157-155 ・One blow of God Spear!
全体の大きさから比べれば、それは小指の先ほどのサイズだった。
だというのに、その禍々しさは凝縮されたように濃厚で、見ている僕らの背筋を、直接、冷たい指で撫でられているような感覚がした。
正直に恐ろしかった。
(……新しい『悪魔の欠片』……)
震える僕は、青い空にポツンと浮かんだそれを凝視する。
体長1メードほどの触手だ。
ピンク色のミミズのような形態がグニグニと蠢き、白い粘液を撒き散らしながら、更に無数の細い触手を生やして、その形を変えていく。
細い触手が絡み合う。
「……あ」
それが徐々に、『人』の形になっていくのがわかった。
細い触手が絡み合う手足。
粘液に光らせ、歪に形成される顔には、けれど、まだ眼球はなく、闇のような空洞が開いている。
全身が粘土細工みたいに妖しく蠢いているのが、より悍ましい。
ブルル……ッ
剣を握る手が震えているのに、ようやく気づいた。
(馬鹿、気持ちで押されるな、マール!)
泣きたい気持ちで僕は、自分を叱咤する。
――奴を倒す。
僕は、再び翼を広げて、『第3の闇の子』に襲いかかろうとした。
その瞬間、
バシュゥゥゥ
白い煙を吹いて、僕の獣耳が消滅した。
「っっっ」
外骨格のような全身鎧が、ズシンと重くなり、思わず膝をつく。
(もう3分経ってたのか!)
身体から力が抜けていく。
同時に、今まであった自分への信頼も消滅していく。
今の僕では、『闇の子』に太刀打ちできない――そんな確信があった。
どうする?
もう1度、無理矢理、『神気』を流す?
(……でも、精神世界では、それで失敗したんだよ?)
あの時も、まともに戦える状態じゃなかった。今回だって、同じ轍を踏む気がする。
どうしよう?
どうしたらいいの?
答えの出ない恐怖に、そのまま飲み込まれそうになった時、
「マール、無事か!」
背後から、あの頼もしい声がした。
(!)
振り返ったそこには、こちらに駆けてくる『金印の魔狩人』の姿があった。
その後ろには、イルティミナさん、ソルティス、ラプトとレクトアリスの姿も見えている。
「……キルトさん、みんな」
思わず、泣きたくなった。
キルトさんは、僕の奇妙な全身鎧の姿に、一瞬、驚いた顔をする。けれど、その表情はすぐに消えて、『神体モード』が切れてフラフラの僕の身体を、倒れないように抱きかかえてくれた。
「大丈夫か?」
「……うん」
僕は頷く。
でも、どうしてここに? 4人も戦っていたはずじゃ?
「わらわたちと戦っていた連中は、『封印の岩』から出てきたアレを見た瞬間、引いていった。奴らの目的が達成したのかもしれぬ」
「…………」
「『あとは貴様らに任せる』と言い残していったわ」
苦々しそうに言う。
僕はうつむいた。
「……ごめんなさい」
小さな声で謝った。
「む?」
「僕が失敗したんだ。倒せたと思った。勝ったと思ったんだ。……でも、彼女の覚悟を甘く見てた。あの行動を防げなかったんだ……っ」
泣くような思いで告白する。
あの時、問答無用でとどめを刺してしまうべきだったんだ。
(僕の甘さが……この世界の危機を招いたんだ)
上空に浮かぶ、破滅の種。
それはすぐに芽吹いて、世界に更なる破滅を引き起こしていくだろう。
(……僕の……せいだ)
ゴンッ
落ち込む脳天に、キルトさんの拳が落ちた。……って、痛い!
驚き、顔を上げる。
「阿呆」
キルトさんは、金色の瞳に強い光を宿して、見つめる僕に言った。
「反省も後悔もあとにせい。まだ終わってはおらんぞ。全ては、やるべきことをやってからにするが良い」
「…………」
呆然と見つめ返す。
見れば、後ろにいるイルティミナさんたちも、大きく頷いている。
「そうですよ、マール」
「自惚れてんじゃないわよ、馬鹿たれ」
「ワイらもいるんや」
「そうよ、貴方は1人じゃないんだから」
そう口々に言ってくれる。
(……みんな)
その優しさが心に沁みる。
「うん!」
唇を引き結び、僕は大きく頷いて、立ち上がった。
キルトさんも微笑む。
けれど、その表情はすぐに消えて、『金印の魔狩人』の顔になると、青空に浮かんでいる『第3の闇の子』を睨みつけた。
僕らもそちらを見る。
――まだ、この世界は終わっていない。
◇◇◇◇◇◇◇
戦う意思は、取り戻した。
けれど、実際にあの上空にいる『第3の闇の子』と、どうやって戦えばいいのだろう?
キルトさんは、信頼する『銀印の魔狩人』へ視線を送る。
「イルナ、いけるか?」
「もちろんです」
遠距離攻撃の得意な『銀印の魔狩人』は、頼もしく頷くと僕らの前に出た。
カシャン
『白翼の槍』の翼飾りが大きく開き、紅い魔法石が輝きを増していく。
同時に、イルティミナさんの真紅の瞳も、強い魔力の光を宿していく。
白い手が槍をクルリと回転させ、逆手に握る。
落ち着き、集中した美貌。
いつものように、彼女は軽く前に倒れるように動きだすと、そのまま大きく足を踏み込んで、
「シィッ!」
ヒュボッ
白い槍が、凄まじい速度で投げられた。
純白の閃光。
それが大気を裂き、青い空を横切って、500メード上空に浮かぶ『第3の闇の子』へと正確に飛んでいく。
ギュルッ
触手でできた頭部が気づき、こちらを見た。
粘液で濡れた、無数の触手が絡まった腕が、迫る閃光へと突き出される。
バヂィイイン
(!)
『第3の闇の子』の触手の手の先に、紫色の闇のオーラが集約すると、その前方に黒い障壁のようなものが生み出されていた。
それが純白の槍を受け止めている。
「ぬ……っ」
キルトさんが唸る。
イルティミナさんが、舌打ちしそうな様子で真紅の瞳を細めた。
『黒の障壁』は、槍のぶつかった部分に何度も波紋を広げながら、大きく歪み、けれど、決して破れない。
やがて、威力を全て受け止めたのか、障壁にぶつかっていた槍は前進する力を失って、ヒュウウと空から落ちていく。途中で、軌道を変えて、イルティミナさんの手へと戻っていく。
(……あのイルティミナさんの攻撃でも駄目か)
がっくりと落ち込む。
けれど、『第3の闇の子』の行動は、それで終わりではなかった。
ジュルリ ギュルル
その触手の集まった歪な頭部に、口を開けたような丸い穴ができた。
(!?)
怖気が走る。
キルトさんとイルティミナさんが表情を強張らせ、ソルティスは怪訝に眉をひそめた。
同時に、
「レクトアリス!」
「えぇ!」
切羽詰まった表情の2人が、僕らの前へと飛び出した。
レクトアリスが胸の前で両手を合わせると、直径10メードほどの赤い魔法陣の描かれた光の丸い盾が、5重に形成される。その後ろで、ラプトが決死の表情で、両手を突き出した。
次の瞬間、『第3の闇の子』の空洞の口から、黒い光の筋が撃ち出された。
ピッ
世界に、細い髪の毛のような黒い線が引かれた感じ。
それは、レクトアリスの創りだした5重の魔法の盾を容易く突き破り、ラプトの重ねられた両手のひらに激突する。
ラプトが吹っ飛んだ。
同時に、角度が変わった黒い光線は、背後の樹海にぶつかった。
ドゴゴゴォオオン
黒い光線の当たった樹海部分が、上空へと吹き飛ばされた。
木々が舞い上がり、破壊された大地が破裂する。
奥にあった柱のような巨大な岩山が、黒い光線に切り裂かれて、斜めにずれて落ち、大地に土煙を巻き上げさせる。
(な……っ!?)
なんて威力だ。
唖然とする僕。
「ラプト!」
キルトさんの叫びにハッとする。
見れば、ラプトの手のひらは、真っ赤に焼けていて、皮膚がドロドロに溶けていた。
「だ、大丈夫や……つう~っ!」
顔をしかめつつも、気丈に言う。
自動再生機能が働いて、彼の手は、白い煙と共にすぐに修復されていく。
僕らは、ホッと息を吐く。
でも、安心はできない。
イルティミナさんの攻撃を防いだ防御力、『神牙羅』2人がかりでようやく防いだ攻撃力、どちらも恐ろしいほどの能力だ。
――強敵だ。
恐怖と共に、改めて思い知る。
(でも、どうする?)
どうやって、あんな化け物を倒せばいいのだろう?
空を飛んで接近しようとしても、途中で撃ち落とされる気がする。運良く接近できても、そこでの攻撃も、あの黒い障壁で防がれそうだ。
と、ラプトが、不意に言った。
「今がチャンスや」
え?
「300年前と比べて、ずいぶん弱い攻撃やわ。あの『悪魔の欠片』は、『神の封印』を破った直後で、まだ弱っとるんや。仕留めるなら、今の内しかない」
強い口調で、そう言い切る。
(弱ってる……?)
あれだけの力を発揮してるのに?
その事実に愕然とする。
でも、それが本当なら、これ以上の強さを取り戻す前に、あの『第3の闇の子』は必ず倒さないといけない。
今すぐに、だ。
(何か、何か手段はないの!?)
僕は悔しげに、青い空に浮かんでいる触手でできた人型を睨みつける。
と、
「マール。そなたの『神武具』による強化は、イルナの『白翼の槍』にも行うことが可能か?」
突然、キルトさんが僕に質問した。
え……?
僕は戸惑い、『神武具』の融合した『妖精の剣』――『虹色の鉈剣』を見つめる。
正直な印象を答えた。
「えっと……多分、できると思う」
「そうか」
彼女は頷いた。
僕ら5人の視線を受けて、最強の『金印の魔狩人』は、自身の見解を口にする。
「前にケラ砂漠で、『闇の子』に攻撃を当てた時の手応えを覚えておる。恐らく、その肉体強度は、その辺の魔物とそう変わらぬ」
キルトさんの言葉に、ラプトとレクトアリスが唖然とした。
「マジか……自分、『闇の子』に攻撃を当てたんか?」
「……貴方、本当に人間?」
かなり失礼な驚きの言葉。
キルトさんは、軽く苦笑する。
けれど、すぐに表情を改めて、『第3の闇の子』を冷徹に見つめた。
「奴も同じに思える。その術式による能力は、確かに脅威であるが、しかし、その防御を打ち破り、攻撃を当てることさえできれば――」
「…………」
「――我らの勝ちじゃ」
…………。
僕らは一瞬、その断言に沈黙してしまった。
見えなかった勝利への道筋が、突然、か細くも見えてしまった感覚だった。
「わかった、やろう」
僕は、はっきりと応じる。
みんなも、大きく頷いた。
でも、イルティミナさんは1人だけ、自身の手にする白い槍を見つめたまま、難しい顔をしていた。
「1つだけ、懸念が」
「む?」
「『神武具』による強化は構いませんが、その重量級となった武器を、私は精密に扱える気がしません。はっきり言えば、あの距離の対象に命中させるのは、私の筋力では不可能に思えます」
え……?
膨らみかけた希望のしぼむ言葉。
キルトさんも想定外だったのか、「そうなのか?」と渋い表情になった。
「すみません」
申し訳なさそうなイルティミナさん。
「……イルナ姉」
「むぅ」
ソルティスは、慰めるように姉に触れ、キルトさんはまた考え込む。
(…………)
僕は迷い、でも、思い切って言ってみた。
「なら、僕が投げるよ」
「え?」
「何?」
みんなが僕を見た。
僕は言った。
「僕の着ている『神武具』の鎧は、僕の筋力を、何倍にも強化してくれる。投げる瞬間だけ、『神気』を開放すれば、僕ならできると思うんだ」
ゴンッ
生物のような形状の虹色の外骨格――その胸を、僕の拳は軽く叩く。
キルトさんは、そんな僕の全身を下から上へと眺め、
「当てられるのか?」
「僕は、ずっとイルティミナさんの槍を投げる姿を見てきたんだ。きっと、その動きを真似できると思う」
彼女の問いに、僕ははっきり答えた。
「マール……」
嬉しかったのか、イルティミナさんは感極まったように、僕を見つめて、瞳を潤ませている。
ソルティスが、リーダーである女性を見た。
パンッ
「あいわかった」
膝を叩き、キルトさんは覚悟を決めたように頷いた。
「攻撃は、マールに任せる。皆、良いな?」
「はい」
「わかったわ」
「おう!」
「了解よ」
皆、頷いてくれた。
(ありがとう、信じてくれて)
嬉しくて、ただ重圧が少しだけ怖かったけど。
キルトさんは僕らを見回しながら、言う。
「ラプト、レクトアリス。そなたらは、マールが攻撃するまで、あやつの攻撃からマールを絶対に守れ」
「もちろんや」
「えぇ」
2人は頷く。
「ソル、そなたは、攻撃直後のマールに備えよ。大迷宮の時のように、限界を超えたマールの心臓がまた止まる可能性もある。すぐに蘇生できるようにの」
「そうね、わかったわ」
嫌な予想に、ソルティスは一瞬、顔をしかめ、すぐに力強く頷いてくれた。
「イルナは、マールのそばにおれ。そなたの存在は、それだけで、こやつの力になる」
「はい」
頷いたイルティミナさんは、僕の隣に来る。
ギュッ
鎧に包まれた手を握ってくれた。
(あったかい……)
神経に作用する『神武具』の鎧だからか、その温もりと感触が、しっかりと伝わってきた。
あぁ、それだけで心に力が沸いてくるよ。
僕らは見つめ合う。
小さく笑って、頷き合った。
最後にキルトさんは、そんな僕のことを見つめて、
「すまぬな、マール。そなたにばかり、無理させる」
どこか悔しそうに謝った。
ちょっと驚いた。
そして僕は笑って、首を横に振った。
「ううん」
いつも僕らのことを守るために、無理ばかりしてくれる人が何を言っているのか。
僕の笑顔に何かを感じたのか、彼女も笑った。
僕の肩に、手を置く。
「頼むぞ、マール」
「うん」
力強い黄金の瞳に、僕は覚悟を込めて、大きく頷きを返した。
さぁ、始めよう。
「マール、お願いします」
イルティミナさんが、愛用の魔法の槍を、僕へと差し出してくる。
僕は両手で、それを丁寧に受け取った。
(…………)
美しい純白の槍。
アルドリア大森林でイルティミナさんと出会ってから、ずっと僕らを守るために戦い続けてくれている槍。
「……力を、貸してね」
小さく囁いた。
それに応えるように、中央の紅い魔法石が、陽光にキラリと輝きを散らした。
◇◇◇◇◇◇◇
「ほれ、マール」
「あとは任せるわ」
2人の『神牙羅』が直径3センチの虹色の球体を、僕へと差し出してくる。
「うん」
それを左手で受け取り、鎧に包まれた五指でしっかりと握る。
(『神武具(コロ)』……お願い!)
願いを込めて、心に念じる。
ヴォォオオオオン
指の隙間から眩い光が溢れ出し、2つの球体は砕けると、虹色の光の粒子となって渦を巻き、右手に握る『白翼の槍』へと付着していく。
先端の刃が、3メードほどの虹色の刃へと延伸した。
美しい翼飾りは、左右に4対、計8枚に増加する。
柄の部分には、螺旋の模様が加わってより強度を増し、更に後方へと2メードほど伸びていた。
(凄い……)
生み出されたのは、全長7メードの『虹色の巨槍』だった。
思わず、その美しさに見惚れる。
「おぉ」
「でっか……」
みんなも、感嘆の声を漏らしている。
と、次の瞬間、
(!)
ズシン
巨槍の強烈な重量が右手にかかって、僕はそのまま引き摺られ、危うく倒れそうになった。
「くっ」
慌てて、両手で掴み、両足を踏ん張る。
(こ、これは……まずいかも)
少し焦った。
槍を投げるためには、その前に、まず構えなければならない。でも、この重量では、その構えること自体が困難に思えた。
(どうする?)
我慢して構える時点から、『神気』を使うことも考える。
でも、僕の肉体が、投擲まで持つか不安だった。
その時、
グンッ
突然、その重さが軽くなった。
「私も手伝いましょう」
後ろからの美しい声にハッと振り返れば、そこには、僕の背中側から腕を伸ばし、槍に白い手を添えて微笑むイルティミナさんの姿があった。
「この槍と『魔血の契約』を交わしたのは、私です。その力を発揮するにも、投げる直前まで、私が触れていなければいけませんしね」
「……うんっ」
力を貸して、一緒に投げてくれると言う彼女。
(あぁ……もう、それだけで百人力だよ!)
思わず、歓喜の笑顔。
そんな僕のおでこに、イルティミナさんも額をコツンと当てる。
「共にがんばりましょう、マール」
「うん!」
僕は、大きく頷いた。
キルトさんも、そんな僕ら2人を見つめて、満足そうに頷く。
「よし、始めるぞ」
「はい!」
僕は頷き、呼吸を整える。
ガシュン
首の後ろに畳まれていた兜部分が元に戻って、僕の頭部を包み込む。
金属でできた狗(いぬ)の顔。
飛び出た耳の部分が、ガキンッと音を立てて、まるで角のように後方へと動く。
ヴォン
(さぁ、思い出せ)
今までに何度も見てきた『銀印の魔狩人』の白き槍を投げる勇ましい姿を。
あの美しく、強靭で、無駄のない動きを。
脳裏に生まれる姿を、強くイメージして、自分の肉体へと落とし込む。
ジャリッ
大地を踏みしめ、『虹色の巨槍』を構える。
恐ろしいほどの重量が右手にかかっている。
でも、ふらつくことはない。
イルティミナさんが、僕と一緒に、この巨大な槍を支えてくれている。
僕の背後に身を重ね、けれど、僕の動きを決して妨害しない位置と力配分で、共に槍を構えていた。
まるで2人で1つの身体になった気分。
「見事じゃ」
その姿に、思わず、キルトさんの口から感嘆の声が漏れた。
『金印の魔狩人』の目から見ても、完璧な『イルティミナさんの構え』ができていたんだろう。
キルトさんは、満足そうに頷く。
そして、
「ソル」
「大丈夫、用意してるわ」
キルトさんの声に、大杖の魔法石を緑色の回復光に輝かせる魔法使いの少女が答えた。
僕らは、上空へと視線を送る。
そこには、粘液にぬめった触手を蠢かせ、徐々に、完全な人の姿を取ろうとしている『悪魔の欠片』の姿があった。
――女だ。
そのフォルムは、女性らしい丸みと凹凸を帯びていた。
このまま時間が過ぎれば、この世には、あの恐ろしい『闇の女』が誕生するのだろう。
(その前に、必ず倒してみせる!)
1撃だ。
きっと、2度目のチャンスはない。
この1撃で、絶対に仕留めるんだ!
ギリリィン
手足を包む外骨格のような鎧が、まるで筋肉を膨張させるように、金属音を響かせ、装甲を軋ませながら捻じれる。
さぁ、あとは『神気』を開放して、撃ち出すのみ。
(――行くぞ)
そして、体内の蛇口を開こうとした――その寸前、
ジュルリ
遥か上空に浮いていた『第3の闇の子』の頭部が、唐突にこちらを向いた。
その口部分にある空洞。
奥に闇が集束する。
「いかん!」
キルトさんの鋭い声。
同時に、ラプトとレクトアリスの2人が、槍を構える僕とイルティミナさんの前方へと飛び出した。
ピッ
黒い光線が発射される。
レクトアリスが胸の前で両手を合わせ、5重の赤い光の魔法の盾を創りだし、ラプトが小さな両手を重ねて前に突き出す。
パキィン
5枚の魔法の盾が貫通され、ラプトが吹き飛ぶ。
ラプトの身体はレクトアリスに激突し、2人は、もんどり打って地面の上を転がった。
ドゴゴゴォオオン
弾かれた黒い光線は、再び、遠くの樹海の大地を破壊する。
吹き荒れる爆風。
倒れたままのラプトが、それに負けない大声で叫んだ。
「今や、マール!」
両手を焼かれて、なお叫ぶ熱い思いに、僕の心も燃え上がる。
「――神気開放!」
ドンッ
兜の耳に沿うように、獣耳が生え、臀部にある鎧の尻尾の内部にも、僕のフサフサした尻尾が侵入する。
溢れる力。
同時に、自分の身体がギシッと歪むのを感じた。
限界を超えた力の発動。
肉体が悲鳴を上げている。
それが弾けて崩壊するまでの数秒で、僕は、あの『悪魔の欠片』を滅ぼさなければならない!
(よく狙って――)
『神武具』による映像は、500メード遠方の『第3の闇の子』の姿を明確に捉えている。
あとは、そこに投げるだけ。
弓を引くように、『虹色の巨槍』を大きく振り被った。
イルティミナさんの手が共に動き、照準をより精密にするためにサポートしてくれる。左手は、ずっと僕の肩に触れてくれている。
その安心感から、僕は、思い切り槍を投げようとして、
ギュルルッ
(……あ)
『第3の闇の子』の口が、再び開いていた。
第2射目。
僕らの投擲よりも速く、向こうの発射体勢が整っていた。
――間に合わない。
コンマ秒以下の世界で、僕はそれを悟った。
ピッ
敗北という名の破滅が、『闇色の糸』のように僕らへと伸びてくる。
僕は、何もできずにそれを見続け、
「――鬼神剣・絶斬!」
次の瞬間、その黒い光線に、青白い雷光の斬撃がぶつかる光景を目にしていた。
僕らの横で。
あの『金印の魔狩人』が最大奥義を解き放っていた。
ゴギャアン
雷光の三日月が崩壊する。
けれど、黒い光線も角度が逸らされて、僕らの頭上を越え、背後の大地を吹き飛ばしていった。
背後からぶつかる風圧。
「マール!」
イルティミナさんの声。
ほぼ反射的に、僕の身体は動いていた。
前に倒れるように大きく踏み込み、腰を回転させ、その力を胸、肩、腕、肘、手首へと伝え、自然と外れるように指を開放する。
フォン
全長7メードの『虹色の巨槍』。
それは、まるで重さを感じることもなく、8翼を広げながら、『第3の闇の子』へと飛翔した。
ジュルン
細い触手の絡まった両手が、こちらに突き出される。
黒い障壁が、空中に生まれた。
『虹色の巨槍』はそれにぶつかり、虹色の残光を散らして、容易くそれを貫いた。
ポヒュッ
奥にいた人型に命中した。
一瞬で、消し飛んだ。
虹色の輝く槍が触れた瞬間、その光で溶かされるように全身が引き千切れ、燃え散るように消えてしまったのだ。
ドパァアアン
衝突音は、遅れて聞こえた。
そして、『虹色の巨槍』は勢い余って、その後方にあった『封印の岩』へと直撃する。
バゴォオオオオン
岩石が弾けた。
衝撃で、全長700メードはある卵型の巨大岩の浮き島が傾き、土煙を吹きながら地上へと落ちてくる。
ドン ドドォオン
地震のように地面が揺れた。
地上にいた鳥たちが一斉に飛び立ち、コキュード地区の樹海の上に、鎖に繋がれた巨岩が横たわっていた。
「…………」
やった……のかな?
思った以上の破壊力に、自分でも戸惑う。
それほどに、完全な『神武具』と『タナトス魔法武具』の融合、それによる『究極神体モード』での攻撃は、凄まじいものだった。
と――強い痛みが起きた。
「……がっ!?」
バシュウウウッ
『神武具』の外骨格が光の粒子となって剥がれ落ち、中から、獣耳と尻尾を失った僕がこぼれ出る。
「マール!」
倒れる僕の身体を、イルティミナさんが慌てて支えた。
(息が、できない……っ)
悶える。
すぐにソルティスが駆け寄って来る。
「今、治すわ。大丈夫だから、ふんばりなさいよ、マール!」
「……っっ」
必死な少女の声。
イルティミナさんに抱かれたまま、ソルティスの回復魔法が当てられる。
ケハッ
口から、喉に詰まっていたらしい血の塊が出た。
(……あ、ぐ)
手足が痺れているけれど、10秒ほどで、息が少しずつできるようになった。
みんなが僕を覗き込んでいる。
僕は、小さく笑った。
それを見て、みんなも安心したようだった。
ソルティスに治療を続けてもらいながら、僕は、問いかけるようにキルトさんを見る。
彼女は、頷いた。
「ようやった」
労いの言葉。
その意味が、僕の中に浸透していく。
(あぁ……勝てたんだ)
よかった。
その安堵だけが、心の中に満ちていく。
イルティミナさんが僕を背中側から抱きながら、顔を寄せ、頬を合わせてくる。彼女の柔らかくて、綺麗な緑色の髪が、僕の首をくすぐった。
「よくがんばりましたね、マール」
「……うん」
大好きな人のお褒めの言葉。
うん、それだけで、何もかもが報われた気がするよ。
僕は笑って、大きく息を吐いた。
空には、何もない。
『封印の岩』も、『第3の闇の子』の姿もなくなり、ただ、どこまでも青い空だけが広がっている。
太陽がとても綺麗だ。
その美しさが眩しくて、まぶたを閉じる。
――僕らのコキュード地区での戦いは、こうして無事に、幕を下ろしたのであった。