊維の塊は、手の形になりました。どこからどう見ても、以前のサリーの腕です。継ぎ目なども全くありません。

「あっ、あぁ、あぁぁぁぁ!」

 サリーは自分の右手を抱えて、泣き始めました。言葉が出てこないようです。

 無理もないでしょう。

 無くなったはずの、もうどうしようも無いはずの腕が治ったのですから。私はと言うと、ハルトさんの神業(ヒール)をただただ眺めて、唖然とするしかありませんでした。

 ヒールですよ!?
 最下級魔法ですよ!?

 いったい、何故こんなことができるのか、私には見当もつきません。ひとつだけ、分かるのはハルトさんが私の友人の腕を治してくださった──ということです。

「どう? 動く?」

 不安そうにハルトさんがサリーに尋ねます。

「う、うごきますにゃぁ」

 サリーは男勝りの性格をしています。普段の彼女だったら絶対に男性には弱みをみせないのです。そんな彼女が涙をポロポロこぼし、鼻水も出しながら右手を動かしてみせました。

 失った手を再生してもらえた──それだけでも療術士の少ないこの国では、奇跡に近いのです。

 しかし、ハルトさんの奇跡は、ここで終わりではありませんでした。

「うん、良さそうだね。じゃ次は、足の方いこーか」


 ──***──

 ハルトさんのおかげで、私の友人サリーは五体満足の状態に回復したのです。

「ありがとうございますにゃ!」
「私の友人を助けてくださり、ありがとうございました」

 サリーとふたりでハルトさんにお礼を言いました。サリーは私の隣で、自分の足で立っています。また、こうしてふたりで並んで立てるなんて……。

 ハルトさんは私の友人に、生きる希望どころか、再び戦場に立つことのできる身体を与えてくださったのです。

「最初は慣れないかもしれないから、無理しないでね。それじゃ、俺は他の人を治しに行くから」

 そう言ってハルトさんは、サリーの病室を出ていきました。


「リリア!」

 サリーが抱きついてきました。

「サリー、良かったね」
「うん、うん、ありがとうにゃ」

 その後、サリーからハルトさんのことを聞きました。ハルトさんはなんと、この国を襲った魔人を倒して、王様の呪いを解いたんだそうです。

 そして仲間の皆様と、国軍の兵士を治してくださっていたのだとか。昨日亡くなった兵士すら回復させたという話を聞いて驚きました。

 そのハルトさんの奇跡を軍上層部から事前に伝えられていたため、先程サリーは素直に彼の治療を受けたのだそうです。

 サリーからハルトさんの話を聞いて、私だけ驚くのはズルいです。なので私は、ハルトさんが不倒ノ的を私の目の前で、魔法も使わずに倒したことを話しちゃいました。

 サリーも驚いてくれました。

 ふふふ、これでおあいこです。