83-82 Bashbaza, the final evil
「な、なんだあああーーーーッ!?」
「何かヤバそう!? 逃げろ逃げろ逃げろーーーーッ!?」
炎魔獣の上に登って勝利を満喫していた冒険者たちも、異常を察知し逃げ散る。
バシュバーザは、躊躇らしきものをまったく見せずに炎魔獣に体当たりした。
余程の勢いをつけていただけあって、ヤツの体は炎魔獣に突き刺さるかのようだ。
「バシュバーザ! 何をする気だ!?」
「あばばばばばばば!! クソバカダリエルめ! このボクを再びサラマンドラに引き合わせたのが運の尽きだ! 勝ったと思って油断したな、このバカめ! その傲慢がお前を滅ぼすんだあああああッ!!」
炎魔獣サラマンドラの体に突き刺さったかのようなバシュバーザは、実際、火竜の中に沈んでいった。
なんと不可思議な光景。
あれではまるで……。
「炎魔獣と合体している?」
「その通りだああああ! これが禁呪、魔獣使役の法を研究した結果ボクが見つけた最強の段階だああああッ!!」
バシュバーザが言った。
「アホにもわかるように説明してやろう。でないとボクがどれだけ偉大なことをしたか、アホにはわからないだろうからな。理解したアホは、天才を崇拝する義務があるんだあああ!!」
なんともまだ傲慢な態度だった。
俺があれだけ厳しく躾けしたのに、全然実になってない。
「そもそも魔獣使役の法は、その核心は魔獣と術者の精神を重ね合わせ、融合させることだ! そうすることで魔族より何百倍も強大な魔獣を、自分の思う通りに動かすことができる!!」
心が混ざったことで、術者の心の中にある望みを魔獣自身の望みだと錯覚させる。
だから魔獣は、術者の望み通りに動く。それがいかにも使役しているように見えてしまう。
「だがな……、その術者と魔獣の融合には先があるのだ。精神を混ぜ合わせることができるなら、肉体だって融合させることができる。そうは思わないか?」
「まさか……!?」
今目の前で起きている、バシュバーザが魔獣の体に潜り込むかのような現象は……!?
「そうだ! ボクはこれから精神だけでなく、肉体をも魔獣と合体して、完全融合する!! 魔獣の恐るべき力がボクのものとなるのだああああッ!!」
バカな……!?
魔獣と完全融合だと……!?
「お前たちは疑問に思わなかったか? この世界に四種いるという魔獣。何故その中から炎魔獣サラマンドラを選び取ったのか? 最終的にこうなることを目指してのことだ……!」
「どうせ融合するなら、自分が得意とする属性と同じ魔獣を取り込んだ方がよりプラスとなる、ということだわ……!?」
こちら側で四天王のゼビアンテスが言った。
「そうだ、さすが能無しとはいえ四天王。理解が早いではないか」
「いや、お前の方がダンチで無能なのだわ!」
ゼビアンテスの冷静で的確なツッコミも、もうヤツには届かない。
「ボクは、炎魔獣サラマンドラと融合して、その力のすべてを我が物とするのだ! その時ボクは地上で誰よりも強い究極生命体となるんだ! 魔王だってもう目じゃない! 究極最高、最強の覇炎。『豪火絢爛』のバシュバーザとなるのだ!!」
なんだその二つ名!?
そうしているうちにも炎魔獣は、元の火竜としての輪郭を失い、どんどん溶けていく。
生命の形を消失して純粋なエネルギーの塊となって、バシュバーザの体に吸い込まれていく。
「フフフフフフ……! ありがとうよ! 融合のタイミングをずっと狙っていた!」
「何?」
「わかるだろう。魔獣の力は強大。ヘタに融合したら、ボクの方が魔獣に取り込まれて消えかねない。逆にボクが魔獣を取り込むには限界まで弱らせ、魔獣の意識を無にするまで追い込まねばならなかった」
「まさか……!?」
「そうさ! お前たちが魔獣を倒してくれたおかげだ! まさかの大勝利で興奮していた諸君らだが、それもボクの計画の一部に過ぎなかったんだよ! バカめええええええッ!!」
炎魔獣のパワーを吸収し、バシュバーザの魔力がどんどん上がっていく。
まさかこんな切り札を隠し持っていたなんて。
こうなったら、融合が完了する前に叩いて息の根を止めるしか……!
そう思ってヘルメス刀を引き抜こうとした俺を……。
「……待つのだ」
グランバーザ様が押しとどめた。
「ッ!? 何故止めるんです!? さすがにあれを放置することは……!?」
「いいのだ。あのままでいい」
「?」
意図のわからないことを述べてグランバーザ様は歩み出す。
息子たるバシュバーザへ向けて。
「……どうです父上? ボクの才能は見事なものでしょう?」
再び向かい合う父親に、バシュバーザは勝ち誇ったように言う。
「凡俗どもは恐れ、封印してしまった禁呪を、ボクは使いこなすどころかさらなる段階へと進化させた! この魔獣との完全融合は、禁書の中には記されていなかった!」
「……」
「禁呪を進化させたボクは正真正銘の天才だ! そういえばアンタは言ってたなあ、借り物の力では頂点へはいけないと! しかしこれはボクの力だ! これで正真正銘魔獣の力はボク自身の力なのだあああ!!」
あのままでは本当にバシュバーザは魔獣と融合完了してしまう!
やっぱり……! とヘルメス刀を振り上げたところでまた止められた。
今度はアランツィルさんだった。
「まだ待て、グランバーザの好きなようにやらせてやれ」
「でも……!」
「アイツに育てられておきながらわからんのか? アイツが発する悲壮の覚悟を」
「え……?」
俺たちの位置からは、息子バシュバーザと向かい合う父グランバーザ様の背中が見えるだけだった。
その背に、今まで見たこともない哀愁が漂っていた。
「息子よ……! 何処までも愚かなる我が息子よ……!」
「何を……!? ここまで来てまだボクの偉業を認めないのか!? いい加減認めろ! ボクが、アンタを遥かに超えた偉才であると!!」
「いいや、お前は出来損ないだ。見下げ果てたバカ息子だ。ただ心が幼いだけでなく、知恵もない。だからそんなバカをする」
「何を言う!? ボクは独自に禁呪を進化させ、究極の段階に至った! まさに天才の所業だ! ……そうかわかったぞ、ボクの功績に嫉妬しているんだろう? 負けるのが悔しいから認めたくないんだろう!?」
「お前こそ何故わからない。お前が誰にも勝てなかったことを。ずっと負けてきたことを……!」
グランバーザ様の声は、泣きそうな声だった。
「禁呪に関してもそうだ。……魔獣使役の法の、誰も知らない裏技を見つけ出した? 本当にそう思っているのか?」
「え?」
「お前ごときが気づく程度の応用法を。先人たちが誰一人発見できなかったと思っているのか? 本当にそう思っているなら、お前は本当に短絡だ。世の中すべてを舐め切っている!」
「ど、どういうことだ? 父上それは……!?」
「魔獣との完全融合法。そんな魔法はとっくの昔に発案され完成されている。魔獣使役の法とはまったく別の禁呪として『秘密の部屋』に封じられている」
「なッ!?」
「どうせお前は『秘密の部屋』の禁書を漁るのも中途半端で、見つけられなかったのだろう。魔獣融合法は、魔獣使役の法をより推し進めた重篤段階。魔獣を軽々しく使役する者は皆、その段階に入っていく……!」
あたかも、難病に冒された者が、より深刻な段階に進むように。
「お前は、魔獣と融合することが自分だけの偉業だと信じて自慢げだが、それは魔獣を操る者が十人なら十人辿る平凡な道なのだ。しかもそれは愚か者を待ち伏せる罠だ!」
「罠ッ!? どういう……!?」
「魔獣と魔族の融合は、過去数百年に何件か実例があってサンプル化されている。魔族と融合する魔獣は、自分より遥か小さな魔族を取り込むのではなく、魔族の中に入っていくそうだ……!」
そうまさに。
今のバシュバーザそのもののように。
「別に魔獣が弱ったタイミングを狙わなくてもいい。どっちにしろそんな状態になる。それが何故かはわからない。しかし魔獣の力を体内に吸い込む魔族の体は、やがて強大すぎるエネルギーに耐えられなくなって崩壊する」
「崩壊!?」
「そう、まさに空気を入れ過ぎた風船が破裂するように。魔獣の、純化した膨大なエネルギーが一旦魔族の体内に圧縮されてから解き放たれるのだ。その爆発力は生半可なものではない」
それこそ街の十や二十を丸ごと吹き飛ばすほどの?
「それが、魔獣融合法が魔獣使役法共々禁呪指定された理由だ。お前のように大発見と浮き立ったバカ者が、何度同じ轍を踏んできたことか……!」
魔獣使役法の禁書にはそんな注意書きはされていなかったんだろう。
使うことを禁じられたからこそ禁呪だし、少しでも想像力があれば最終的に行き着く破滅に気づいて当然なのだから。
「禁呪とは、それだけの危険を孕んでいるから禁呪に選ばれるのだ! その危険を弁えないからお前はどうしようもないバカ者なのだ!!」
「うそおおおおーーーッ!! 中止ッ! 融合中止ッ! ……できない!? 魔獣のパワーがどんどんボクに入り込んでくるうううッ!?」
「融合は魔獣の意思だから、お前ごときに止めることなどできん」
融合が魔獣の意思。
それではまるで、魔獣が自分を操ろうとする者に罠を張っているようではないか。
「魔獣はそういう存在なのだ。手柄を焦り、自分を利用しようとしてくる者を破滅に導く」
「止まれえええ! 止まれえええッ!! ……止まらないいいいいッ!!」
「過去、お前のように失態を犯した四天王が何人と、魔獣使役に手を出してきた。起死回生、名誉挽回。追い詰められた状況を一気に覆す。そんな都合のいい展開を求めて」
しかし、そうした高望み者たちは例外なく逆に魔獣に取り殺された。
魔獣とはそういう存在。
「愚かな息子よ。お前のしてきたことは、失敗して落ちぶれる無能四天王の典型的なパターンでしかないのだよ。没落の過程ですら、お前は先人を踏襲することしかできなかったのだ」
「そんな……!」
その瞬間バシュバーザの表情が絶望に染まった。
自分が英雄でも天才でもないと気づいた顔。
「しかし息子よ。お前だけを地獄に送りはしない。この父が、命と引き換えにしてでもお前から起こる暴発を抑え込んで見せる。それが、お前と言う大バカ者を世に送り出してしまったバカ親としての責任だ」