129-Episode 127: Makoto Takatsuki Can Escape




「姫、同調(シンクロ)しよう」

 先日の魔物の集団暴走(スタンピード)との戦いにて。
『RPGプレイヤー』スキルによる選択肢が現れた。 
(もし『ルーシー』じゃなくて、『フリアエ』さんと同調したらどうなっていたのか……)
 結果を把握しておきたい。

「えー、どうしよっかなー」
 フリアエさんは、乗り気じゃないような、ふざけているような態度。
「それより、お怒りの王女様にきちんと説明したほうがいいんじゃない?」
「え?」
 ぱっと後ろを見ると、

「……」
 頬を膨らませ、俺をジーっと見つめてくるソフィア王女が居た。
「……勇者まこと。月の巫女と同調して何をするつもりですか?」
 あ、あれ?
 怒ってる?

「じゃあね! 二人で痴話ゲンカしてなさい!」
 フリアエさんが、駆けだしていった!?
「お、おい! どこ行くんだよ!」
「魔法使いさんと戦士さんのところよ! 私も温泉行きたかったの!」
 と言いながら凄いスピードで走っていった。
 足速っ!
 なんだ、女子会のほうに参加したかったのか。

「「……」」
 そして、取り残される俺とソフィア王女。
 ソフィア王女の視線は、未だ冷たい。
「えっと、ソフィア。さっきの言った『同調』はですね……」
 俺は『RPGプレイヤー』スキルの選択肢について説明した。


「そうですか……。あなたのスキルの効果を確認するために」
 よかった、納得してくれたようだ。
「アヤさんに、聞きましたよ。何でもルーシーさんと『同調』する時は、キ……スを、するとか。まさか、あなたは月の巫女まで……?」
「しないから!」
 色々誤解を生んでる!

 あれは、ルーシーだけだ。
 ……ルーシーと同調(シンクロ)するのに毎回に『アレ(キス)』が必要なんだろうか?
 結局、調べられてないんだよなぁ。そっちも。

「私の時には……手を握るだけなのに……」
「え?」
「何でもありません!」
「あ、はい」
 この話題は危険だ。
 話を逸らそう。

「俺は魔法使い見習いなんで、一人じゃ戦力にならないんですよ」
 一応、精霊魔法があるけど。
 場所やらタイミングに依存する。
 俺は、自分のステータスやら魔力の話をして。
 最近は『同調』や『精霊魔法』を使った『魔法剣』でなんとか、やりくりしている状況を説明した。
 それを聞いて、ソフィア王女の表情が真剣になる。

「勇者まこと……、信じられないのですが、あなたの職業は『魔法使い見習い』なのですね」
「レベルは30を超えたのに、『魔力:4』ですから。中級魔法使いも絶望的ですよ。本当に弱い……、頼りない勇者ですいません」
 ははっ、と力なく笑う。

「そんなことはありません」
 俺の両手を掴んで、ソフィア王女が言葉を続けた。
「王都ホルン、太陽の国、そしてこの街であなたに助けてもらいました。王都の民、ローゼス騎士団、マッカレンの民、皆があなたに感謝をしています」
 まっすぐな視線を向けられ、俺の言葉を遮られた。
「誰もあなたを頼りないなどと思っていません」
「……ありがとう」
 自分をあまり卑下するのは、やめよう。
 あと、ちらっと後ろのほうに視線を向ける。

「「「「「……」」」」」
 それを少し離れた位置で見ている、守護騎士のおっさん率いるローゼスの騎士団たち。
 うん、気を使ってくれているのだろうけど。
 視線、めっちゃ感じるんですよね。
 まあ、王女の護衛だからね。
 仕方ないね。

「えっと、歩きましょうか」
「ええ、ところでどこに行くのですか? 勇者まこと」
「もうすぐ着きますよ、ほら、あの建物です」
 俺は大きな門のある屋敷を指さした。

「あれは、マッカレンの領主の屋敷ですね」
「はい、教団の女に聞いた情報をクリスさんやふじやんに伝えておこうと思いまして」
「なるほど。では、向かいましょう」
 ソフィア王女も異論ないようだ。
 俺たちは、門をくぐった。


 ◇


「こ、これはソフィア様とまこと様! よくいらっしゃいました!」
 もの凄く慌てたクリスさんが居た。
(うーん……アポ無しは、迷惑だったか)
 社会人の常識がなかったかも。

 ちなみにマッカレンの現領主であるクリスさんのお父さんは、体調を崩されているとかでクリスさんが領主を代行しているらしい。
 もちろん、ふじやん、ニナさんも一緒だ。
 俺とソフィア王女は、大きな応接室に案内された。
 護衛の騎士団たちは、別の場所で待機中である。

「実は、蛇の教団からこんな話を……」
 俺はさっきフリアエさんが、聞き出してくれた話を共有した。
 三人の表情が険しくなる。

「またあの規模の魔物が来れば、持ちこたえられるカ……」
「至急、城壁を強化しましょう!」
 ニナさん、クリスさんの口調は厳しい。

 それにしても、魔物を呼び寄せた原因が俺なのに「出ていけ」とかは言わないのか。
 もう少し、非難されるかなって思ったんだけど。

「ローゼス王家から兵力を、多少であればマッカレンへ融通できます」
「いえ! ソフィア様! それでは王都の守護に影響します。そのようなわけには……」
 あ、別で話が進んでしまっているな。
 一応、考え無しでやってきたわけではないので、俺の考えも伝えないと。

「タッキー殿、何か考(・)え(・)が(・)あ(・)る(・)な(・)ら(・)、教えてくだされ」
 ふじやんが、俺が話し出しやすいように振ってくれた。
 流石、親友。
 話がわかる。
「ああ、実は……」
 俺は自分の計画を伝えた。


 ◇


「そ、そんなことが可能なのですか!?」
「それなら、確かに前回の規模の魔物が来ても耐えられると思いマス!」
「相変わらず、面白いことを思いつきますなぁ」
 クリスさん、ニナさんが驚き、ふじやんが苦笑する。

「……その方法は、エイル様がお許しにならない可能性が……えっ? いいんですか?」
 最初、厳しい表情だったソフィア王女。
 でも、エイル様がフォローしてくれたみたい。

「エイル様、ありがとうございますー」
 聞こえるかわからないが、天井に向かってお礼を言っておく。
「あ、あのっ! なぜ、エイル様はあなたを『まこくん』と呼んでいるのですか!? 随分、親しそうなんですが! いつの間に!?」
「あー、うん。気のせいですよ」
「何か隠していませんか?」
 エイル様、ソフィア王女にはもう少し厳格な感じでお願いします。

「……」
 じーっと、こちらを見つめてくるソフィア王女。
「なんですか?」
「いいえ」
 ぷいっと、クリスさんのほうへ行ってしまった。

「クリスティアナ・マッカレン。話があります。時間をもらえますか?」
「は、はい! マッカレンの城壁の増築計画についてですね? ローゼス王家の承諾をソフィア王女に決裁をいただこうと思っておりました」
「わかりました、それでは向こうで話しましょう」
 ソフィア王女と、クリスさんは別の部屋へ行ってしまった。

 取り残されたのは、ふじやんとニナさんと俺だ。
 俺は、さっきの会話が理解できなくてふじやんに質問した。

「城壁を増築するだけで、ソフィア王女の許可がいるの?」
「うーむ、平和な時代が長く続いたので、その時の規則なのですが……」
 なんでも、領主が自分の街の城壁を勝手に強化したり、兵士の数を急に増やすと『反乱』を疑われるのでローゼス王家の許可が必要らしい。
 なんと、色々面倒な。

「クリスは大変そうですネー。政治絡みは、私が手伝えなくテ」
 ニナさんは、申し訳なさそうにウサギ耳を垂らしている。
「ははっ、違いますぞ。先ほどソフィア王女がクリス殿と話したいというのは、政治の話ではないですからな」
 ふじやんが、笑いながら言った。

「「?」」
 俺とニナさんが顔を見合わせる。
「ソフィア王女は、どうやら『自分の婚約者の、自(・)分(・)以(・)外(・)の(・)恋(・)人(・)と』どのように付き合えばよいか、クリス殿に相談したいようですなー」
「……え?」
「あ~、なるほド」
 なんだって?
 俺は、一瞬理解が追いつかず。
 ニナさんが、ポンと手を打つ。

「そう言えば、高月様と旦那様は、状況が似ておりますね。高月様のほうが、大変そうですが」
 ニナさんが、こちらを意味ありげに見つめてくる。

 次期マッカレン領主のクリスさんと、ゴールドランク冒険者のニナさんの二人が奥さんであるふじやん。
 貴族と冒険者の組み合わせ。
 確かに、ソフィア王女とルーシーとさーさんの組み合わせも似た感じか。

(……ふじやんのところは、うまくいってるように見える……けど)
 最初の出会いの時は別として。
 現在のニナさんとクリスさんは、非常に仲が良い。

 現在、一時的に同居中のソフィア王女と、ルーシーとさーさん。
 今のところ、問題ない……はず。

「高月様。頑張ってくださいネ」
「タッキー殿、疲れた時は飲みに行きましょうぞ」
 ふじやんとニナさんに、肩をぽんと叩かれた。
 ええー、ナンデ? 

「ところで、タッキー殿。時間があれば、近々オープンする拙者のお店に行きませぬか?」
「ふじやんの新店?」
 へぇ、それは興味あるかも。

「どんな店?」
「行けばわかりますぞ。ちょうど、昼食時ですから、一緒に行きましょう」
「では、私も護衛でご一緒しますネー」

 仕事(?)中のソフィア王女とクリスさんには、伝言を残し。
 俺たちは、屋敷の外に出かけた。


 ◇


 俺はふじやんとニナさんに連れられ、商店街のほうにやってきた。

「ここですぞ」
「お、おお……これは」

 最初に気づいたのは『匂い』。
 異世界では、まず出会えなかった濃い豚骨を茹でる香り。
 店の中はカウンターのみのようで、一見すると厨房は見えないが、巨大な寸胴鍋から湯気がもうもうと立っている。
 匂いの元は、あの鍋からだろう。

 黄色い大きな看板には『フジワラ家』と書かれてある。

(こ、これは……)

「ささっ、タッキー殿」
「う、うん」
 恐る恐る暖簾をくぐり、席に着く。
 ふじやんが、それに続いた。

「旦那様ー、高月様ー。ワタシは、見張りをしてますのでごゆっくりー」
 ニナさんは、店に入らないらしい。
「ニナ殿は、どうも苦手なようです」
 ふじやんが説明してくれた。

「らっしゃい、お好みは?」
 店主らしき男が、問うてくる。
 こ、これはアレか? 異世界で通じるのか。

「か、固め、普通、普通で」
「あいよ」
 オーダーが通った!?
「拙者は、固め、濃いめ、多めで。あとライスを」
「あいよ」
「ふじやん、早死に三段活用だよ、それは」
「ふふふ、しかしこれだけはやめられませんな」

 高校の授業が終わった帰り道。
 大井町のラーメン屋に一緒に行った時も、いつもその頼みかただったからなー、ふじやんは。
 懐かしい。

 ほどなくして、目の前にラーメンの丼が置かれる。
 ごくり、と喉が鳴る。
 木製のレンゲを使って、スープをひとすくい。

(熱っ!)
 でも、美味い!
 濃厚な豚骨醤油の味が、舌に広がる。
 トッピングのおろしニンニク(らしきもの)を少しスープに溶かす。 
 それを麺に絡ませ、すする。
 前の世界で食べた、あの味だ! 

 あとは、一心不乱に麺をすすった。

(う、美味かった……)

「ふじやん! ここのラーメン屋はいつオープン!?」
 ここには、通いつめないと!

「えっとですなー、すぐにでもオープンしたいですが、問題がありまして」
「問題?」
 こんなに美味いのに?
 味は、なんも問題ないだろう!

「旦那様が、この麺料理をあり得ないくらい低価格で提供しようとしているのですヨ」
 ニナさんが、ちょこんとのれんから顔を出して教えてくれた。
「ニナ殿! ラーメンは、庶民の味方ですぞ! 低価格でなければ意味がありませんぞ!」
「でも売れば売るほど赤字ではダメでス!」
 ニナさんがぴしゃ、っと言い切って、ふじやんがしょんぼりする。

「赤字なんだ……」
 確かに、異世界で日本と同じ味を再現するのは大変だと思ったけど。

「材料費が高すぎるんですヨー」
「しかし、材料を妥協してはこの味が出せぬのです!」
「でも、旦那様の言う価格ではダメデス!」
「さ、サイドメニューやドリンクで、利益を出せば……」
「それだと、客の回転率が下がりマス。……これって、旦那様が教えてくれたんですけどネ」 
「うぐぐっ……」
 ふじやんが、ニナさんに論破されている。
 オープンまでには、時間がかかりそうだ。
 味は最高なんだけどなぁ。

(オープンしたら、さーさんを誘おう)
 でも、昔ラーメン屋に誘ったら「えー」って顔されたっけ……?
 いや、こっちに来てラーメンは食べてないはず!
 そんなことを考えつつ、ふじやんとニナさんの議論を聞いていた。

 その後は、ふじやんやニナさんと別れ、家に帰ると「あれ? 高月くんラーメン屋行ってきた?」とさーさんに聞かれた。

 ふじやんの店の話をすると「次は、絶対行くから!」と言ってくれた。
 よかった。
 誘って正解だったみたいだ。

「「……」」
 ソフィア王女と、ルーシーがめっちゃ行きたそうにこっちを見ていたので、一緒に誘いました。
 ルーシーはともかく、ソフィア王女は大丈夫だろうか……?

 ラーメン屋に、王女様……。
 ダメでは?


 ◇


 ――その夜。

 俺は、夢を見た。
 何も無い空間。
 女神様の場所。

 今日に限って言えば、俺が望んでやってきた。
 どうしても、ノア様に相談したいことがあって。

「まこと。この子は、ほんっと、無茶ばっかりして。生贄術は今後禁止よ!」

 ちょっとだけ怒った風に、でも口調は優しく。
 ノア様が腕組みをして立っている。
 煌めく銀髪に、白い肌。
 淡いドレスが神々しい光を放っている。
 いつも通りだ。


 問題は、その隣(・)に(・)い(・)る(・)女(・)性(・)。


 慈愛に満ちた笑顔。
 透きとおった水色の髪に、青いドレス。
 背中にうっすらと見えている4対の光の翼。
 そこはかとなくソフィア王女と似ている。
 しかし、人とはかけ離れた神聖な空気を放つ御方がそこにいた。

「はろー、まこくん」

 その女性は、ひらひらと手を振ってこちらへ微笑んだ。