155-153-Destroy the tattoo demons!



 立ち向かうアルン兵士たちを、刺青の集団は、次々と倒していく。

 腕の一振りで、重装兵である彼らは吹き飛ばされ、その重厚な鎧や盾ごと肉体を破壊されていく。

(……強い)

 遠目でも、その凄まじさは、はっきりわかる。

「この時代の『魔の眷属』も、なかなかやるやないか」
「そうね」

 ラプトは不敵に笑い、レクトアリスは冷静に頷く。

 キルトさんが、鉄の声で言う。

「向こうは10人、こちらは6人。数の上では負けておるのじゃ、気を引き締めよ」
「うん」
「はい」
「わかってるわ」

 頷く僕ら。

 その金色の瞳が、僕を見た。

「マール。そなたとわらわで前衛に立つ」
「うん」
「イルナは、その後方じゃ。その位置から、わらわたち2人のサポートをせよ」
「承知です」

 僕の肩に手を置いて、イルティミナさんは大きく頷く。

 キルトさんは、他3人を見た。

「そなたら3人は後衛じゃ。ソルは、攻撃する必要はない。ただ回復魔法だけに専念せよ」
「わかったわ」

 珍しく、生真面目な表情で頷く少女。

「ラプトとレクトアリスは、死んでもソルを守れ。下手をすれば、回復役のソルが一番に狙われる」
「おう、任せや」
「了解よ」

 2人の『神牙羅』は、頼もしく承諾してくれる。

 キルトさんは、僕らを見回した。

「奴らは強い。しかし、我らも強い。わらわは、わらわたちが負けるとは、欠片も思わぬ」

 その金色の瞳に秘められた、深い信頼。

 彼女は笑った。

「さぁ、行くぞ! 奴らを倒し、この世界を守るのじゃ!」
「うん!」
「はい!」
「えぇ!」
「おうよ!」
「やりましょう!」

 僕らも気合を込めて、大きな声で返事をした。

 そして、僕は腰ベルトのポーチから、『神武具』を取り出す。ラプト、レクトアリスも同じように、自分の『神武具』を取り出した。

 僕らは、それを高く掲げる。

「コロ、その力を貸して!」

 ヴォン パァアン

 直径3センチほどの虹色の球体は、一際、光り輝くと、無数の光の粒子へと砕け散り、渦を巻きながら僕らの背中に集束して、金属製の大きな翼を作りだす。

 僕の身体が、宙に浮く。

「イルティミナさん」

 彼女に手を伸ばす。

 イルティミナさんは真紅の瞳を細めて、眩しそうに僕の姿を見つめ、

「はい、マール」

 その白い左手で、しっかりと僕の手を握る。

 翼を生やしたラプトとレクトアリスも、それぞれ、キルトさん、ソルティスと手を繋いだ。

「頼むぞ、3人とも」
「うん」
「任せてや」
「大丈夫。途中で落としたりしないわよ」

 最後のレクトアリスの言葉に、僕らは小さく笑う。

 そして、体内の『神気』を流し込んで巨大な翼を輝かせると、それを大きく羽ばたかせた。

 ヴォオン

 光の粒子を散らしながら、僕らは空へと上昇する。

 この手の中に、しっかりと感じるイルティミナさんの重さが、なんだかとても愛おしくて、絶対に離すもんかと思った。

「じゃあ、行くよ」
「はい」

 確かな信頼のこもった返答の声。

 一瞬、見つめ合い、そして笑い合った。

 すぐに気を引き締め、前を向く。

(奴らを狩る!)

 覚悟を決めると、再び、巨大な翼をはためかせる。

 次の瞬間、防衛砦の見張り塔の上から、青い空を横切って、3本の光の軌跡を残し、僕ら6人は戦場の上空を飛翔していった――。


 ◇◇◇◇◇◇◇


 眼下では、刺青の集団の殺戮が続いていた。

 アルンの兵士たちは勇敢だった。

 仲間がやられれば、自らの身を挺して負傷者を庇い、穴の空いた隊列を埋めようとする。けれど、その勇敢さを歯牙にもかけず、武器も持たない無手の集団は、その刺青の輝く手足のみで、アルン兵たちを吹き飛ばすのだ。

(くそっ、早く降りないと!)

 僕らは、その現場へと上空から近づいていく。

 と、

「――降ろせ」

 キルトさんが短い声と共に、自らラプトの手を外した。

「おい!?」
「ちょ……キルトさん!?」 

 僕らは慌てた。

 高さは、まだ100メード以上ある。

 けれど、キルトさんは豊かな銀髪をなびかせながら、まるで矢のような姿勢で、一直線に地上目指して落下する。

 その手が、背負っている『雷の大剣』の柄を握って、

「鬼剣・雷光斬!」

 落下の威力を加えた一撃を、直下にいた『刺青の男』めがけて解き放った。

「!?」

 気づいた『刺青の男』の驚愕の顔。

 ドッゴォオオオン

 激しい土煙が舞い上がり、弾けるように青白い放電が一帯へと広がった。

(う、わっ!?)

 爆風がぶつかり、まだ空にいる僕らを揺らす。

 コキュード地区に流れる強風が、すぐに土煙を押し流していく。

 そこに現れたのは、まるで隕石が衝突したかのように、地面に大きなクレーターの空いた光景だった。

 そのクレーターの底で、キルトさんが大剣を振り下ろした体勢で立っている。

 大剣の下には、上半身が潰された『刺青の男』が押さえ込まれていた。

 バチッ バチチッ

 大剣の雷が、触れる男の肉体を焼いている。

「ぐ……がっ……!」

 内臓がこぼれ、大量の血液が散乱している――普通なら絶命している怪我なのに、『刺青の男』は生きていた。

 痛みと憎悪の視線が、銀髪の美女に向けられる。

「――まず1人じゃ」

 それを冷徹に受け止め、

 シュッ バヂィイイン

 キルトさんは、素早くもう1撃を振り落とし、『刺青の男』の頭部を破壊した。

 まるでスイカ割りのスイカが叩かれ、弾けたようだった。

 頭部を失った肉体は、もはや動かない。

 凄まじい生命力を誇った『刺青の男』は、けれど最後に加えられた1撃によって、今度こそ絶命していた。

「…………」
「…………」
「…………」

 残された『刺青の男女』は、驚きに目を丸くしている。

(……こっちだって驚いてるよ)

 なんという戦闘センス。

 彼女は、落下の衝撃を、眼下の敵への攻撃によって相殺し、しかも、そのまま1人を倒してしまったのだ。

 タンッ

 軽く跳躍して、『金印の魔狩人』はクレーターの底から、『刺青の男女』の正面へと着地する。

 思わず、刺青の9人が後退った。

 キルト・アマンデスは、場の空気を完全に掌握し、静かに『刺青の男女』を睥睨する。

 タタンッ

 その後ろの地面に、僕ら5人も着地した。

「さすがだね、キルトさん」

 僕は、『妖精の剣』を抜刀しながら、恐ろしくて頼もしい銀髪の美女の隣に立った。

 キルトさんは、小さく笑った。

「不意打ちは、戦略の基本じゃからの」 

 事も無げに言い切る。

 そして彼女は、9人の『刺青の男女』を睨んだまま、大きな声を張り上げた。

「アルンの戦士たちよ、聞けい! この『刺青の者』たちの相手は、我らがする。そなたらは、各々の本来の役目を全うされよ!」

 ビリリッ

 空気が震えるほどの声量。

 その右手からは、黄金の紋章が神々しく光り輝いている。

 アルン兵たちは、驚愕から立ち直り、互いの顔を見合わせて、すぐに頷いた。

 部隊の指揮官らしき人物が叫ぶ。

「全軍、後退! ここは、シュムリアの守護者キルト・アマンデスに一任する!」

 ザザザッ

 アルンの兵士たちは、波が引くように整然と下がっていく。

 乱れた隊列を立て直し、襲い来る3万の魔物と再び対峙するために、次の戦場へと向かっていった。

「大したもんや」

 ラプトが感嘆の声を漏らす。

 僕とキルトさんが並んで立つ後ろで、イルティミナさんは無言のまま、白い魔法の槍を構えた。

 ソルティスも、いつでも魔法が使えるように大杖を構え、そんな彼女を庇うように、ラプトとレクトアリスの2人が斜め左右前に立った。

 戦闘態勢。

『刺青の男女』も、ようやく強敵の出現を認識し、その気配を一変させた。

 一方的な殺戮は終わったのだ。 

 9人、それぞれの表情から油断が消えている。

(……くっ!?)

 飲み込まれそうな膨大な『圧』がぶつかってくる。

 やはり、強者の気配だ。

 ケラ砂漠の戦闘では、『銀印の魔狩人』であるイルティミナさんと互角の強さだったんだ。ここにいる全員も、そのレベルだと思った方がいい。

 気圧されないよう、下腹に力を込める。

 そして、気づく。

(あ……飛竜の女だ)

 その9人の中央に、あのイルティミナさんの精神世界で見た、飛竜に変身した『刺青の女』を見つけた。

 7年経っても、容姿が変わっていない。

 いや、

(精神世界で見た時よりも、気配が強くなっている……?)

 恐怖の圧力が強い。

 やはり、精神世界で見たものは、現実と差異があったのか、ここにいる『飛竜の女』は、より強大な存在に思えたんだ。

『飛竜の女』が1歩、前に出た。

 もはや、キルト・アマンデスに気圧された様子は微塵もない。

「――そう、やはり現れたのね」

 それは精神世界で聞いたものと変わらない、艶がありながら、人の恐怖を撫でるような禍々しい声だった。

 真っ赤な唇を笑みの形に歪め、 

「きっと、ここに姿を見せるだろうと予想されていた。……本当に、あ(・)の(・)方(・)のおっしゃった通りだわ」

(あの方……?)

 怪訝に眉をひそめる僕。

 キルトさんは無言のまま、『雷の大剣』をそちらに向けて構えた。

 ザッ

 反射的に、8人の『刺青の男女』が姿勢を低くする。

「落ち着きなさい」

『飛竜の女』は、後方にそう声をかけた。 

 それから、キルトさんを見つめる。

「貴方もよ、シュムリアが誇る金印の魔狩人キルト・アマンデス。剣を引いて。――少し話をしましょう?」

 両手を顔の横に上げ、彼女は無抵抗を示した。

(話……?)

 あまりに予想外の展開。

 僕だけでなく、ソルティスとラプトも唖然としている。イルティミナさんとレクトアリスは、冷静に成り行きを見守っている顔だ。

 キルトさんは、剣を構えたまま、

「どういうことじゃ?」

 油断のない鉄の声で問いただした。

『飛竜の女』は妖艶に笑った。

「言葉通りよ。私たちに、貴方たちと敵対する意思はないわ」

(はぁ?)

 あまりな言葉。

 人類にこのような戦いを仕掛けてきておいて、今更、何を言っているのか?

 キルトさんの眼光も鋭くなる。

「そうは見えぬがの」
「でしょうね」

『飛竜の女』は、それを肩を竦めて受け流す。 

 そして、生真面目な顔で言った。

「でも、本当なのよ」
「…………」
「私たちは、確かに封印の破壊を目的としている。でも、あの方の計画では、少なくとも今回、それが人類の損になることはないわ」

 人類の損にならない?

「……悪魔を復活させて、損にならぬじゃと?」

 キルトさんも、怒気を抑えた低い声だ。

「そうよ」
「…………」
「だから、兵を引き、私たちを素直に行かせてちょうだい。貴方たちにとって、悪いようにはしないわ」

 ソルティスとラプトが顔を見合わせる。

(何を言ってるんだ、この人は?)

 僕は混乱した。

 不思議なことに、この『飛竜の女』の声には、嘘が感じられなかったんだ。

(でも、だからって……)

 見回せば、各地でアルン兵と魔物たちとの戦闘は、まだ続いている。

 その頭上には、巨大な『封印の岩』が青い空に浮かんでいて、緑の植物の生えた岩肌を陽光に輝かせていた。

「…………」
「…………」
「…………」

 奇妙な沈黙が、僕らの間に落ちていた。

 イルティミナさんの視線が、判断を仰ぐようにリーダーである『金印の魔狩人』を見る。

 銀髪を揺らし、彼女は大きく息を吐いた。

「意味がわからぬ。もっと詳しく話せ」
「それはできないわ。あ(・)の(・)方(・)の計画の詳細まで話していいと許可は下りてないもの」

(……あの方って、いったい?)

 表情に出ていたのだろうか、僕を見て、『飛竜の女』が笑った。

「貴方たちが、『闇の子』と呼んでいる御方よ」
「…………」

 ゾワリ

 崇拝にも似た口調に、背筋が寒くなった。

(……本当に、陶酔してる……)

 だからこそ、その声はあまりに甘くて、より恐ろしさを感じさせたんだ。

 キルトさんも同じものを感じたんだろう。

「計画は詳しく話せない。しかし、信用しろと」
「えぇ」

 彼女は頷いた。

「駄目かしら?」
「当たり前であろう。そのようなふざけた話、提案でも何でもないわ」

 ジャキンッ

 キルトさんが『雷の大剣』を構え直す。

 これ以上、聞く気はない――そう強い鉄の意志が感じられた。

「そう」

『飛竜の女』は、残念そうに吐息をこぼした。

 色っぽく。

 けれど、内側に隠していた破壊や殺戮へと衝動を開放できる、暗い喜びを滲ませて。

「なら、仕方がないわ。戦いになる可能性も、あの方の計画には含まれていたもの。悲しいけれど、互いの意志を貫くために、殺し合うことにしましょう?」

 妖艶な笑み。

 キルトさんも、凶暴な笑みで応えた。

「よかろう」

 ビリリッ

 皮膚が泡立つような感覚。

 この空間に、強烈な殺意が渦巻き始めたのだと、僕でも気がついた。

(負けるか)

 ギュッ

『妖精の剣』の柄を強く握り締める。

 9人の『刺青の男女』の瞳が、殺意にギラギラと輝いていた。

「行くぞ、マール!」
「うん!」

 キルトさんの声に応じて、僕らは動きだす。

 ――僕ら6人と『刺青の男女』9人の戦いは、こうして火蓋を切ったのだ。


 ◇◇◇◇◇◇◇


(――神気開放!)

 体内に宿る力の蛇口を開いて、僕は『神体モード』へと変身する。

 パチッ パチチッ

 弾ける白い火花。

 獣耳に、大きな尻尾。

 背中には『神武具』による虹色の翼を生やし、両手には『妖精の剣』に光の粒子がまとわりついて、『虹色の鉈剣』へと進化した両手剣を握っている。

「……ヤーコウルの神狗」

『飛竜の女』が畏怖の混じった呟きを漏らす。

 グッ

 正眼に剣を構える。

 隣では、キルトさんが僕を見て頼もしげに笑い、それから、『雷の大剣』を肩に預けるようにして、『刺青の男女』に向かい、低く構えた。

 空気が圧縮するような感覚。

 殺意の密度が、凄まじく高まっている。

「――やれ」

『飛竜の女』の短い命令。

 途端、5人の『刺青の男女』が襲いかかってきた。

(速い!)

 残像を残すような速度。

 迎え撃つのは、前衛に立っている僕とキルトさんの2人だけ。

 2対5。

(でも、やるしかない!)

 その時、後方に控えていたイルティミナさんの鋭い声が響いた。

「――羽幻身・白の舞!」

 光の羽根が周囲に吹き出し、それが集束して、3人の『光の女』を生み出した。

(イルティミナさん!)

 さすが!
 頼もしい増援だ。

 これで、5対5。

 僕らは、一斉に前へと踏み出した。

 ドンッ

 大地を凹ますほどの踏み込みから、全力での一閃を解き放つ。

 ドガッ ゴッ ガギィイイイン

(!)

 僕の繰り出した剣が、1人の『刺青の男』の右腕を斬り飛ばす――なのに、『刺青の男』は構わず、その右腕の傷口で僕を殴りつけてきた。

 ゴォオオン

 凄まじい衝撃。

 でもそれは、僕の背にあった金属の翼が身体の前に回り、盾のように自動で防いでくれていた。

(コロ、ありがとう!)

 すかさず、返す刀を振るう。

 トッ

 けれど、頸部を狙った1撃を、『刺青の男』は後方に跳んで簡単にかわす。

 それが僕らの攻防。

 けれど、その間に、他の4人の状況は一変していた。

『光の女』たちは、突進してくる『刺青の男女』に向かって、『光の槍』を突き出していた。

 鋭い突きは、『刺青の男女』の肉体に命中する。

 だというのに、僕の時と同様に、『刺青の男女』は負傷を意に介さずに攻撃を繰り出して、『光の女』たちを殴り倒していた。

 弾ける光の羽根。

 頭部を破壊された2人が消滅し、1人が左腕を吹き飛ばされる。

 見れば、『光の槍』を受けた『刺青の男女』の中には、腹部を貫かれ、内臓をこぼした状態の者もいる。それでも、痛みを感じていないのか、内臓を傷口に押し込んで、傷は煙を上げて修復されていく。

(なんて、耐久力だ……っ)

 僕が右腕を飛ばした男も、平然とした様子だった。

 相打ち狙い。

 その肉体能力を最大限に利用した戦法だ。

 背筋がゾクッとする。

(コロがいなかったら、僕もやられていたよ)

 唯一、危なげがなかったのは、キルトさんのみだった。

 一連の攻防によって、キルトさんの相手は、左腕を肩の根元から失っている。

 3対5。

 また数の上では、不利になった。

(でも、負けてないぞ!)

 きちんと押し返して、奴らにも負傷をさせている。これを繰り返せば、向こうだって、肉体の耐久量の限界を超えて、いつかは倒されるはずだ。

 少なくとも、すでに1人は倒せている。

 キルトさんの奇襲は、その結果を見せつけ、僕らに自信を与える効果もあったみたいだ。

 数秒の間。

 そして、再びの攻防が始まる。

 タンッ

 今度は、僕らから仕掛けた。

「やぁああ!」

 シュッ ヒッ ヒュン

 負傷した相手に向かって、連撃を繰り出していく。

 相手は無手だ。

 耐久力はあっても、『暴君の亀』のような強度はない。当たれば、負傷させられる。

 なのに、

(くっ……当たらない)

 向こうも馬鹿ではない。

 回避に専念することによって、こちらの攻撃を全てかわしていた。

 速すぎる。

『神体モード』になっているのに、向こうの方が1枚上手の速度だったんだ。

 ガシッ

(!?)

 その時、残った左手の指が、僕の振り下ろした剣を掴んで受け止めた。

(嘘でしょ!?)

 こんなの達人技だ。

 まるで万力に挟まれたように、剣が動かない。 

 一瞬の停滞。

 そこをついて、人数の余っていた1人の『刺青の女』がこちらに襲いかかって来る。

(ま、まずい!)

 剣を手放せば、武器を失う。

 ジッ ジジ……ッ

 その時、左腕の『白銀の手甲』が震え、その魔法石から、美しい『白銀の狼』が飛び出した。

 ジガァアアッ

「!?」

 驚愕する『刺青の女』。

 その首に噛みつき、それを軸にギュルンと巨体が回転すると、刺青の肌に突き立てられた牙は、その首を易々と切断した。

 ゴパァンッ

 地面に落ちた頭部を、白銀の足が踏み砕く。

 ジガァアアッ

『白銀の狼』が雄々しく吠えた。

(精霊さん!)

 歓喜に震える僕だったけれど、状況はそれで終わらない。

 ヒュボッ

 僕の頬をかすめるようにして、後方から、白い翼の槍が凄まじい速度で突き出された。

 それは、僕の剣を押さえていた『刺青の男』の顔面に突き刺さる。

 ドパァアン

 爆散。

 驚く僕の顔に、男の肉片と血液がぶつかる。

「無事ですか、マール」

 一瞬の隙を突き、後方から『刺青の男』を仕留めた『銀印の魔狩人』が、気遣わしげな声をかけてくる。

(イルティミナさん……)

 サポート役の彼女は、僕の不利な状況を見て、すぐに助けてくれたんだ。

 なんて頼もしい……。

 パァン

 その時、視界の奥で、最後の『光の女』が肉体を引き裂かれる光景が映った。

 光の羽根になって、消えていく。

 キルトさんはキルトさんで、なんと2人の『刺青の男』を相手に1人で戦っている。

 と、『光の女』を倒した『刺青の女』が変身した。

 メキメキ ガキィン

 その肌が破れ、下から、岩のような皮膚が盛り上がる。

 現れたのは、『岩人間』。

 そうとしか表現できない。

 灰色の濁った皮膚は、岩のように凸凹で、宝石のような眼球部分は4つある。それでありながら、美しい金髪はそのままだ。

 ビリリッ

 凄まじい『圧』。

(……っ)

 ついに現れた魔物の姿に、一瞬、気圧される。

 ジガァアッ

 それに対して、白銀の鉱石でできた大地の精霊獣が、素晴らしい速度で飛びかかった。

 ガキッ ギギギィ……ッ

 正確に首筋に噛みつき、でも、牙が通らない。 

(危ない!)

 バカン

 無防備な腹部を殴られ、白銀の巨体が跳ねる。

 腹部の鉱石がひび割れ、砕け、破片が美しく宙に舞って、光の雨のように煌めいた。

 たまらず牙を離し、よろめく精霊さん。

『岩人間の女』は、追撃しようと拳を振り上げて、

(させない!) 

 僕は、虹色の翼をはためかせ、低空から襲いかかった。

 ガシュッ

『暴君の亀』の皮膚さえ切り裂いた『虹色の鉈剣』は、『岩人間の女』の左腕を切断する。

 岩の表情が驚きを浮かべる。

 けれど、痛みはないようで、

(!)

 すぐに振り下ろされた右拳を、慌てて、虹色の翼で受け止めた。

 ゴゴォオン

「……がっ!?」

 金属の羽根が散り、拳が僕の腹部へと叩き込まれた。

 妖精鉄の鎧が陥没し、ひび割れる。

 ゴポッと、口から血が溢れた。

 虹色の翼と鎧で、威力を減少させていたはずなのに、この威力……僕は、地面へと崩れ落ちた。

「マール!」

 イルティミナさんの悲痛な叫び。

 追撃させないよう、僕の前に入って『岩人間の女』へと猛攻を加えている。

(う、動けない……)

 たった1撃で、手足が上手く動かせなくなった。

 と、『白銀の狼』が負傷を押して、僕の襟首を咥えると、後方へと引き摺っていく。

「ちょ……っ、マール!」

 ソルティスが慌てて駆け寄ってる。

 ジ、ジジ……

 少女の接近を確かめて、腹部の大半を失っていた誇り高い精霊さんは、ようやく僕の『白銀の手甲』の魔法石へと戻っていく。

(精霊さん……)

 呼びかける声も出ない。

「う、嘘やろ、自分」
「マール……」

 ラプトとレクトアリスも、ソルティスと一緒にやって来て、僕の負傷に顔をしかめている。

 ソルティスが真面目な顔で、僕を診た。

「内臓、いっちゃってるわね」

 ケホッ

 咳き込んだ拍子に、血が少女の顔にも飛んだ。

「治せるやろな?」
「当たり前でしょ」

 ラプトの真剣な問いに、ソルティスは大きく頷いた。

 そして、その大杖を構え、魔法石を緑色に光らせる。

 その時、

「ソル、そちらに行きました!」

 イルティミナさんの警告が飛んだ。

 まだ後方に控えていた『刺青の男女』4人、その内の『飛竜の女』を除いた3人が、前線で戦っている者たちの頭上を、軽々と跳躍して、こちらに襲いかかって来たのだ。

「ラプト、レクトアリス、頼むぞ!」

 2人の『刺青の男』を相手にしているキルトさんからの叫び。

 頷き、

「ラプト、いくわよ」
「おうよ」

 2人の『神牙羅』は、立ち上がる。

 レクトアリスは、僕と治療しているソルティスの前に立ち、更にその前に、ラプトが立つ。

 そのラプト目がけ、1人の『刺青の男』が殴りかかって来る。

「ふんっ」

 ラプトはそれを、角の生えた額で受け止める。

 ドゴォン

 衝撃で地面が陥没し、風圧が広がった。

「神牙羅を舐めんなぁ!」

 ギュッ ヴォン

 握り締めた神族の少年の拳に、虹色の光の粒子が集まり、金属製の拳が形成される。

 それが、光の軌跡を残して、撃ち出された。

 ゴガァアアン

 神気を宿した『神武具』の拳は、『刺青の男』の腹部を吹き飛ばし、上下2つに吹き飛ばす。

 同時に、レクトアリスは第3の瞳を開き、胸の前で両手をパンと合わせた。

「神なる鎖よ、神敵を捕縛せよ!」

 オォン

 彼女の足元を中心にして、その足元に神術の赤い魔法陣が展開される。

 そこから、赤い神文字でできた光の鎖が無数に生えてきて、まるで生きているように、こちらに飛びかかってきた2人の『刺青の男女』の身体に絡みつく。

 ギシシィ……ッ

 2人の動きが止まる。

 けれど、次の瞬間、2人の刺青が光を放つと、その肉体が膨れ上がった。

 メキミシ メキキィッ 

 身長3メードの牛頭人(ミノタウロス)だ。

 雌雄があるのか、片方には雄々しい角が生え、もう片方には角がない。

 その筋肉の塊のような魔物は、その凄まじい力で、手足に絡んだ赤い光の鎖を断ち切ろうとする。赤い光が苦しげに明滅して、レクトアリスの表情が歪む。

「まだよ!」

 珍しいレクトアリスの叫び。

 瞬間、彼女の周囲に、虹色の光の粒子が渦を巻き、それは赤い光の鎖に絡みついて、金属と光の融合を見せる。

 神々しい赤色の金属の鎖。 

 その輝く鎖は、2体の牛頭人の力でも千切れる気配はない。

『グモォオオオオッ!』

 それでも2体の牛頭人は、口から熱い息を吐き、雄叫びを上げながら暴れ回った。

 拍子で地面が砕け、弾けた岩がこちらに飛んでくるのを、ラプトが受け止め、あるいは叩き落してくれる。

 そして、その間に、僕の治療は終わった。

(……息ができる)

 手足も動いた。

 ソルティスが、額に光る汗を、小さな腕で拭った。

「もう大丈夫よ」
「うん……ありがと、ソルティス」

 僕は、立ち上がった。

 改めて、戦局を見る。

 倒した『刺青の男女』の数は、10人中4人だ。

 残りは、6人。

 現在は、キルトさんが2人を相手に奮闘している。

 イルティミナさんの相手が、『岩人間の女』の1人。

 ラプトとレクトアリスが、『雌雄の牛頭人』の2人。

 それぞれと戦っている。

 これで計5人。 

 残る1人である『飛竜の女』は、後方に待機したまま、冷静に状況を見つめていた。

「さすが、アルゼウスの神牙羅……厄介な存在ね」

 こちらを見たまま、低い呟き。

 そして、彼女は大きく息を吐くと、羽織っていた黒いローブを脱ぎ捨てた。

 現れる美しい裸身。

 そこに刻まれた刺青が、青白い光を強く放出する。

 メキリ ミシミシ ズズゥン

 そして現れたのは、『漆黒の飛竜』の巨体だった。

 ブワァッ

 戦場に広がる凄まじい『圧』。

 まるで突風が吹いたようだ。

 思わず、ソルティスが表情を強張らせ、身を固くしている。

 竜種。

 世界最強の魔物の種族というだけで、その強さは別格の印象を与えてくる。

 その空を支配する最強の竜へと変身した『飛竜の女』は、その血のような双眼で、静かに上空を見上げた。

 その視線の先にあるのは、『封印の岩』。

 ブァサ

 巨大な翼膜が広がり、その巨体が上空へと飛び立った。

(は?)

 僕らを無視して、黒い巨体は、空の彼方へと飛翔していく。

 やがて上空で停止した飛竜は、大きく口を開き、

 ゴバァン

 その喉の奥から、巨大な火球を撃ち出した。

 猛々しい炎の塊が向かう先は、太古の悪魔が封印された『封印の岩』――そこに施された『神の封印』そのものだ。

 ドゴォオン

 直撃。

 岩肌が砕け、そこに生えていた植物が焼かれて、地上に落ちていく。

「いけない!」

 レクトアリスが叫んだ。

「あの封印の術式は、内部からの衝撃に対しては強くても、外部からの衝撃には、比べられないほどに脆いはずよ。このままじゃ、封印に歪みが生まれて、中から悪魔に破られてしまうわ!」

(な……っ!?)

 驚愕している間にも、黒い飛竜は、何度も火球を飛ばしている。

 ドンッ ドゴォン

 遠い浮き島のような『封印の岩』で、何度も爆発が起き、岩全体が空中で揺れている。

 キルトさんが叫んだ。

「行け、マール!」

 彼女の金色の瞳が、強い光を宿して、僕を見つめる。

「空で戦えるのは、そなたしかおらぬ! その『神狗』としての力、今ここで見せてみよ!」

 僕が1人で、

(――あの飛竜を倒す?)

 精神世界では、ボロボロにされ、負けてしまった。

 あの時、肉体を痛めつけられた恐怖は、今も心に残っている。

 でも、

「マール、行きなさい!」

 イルティミナさんが強く叫んだ。

「自分ならやれるで、マール」
「ここは、私たちに任せて、行って!」

 ラプトとレクトアリスも、必死に牛頭人たちから僕らを守りながら、そう笑った。

 パンッ

 ソルティスの小さな手のひらが、僕の背中を叩く。

「ここで引いたら、男じゃないでしょ?」
「…………」
「行ってこい、馬鹿マール」

 美しい少女は笑った。

「あんたは、私たちの自慢の仲間なんだから。その力、見せつけてやんなさいよ」

(自慢の仲間……)

 その言葉に、心が震えた。

「――うん」 

 僕は、大きく頷いた。

 そうだ。

 精神世界の時とは違う。

 今の僕には『妖精の剣』以外の装備があり、こんな僕のことを、僕以上に信じてくれる仲間たちがいる。

(そうだよ、マール)

 恐怖に負けるな。

 キルトさんの稽古でも乗り越えたじゃないか。

 剣の柄を握り締める。

 そして、僕の青い瞳は、強く空を見上げた。

 そこに飛んでいる巨大な黒い飛竜――奴を、この手で必ず倒すんだ。

 ヴォン

 虹色の金属の翼が光り輝き、大きく広がる。

「行ってくる!」

 叫びと共に、翼が羽ばたく。

 土煙が巻き起こり、その中心から光の矢のように光跡を残して、僕は飛翔する。

 黒い飛竜が、こちらに気づいた。

 血のような双眼が僕を捉え、巨大な頭部がこちらを見る。

「やぁあああ!」

 僕は裂帛の気合と共に、そちらに肉薄すると、この両手に握られる『虹色の鉈剣』を鋭く一閃した――。