118-117 Pigaro self-defeats



「ただ大きいだけの……!?」
「見掛け倒し……!?」

 背後にいるセッシャさん、サトメがそれぞれ声を上げる。

「コイツは終始、ミスリル食って増やしたオーラに頼って戦ってただけだな。自分自身のものが何もない」

 それを見せつけるための戦いだが、ただそれだけの戦いだったな。
 ゼスターとの戦いに比べたら、得るものが何もなかった。

「あごッ!? おごおおおおおお……ッ!?」

 ダメージを受けたピガロは痛みにのたうつばかり。
 相殺しきれなかった『凄皇裂空』に斬り落とされて、右腕と右足を持っていかれたのだ。
 切断面から血がドボドボとこぼれ地面に大きな血溜まりを作っている。
 凄惨。

「村長殿……、ちょっとこれは……!?」
「やりすぎなんじゃないですかねえ!?」

 セッシャさんサトメに非難がましく言われるけど、俺だって想定外だよ?
 ぶつかり合いで多少相殺されると思ったのに、まったく衰えずに向かって行ったからな『凄皇裂空』のオーラ斬撃が。
 俺の予想を超えて、ピガロの特大『裂空』がしょぼかったってことか?

「とにかく手当でもしてやろう。アイツには喋ってほしいことも色々ある」
「そうですな」

 ピガロの直前までの行いのために、同情の声はまったく上がらなかった。
 ただの義務感として救いの手が差し伸べられようとするが……!

「しゃらくさい!」

 ピガロは残った左腕を突き出して、俺たちを牽制した。
 まあ牽制したって意味ないけど。

「どこまで意地を張るつもりだ? その大怪我、早く手当てしないと死ぬぞ?」
「それどころが冒険者としては再起不能ですよね。いい加減現実を受け入れてください!!」

 その傷で意地を張れるというなら、ある意味立派であるが。

 でもピガロの意地の根拠は、どうやら鋼のごとき精神力とかではないようだ。

「ケケッ、この愚民ども……下民ども……!」

 いやらしい声で笑うピガロ。

「もはやこのオレが、お前ら凡庸とは別次元の存在であることを知るべきだ。この程度のダメージで、この最強高貴のオレ様が負けるものかあああああッ!?」
「いや、どう考えても致命傷だよ?」

 早く手当てしないとホント死ぬよ?
 と忠告してやろうとしたら……!

「その証拠を見せてやる! 驚けええええええッ!!」

 噴出するオーラ。
 そんなに力任せに放出したら傷口から血液もピューッと飛び出しちゃうぞと思ったら……。
 ……それどころじゃないものがヤツの傷口から飛び出した。

 肉だ。
 切断面の肉が、体内よりオーラによって押し出されるように盛り上がっていく。

 切断された右腕と、切断された右足。
 双方盛り上がった肉が欠損部を補うように伸びていき……。
 形を整えて……。
 最終的には完全に元通りの手足として復元した。

「再生した……!?」
「そんな!? トカゲの尻尾じゃあるまいし!?」

 これには目撃した全員驚く。

「見たか……! これが最強爆裂勇者たるこのオレ様の力だ。オレ様に不可能はない。何でもできる! 何にでも勝つ! 敗北はない! 最強で最高なのだあああああッ!!」

 再びヤツの体から濃厚なオーラが噴出し、暴風となって俺たちに吹き付ける。

「力任せに放出するのが一番強いなアイツは……!?」

 オーラの暴風はピガロを中心に外へと拡散していくため、俺たちには逆風となって接近できない。

「なんてオーラ量だ……!? やはり……!?」

 ミスリルを食って力に変えたことがそんなに大きいのか?
 ここに来てピガロの異様なパワーアップは、ミスリル食以外に原因がない。

「素晴らしい! 素晴らしいいいいいいッ!! あの御方が教えてくださったこの力はオレ様にすべてを許してくれるぞおおおお!! オレは最強だ! 万能なのだあああああ!!」

 超膨大オーラによってヤツの肉体は過剰活性し、失った手足ですら容易に再生させることができた。
 それだけにはとどまらない。
 ヤツの体から三本目四本目の手が、足が、それに続いて羽や尻尾や、本来人体に備わっていないものまで生え出してくる。

「あれ? あれええええええッ!?」

 それにピガロ自身まで驚く。

「なんだあああッ!? なんだこれは!? 止まらない!? オーラによる肉体活性が止まらない!? 何かよくわからないものがニョキニョキ生えてくるううううッ!?」

 何だアイツ?
 もしや自分の体の活性化を制御できていないのか。

「止まれ!? 止まれ止まれえええッ!? ダメだ、なんか色々生えてくる!? もう生えるなああああ!?」

 そろそろピガロが原型を留めなくなってきた。

「村長、これは……!?」
「自分を超える力を手にしてしまった……、反動かな?」

 そうとしか考えつかなかった。

 俺自身今まで知る由もなかったが、ミスリルは単に鉱物であるだけでなく摂取すればオーラ量を莫大に高める栄養剤にもなるらしい。

 ピガロはその方法で自分のオーラを限界以上まで強化した。
 限界より、さらに上へ。
 それが命取りになった。

「オーラは、宿るものを強化する。ミスリルを原因にして発生したオーラは、所詮ヤツ自身のオーラじゃなかった」

 ここでもまた借り物で威張り散らしていただけだったのだヤツは。

「しかしヤツ自身に制御できる量を明らかに越え、暴走したオーラが勢いのままにアイツを強化し始めた。根本から作り返るほどに……」
「うぎゃああああッ!? 助けてええええッ!?」

 なんか色々なものが生えすぎたピガロは、もはや肉塊と言って差し支えなく、何処から声を出しているかわからないほどだった。

 ミスリルをバクバク食いまくっていたからな。
 上乗せされたオーラ量がミスリルの摂取量に比例するなら、ピガロは越えてはいけないラインを充分越えてしまったと確信できる。

「痛い痛い痛い痛い痛い痛いッ! 助けてええええッ!?」

 自分の体が無理やり作り替えられているのだ。元の構造をぶち壊されて違うものに変えられる。
 想像を絶する激痛が伴うことだろう。

 しかしピガロに訪れる悲劇はそれだけに収まらなかった。

「あッ?」

 もはやわけがわからないピガロから様々に伸びた手やら足やら尻尾やら角やら翼やら触手やら。

 それらの先端が、白く変色しだした。

「へッ?」

 まるで枯れていくかのように。
 白化は、各々の先端から広がっていき中央へと向かっていく。
 ピガロの本体自身に。

「なんです? なんで白くなっていくんです?」

 もはや俺たちはただ見守るだけの人々になっていくが、それもよかろう。

「灰だ……!」

 あの、白の正体は灰。

「過剰に成長しすぎたヤツの体が生命力を使い果たしたんだ。そして灰になった」

 その証拠に、白くなったヤツの体の先端の部分は、ボロボロ崩れて細かい塵になっていく。

「おげええええええッ!? やだ! やだああああああッ!?」

 灰化は、末端部分から中央へとジワジワ進んでいく。
 ゆっくりと、しかし一止まることなく。
 灰の白が中心に達した時、彼は……。

 ピガロだったものは泣き叫びながら終焉を拒否するが、彼の意思でもうどうにかなるものではなかった。

「邪法に手を出した者の末路か……」

 そうとしか表現のしようがない。

「ミスリル摂食によるオーラ増量法……。やはり相応のリスクがあるようだな。自分を越えた力を取り込めば制御できずに取り殺される……」

 そんなに簡単に強くなれる方法があるなら、もっと大々的に知れ渡っていなければおかしいのだ。
 なのに誰も知られていないと言うことは、メリットを台無しにするデメリットがあるということで、それゆえに廃れたんだろう。

「ぎゃあああああ!! 死にたくない! 死にたくない! 助けて! 助けてえええッ!?」

 誰に助けを求めるというのか?
 ついさっきまで自分が心底見下していた人々にか?

 自分だけを見て、他は誰も顧みない自尊心の塊は。
 自分自身もまた誰からも顧みられることなく灰になって散った。

『剣』の勇者ピガロは、結局誰かから倒されるということもなく。
 自分自身の愚かさによって滅びたのだ。