47-047-Arrivals, the capital city of Muria!



 それから、旧街道を抜けるのに、2日かかった。

 シグルト渓谷を迂回するルートなので、本来のルートより、かなり遠回りになるんだ。
 でも、野盗やオーガもいないし、出てきた魔物は、クレイさんと仲間たちが追い払ってくれて、旅自体は順調だった。
 そうそう、癒しの霊水はなくなったけれど、

(うん、今日も大丈夫だ)

 身体が慣れたのか、僕も竜車で酔うことはなくなった。
 3人とも、結構、心配してくれてたんで、本当によかった。
 まぁ、僕が一番、安心してるけど。

 そうして2日目の夕方には、シグルト渓谷の対岸側にあった、本来の街道に戻ることができたんだ。

 その夜に、元々宿泊を予定していた村に辿り着いて、1泊した。
 最初に泊まった村と同じような規模で、宿屋のベッドはやっぱり、

(もう少し、藁を敷いて欲しいかなぁ?)

 という硬さだったよ。

 それと、僕ら4人と他のお客さんの距離感は、相変わらずだった。まぁ、ずっと竜車の中にいるから、接点自体がないんだけど……ちょっと残念。

 3日目は、なだらかな丘陵地帯を抜ける。

 窓の外には、波打つ草原が、どこまでも続いている――まるで緑の海原みたいだ。

 その海原に、街道の1本線が伸びている。
 僕らの乗る竜車は、そこをトコトコと進んでいる最中だった。

 窓から吹き込む風には、草木の匂いが強い。

 それに目を細めていると、隣のイルティミナさんが教えてくれる。

「この草原の先に、王都ムーリアがあるんですよ」
「わ、そうなんだ?」

 そんな近くまで、来てたんだ。
 ちょっと、ドキドキしてきた。

(色々あって、長かったような、でも、あっという間だったような……)

 時間の感覚って、本当に不思議だね?

 そんなことを思いながら、僕の青い瞳は、広がる草原の景色を見つめていた。


 ◇◇◇◇◇◇◇


 そこから、しばらく進むと、街道がもう1つ現れた。

(おや?)

 それは『人』の字のように、僕らの街道と合流する。なんだろう、この道は?

「シュール方面からの道ですよ」
「シュール?」
「東にある港町です」

 イルティミナさんの説明に、ソルティスが付け加える。

「王都にはさ、色んな方面から道が伸びてるの。今まで私たちの通ってきた道も、その1本だったってだけよ」
「あ、なるほど」

 そういうことか。
 王国の中心となる場所の規模を、僕は、まだはっきり理解してなかったらしい。

 そして、その実感は、僕の目の前に、次々と現れ始める。 

 道の合流は、それから2度あった。
 そうして今や、街道の広さは、3車線から6車線ぐらいになった。

(うわぁ、車の群れだ)

 合流先の街道には、20台ぐらいの馬車や竜車が、列になっていた。全て、王都に向かう車両らしい。どうやら僕らの来た道は、支流であり、こっちの方が本流みたいだ。
 僕らの竜車も、その流れに乗って進んでいく。

 今までは、ずっと3台だけの道だったのに、今は、すれ違う車両も多い。

(音が、凄いな)

 車輪の地面を回る音が、とても騒がしい。土煙も、かなり舞っている。

 窓から、顔を出す。
 草原の道の前後に、どこまでも車両が連なっていた。

 と――僕の視界が、急にかげった。

 最初は、太陽が雲に隠れたのかと思った。でも違う。

(うわ、翼竜だ!?)

 青い空には、巨大な翼を広げた竜が飛んでいた。

 ひーふーみー……全部で、7頭もいる。

 遠いのではっきりしないけど、体長は、1頭でも赤牙竜ぐらいありそうだ。
 キルトさんも、「ふむ」と窓の外を見上げて、

「あれは、王都のシュムリア竜騎隊じゃな」
「竜騎隊!?」

 いわゆる、竜騎士の部隊かな!?
 うわ、格好いい!

 確かに、巨大な竜の頭部には、騎士らしい姿の人が乗っている。

「おーい、おーい!」

 見えるとは思えないけど、思わず、身を乗り出して、手を振ってしまった。

「フフッ、マールったら」
「男の子って、本当、空を飛ぶ竜が好きよね……」

 美人姉妹の姉は優しく笑い、妹は呆れたように僕を見る。

 竜騎隊の翼竜たちは、あっという間に僕らを追い越し、草原の彼方へと飛んでいく――その緑色の地平線に、白い輝きが見えた。

(ん? あれは……)

 もしかして、城壁だろうか?
 メディスの聖シュリアン教会の屋根のように、キラキラと光っている。

(でも、かなり広いぞ?)

 地平線のほとんどに、その白い城壁は重なって見えていた。1、2キロでは済まない長さだ。

「見えてきたの」
「はい」
「ようやく帰ってきたかぁ」

 3人の魔狩人は、久しぶりの我が家に着いたような顔をする。

 やっぱりあれが、

(王都ムーリア!)

 風に髪を遊ばれながら、僕は、窓から身を乗り出したまま、しばらく、その輝きに魅入られていた。


 ◇◇◇◇◇◇◇


 城壁が見えてから、実際に、そこに到着するまでは3時間もかかった。

(地平線まで進むって、大変だ……)

 本当は、かなりの距離があるのに、見えているから、すぐそこにあると錯覚しちゃうんだ。

 そして、城壁が近くなると、

「大渋滞だね……?」 
「いつものことよ」

 ソルティスが、うんざりしたように言う。
 城壁から続く、馬車や竜車の車列は、何十台どころか、何百台にもなっていた。1分かけて10メートル進むような、ノロノロである。

「なんなの、これ?」
「皆、王都ムーリアへの入街手続きを待っているんですよ」
「ま、名物じゃな」

 イルティミナさんは苦笑し、キルトさんは言ったあとに欠伸をする。
 えぇ……。

「どの位、待ちそう?」
「この車列の長さだと、2時間ぐらいでしょうか?」
「…………」

 ちょっと遠い目になってしまう僕。
 でも……まぁ、いいか。

(もうここまで来たし、王都は逃げないんだから)

 うん、気長に行こうよ?

 自分に、そう言い聞かせ、『大丈夫、大丈夫』と思い込ませる。

 退屈しのぎに、僕は、改めて、王都ムーリアの城壁を見る。

 高さは、50メートルぐらいはあるかな?
 石か金属か、材質のわからないキラキラした素材でできている。でも、とても頑丈そうだ。

 そのキラキラした城壁は、左右にどこまでも続いている。
 少なくとも、僕のいる場所からは、果てが見えない。とてつもない長さがありそうだった。

(城壁の上にあるのは、大砲かな?)

 黒い筒先が、何本も見えている。
 メディスの弓兵とは比べものにならない、強力な迎撃システムだ。うん、とても威力がありそうで、恐ろしい。

 僕らの車列の先には、巨大な門がある。
 美しい装飾が施され、まさに王都ムーリアの威容を、訪問者たちに見せつけるような感じだ。

 門の左右には、とても大きな旗が飾られている。
 きっと、シュムリア王国の国旗なのかな?

(あれは、戦の女神シュリアン様だよね?)

 そこに描かれる女性の姿は、メディスの教会で見た女神像に、特徴がそっくりだった。
 う~ん?

(もしかしたら、ここは宗教国家なのかな?)

 そうなると、この車列の人たちも、ほとんどが聖シュリアン教の信者なのだろうか?

 僕は、3人を見る。

「あの、もしかして、みんなも聖シュリアン教の信者なの?」
「え?」
「いや、違うが?」

 驚く彼女たちに、僕は、今思ったことを聞いてみた。
 3人は頷いて、

「まぁ、シュリアン様は好きだけど、私たちは信者じゃないわね」
「ふぅん? でも、好きなんだ?」
「女神シュリアンは、戦神です。ですので、聖シュリアン教は、『強さ』を美徳とするのです。戦いに長(た)ける『魔血の民』としては、その考え方が好ましくあるのですよ」

 あ……。

「無論、差別はあるのじゃが、それでも他の国に比べて、暮らし易い国じゃの」
「そ、そっか」
「王都ムーリアの30万という王都国民の7割は、聖シュリアン教じゃな。残り2割は、正義の神アルゼウスや愛の神モアを信仰し、残りの1割は、他の神か無神論者じゃ。――わらわたちは、その1割に含まれるかの」

 なるほどね。

(でも、この王都には30万も人がいるのかぁ)

 ちょっとびっくり。
 そして、その21万人が信者とは、これまた驚きだ。

 そんな僕に、イルティミナさんが、もう少し教えてくれる。

「聖シュリアン教は、国教です。しかし、強制ではありません。なので、私たち『魔血の民』は、無神論者が多いですね」
「なんで?」

 僕は、考えなしに聞いた。
 イルティミナさんは、ちょっと困ったように笑う。

 代わりにソルティスが、不機嫌そうに答えた。

「神様の名前で、『悪魔狩り』してたのよ? 30年前まで、ずっと」
「…………」
「聖シュリアン教だけじゃなくて、他の神様の教えでもね。だから、女神シュリアンは好きだけど、別に仕える気はないわ、私」
「まぁ、そもそも『魔血の民』は、信者になることを断られるケースも多いがの」

 と、付け加えるキルトさん。
 僕は、自分の浅はかさを呪った。

(少し考えれば、わかったはずなのに……)

 何も考えず、口にした自分が情けない。

 落ち込む僕の髪を、イルティミナさんの手が優しく撫でる。

「それでも、ここはいい国ですよ?」
「……そう?」
「はい。少しずつですが、『魔血の民』への差別は減っています。その急先鋒が、この国であり、そして、この王都なのですから」

 ……そっか。
 僕は、顔を上げた。

 世界は、すぐには変わらない。でも、変えようと、この国はがんばっている。それはきっと、凄いことだ。
 だからこそ、3人も、この国にいるんだと思う。

(よし! 僕も、このシュムリア王国でがんばろう!)

 小さな拳を握って、僕は、そう決意するのだった。 


 ◇◇◇◇◇◇◇


 そんな風に話をしている内に、夕方になった。
 街道に並んだ『灯りの石塔』の輝きが、草原の彼方まで光の道を創りだし、なんだか幻想的である。

 そうして美しい風景を眺めていると、ようやく僕らも城壁内にある詰め所で、手続きに入った。といっても、手続きを行うのは、馬車ギルドの御者さんと代表者であるキルトさんだけだった。

 僕らは、ただ竜車で待つだけで、

「――待たせたの」
「早っ!?」

 2時間並んで、手続き5分で終わったよ。

 呆れながら、僕らの竜車は、王都ムーリアの城壁内へと入っていく。

「……うわぁ」

 呆れはどこかに吹っ飛んで、感嘆の声が漏れた。

 ――巨大な街が、そこにあった。

 メディスも大きいと思ったけど、それとは比べ物にならない広さだ。建物の数も、人の数も、異常に多い。そして、街全体が美しい。

 何よりも目についたのは、大通りの先にある長い階段の果てに鎮座した、湖上の美しい光の城だ。

 光沢のある外壁の、巨大な建物だ。
 尖塔が多くて、ちょっと神殿みたいにも見える。

 そんなお城が、大きな湖の上に、造られていた。

「あれが、神聖シュムリア王城です」
「神聖シュムリア王城……」

 青い瞳を見開き、魅入っている僕へと、イルティミナさんが笑って教えてくれる。

 王都ムーリアは、大きな湖に面した半月形の都市だった。

 城壁は、お城を中心に、時計でいう『2』から『10』の位置まで囲うように、湖の中にまで造られている。その湖に、何本もの柱を建設し、その上に長い階段とあの美しい神聖シュムリア王城が造られていた。

(……凄く綺麗で、格好いい)

 僕は、陶然となってしまう。

 お城の正面、階段の下の大広場には、10メートルはある巨大な戦の女神シュリアン様の像が、城を守護するように立っている。また像の奥、階段の手前には、お城と同じような大きさの、美しいドーム型の建物があった。

「あの湖は、太古の昔、女神シュリアンが、初めて地上に降臨した場所だそうです。そして、シュムリア王家の者たちは、その『女神シュリアンの子孫』なのだと伝わっています」

 え……?

「王家の人たちが、女神の子孫!?」
「はい。私たちとは、真逆の存在になりますね」

 真紅の瞳を伏せて、イルティミナさんは、ちょっと複雑そうに笑っていた。

「あのドーム型の建物は、聖シュリアン教会の総本部となる聖シュリアン大聖堂です。要するに、『女神の子孫』である王族を守る信徒たちが、あそこにいるのですね」
「ふむふむ」
「そして、大聖堂にいる神殿騎士たちは、王家を守る竜騎士にも劣らぬ、強者揃いなのですよ」
「……イルティミナさんよりも強い?」

 僕の視線に、彼女は、微笑んだ。

「1対1なら負けませんが、集団戦なら難しいでしょう」
「じゃあ、キルトさんなら?」
「キルトなら、勝ってしまいそうですね」
「おいおい」

 勝手なことを言うな、と、キルトさんは突っ込む。
 でも、『勝てない』とは言わなかった。

 そんな話をしていると、僕らの竜車は、王都ムーリアの乗合馬車の乗降場へと到着する。

(ここも広いね)

 メディスの円形の広い乗降場が、ここには10個ぐらい並んでいる。

 イルティミナさんは、久しぶりに赤牙竜の牙も積まれた大型リュックを背負った。
 キルトさんも、サンドバッグみたいな皮袋の紐を肩に担ぐ。

「世話になったの」
「い、いえ。こちらこそ、お客様のおかげで命拾いをしました」

 ペコペコと年配の御者さんが頭を下げる。
 まだ怖いんだ。

 それを横目に、僕は、灰色竜の前に行った。

「ありがとね」

 また尻尾で攻撃されないよう距離を保って、でも、心を込めて言った。

 もちろん灰色竜は何も応えてくれないし、ただ生臭い息を『ブフッ』と吐くだけだった。
 でも、見ていた若い御者さんも、怖がってた年配の御者さんも、優しい顔になった。

 僕は、2人にペコッと頭を下げる。

「お世話になりました」

 彼らも慌てて、僕に頭を下げてくれた。
 それを見届けて、僕は、イルティミナさんたちの方へと戻る。

 ふと後ろを見た。

 他の馬車や竜車からも、3人連れの親子や巡礼者さんの団体が、降りていた。
 ちょっと目が合った。

「…………」
「…………」

 ペコッ
 ペコペコッ

 なんとなく、みんなで頭を下げ合った。
 色々とあったけれど、今の僕らには、これだけでも充分な気がした。ちょっとだけ、気持ちが晴れやかになった。

「キルトさん、マール君」

 向こうの御者さんと話していたクレイ・ボーリングさんと仲間の冒険者たちが、こちらに気づいて、手を振ってくれた。

「またね、クレイさん、シャクラさん!」

 僕も笑って、振り返す。 
 いつか、彼らの冒険者ギルド『黒鉄の指』にも、行ってみたいな――なんて、ふと思った。

 こっちの3人も、彼らに片手を上げていた。

「では、行くぞ」
「うん」

 キルトさんに言われて、僕は頷いた。
 人が多いのではぐれないよう、イルティミナさんが白い手を伸ばしてくる。
 僕は、それを握った。

「…………」
「…………」

 言葉はなく、でも心が繋がったような感じ。

「まずは、わらわたちの所属する冒険者ギルド『月光の風』に、早う報告に行かねばな」
「期日ギリギリだもんね」

 ソルティスの呟きに、キルトさんは「うむ」と頷く。

 そして、パーティーリーダーの美女は歩きだし、紫色の髪の少女が続く。
 僕とイルティミナさんも、それに続いた。

(みんなの所属する冒険者ギルドかぁ)

 どんな場所だろう?
 ちょっとワクワクするね。

 夕暮れに染まった王都ムーリアは、雑多な音と匂いに包まれ、たくさんの光と人々に賑わっている。
 僕ら4人の姿は、その人波に飲まれた。

 まだ見ぬ新しい場所へ、僕の胸の中には、大きな期待と小さな不安が溢れていた――。