159-The enemy




 祐人たちは機関の研究所に到着すると、祐人はすぐに研究所内にある医療施設に移された。瑞穂とマリオンも一緒についていこうとしたが、明良にとめられたので別室の応接室で、能力者機関日本支部支部長の到着を待つことになった。
 瑞穂とマリオンは祐人のことが気になるのかそわそわして落ち着かない様子で、瑞穂は部屋をうろうろと行ったり来たりし、マリオンはソファーに座っているものの、両手を握り俯いている。
 明良は二人の様子をしばらく見ていると、口を開いた。

「……瑞穂様、お聞きしたいことがあります」

「うん? 何? 明良」

「堂杜君の件です」

「……」

 明良の言葉に瑞穂とマリオンは目を向ける。

「いえ、深く詮索するつもりはありません。私は瑞穂様や私たちの命の恩人でもある堂杜君の話を信じていますから。ただ、お二方に確認したいことがあります」

「……うん」

「瑞穂様とマリオンさんは、その堂杜君の実力について既にご存知のように見えます。ですが、それはいいです。ただ……日紗枝さんが来る前に一点だけ確認しておきますが、彼は……堂杜君はその実力を周囲に知れるのに、何かまずいことがあるんですか?」

 明良の質問に瑞穂とマリオンは目を合わせた。

「どうして……そんなことを聞くの? 明良」

「いえ、私は堂杜君をどうにかしたいとかは、まったく考えていません。ただ、彼のあの戦闘力は普通ではありません。あれはランクDなどに納まるものではないものです。ですので、ふと思ったんです。それで彼は満足なのか? と。もし、彼が望むのであれば……場合によっては、私も機関に働きかけて少しでも力になれるのではと思いまして……」

 明良の提案に瑞穂とマリオンは少々目を大きくし、驚いた。そして、暫くの無言のあとに、瑞穂とマリオンは再び目を合わすと、苦笑いをする。

「それは無用よ、明良」

「え?」

「はい……多分、祐人さんは、そんなことは考えていないと思います」

「何故です? 堂杜君なら将来、この機関を背負って立つことも……いや、今でもその中核として十分に機能すると思いますが。それに、彼の実力に見合う対価だって……」

「そうね……そこは明良の言う通りのようにも思うわ。私もマリオンもそれを考えなくもなったから」

「じゃあ……」

「でもね……祐人はね、きっと、そんなことに価値を置いていないと思うのよ。というか、考えてもいない、という感じかしら」

 瑞穂は困ったような、それでいてその祐人を肯定するような表情で軽く息を吐く。
 明良は顔を上げて、瑞穂を正視した。

「でも、それでは、何のために堂杜君はこんなにも……。あの死鳥とまで死闘を演じてまで……しかも、傷を負ってまで」

 明良の横に座るマリオンは明良の言葉に目を落とす。

「はい……明良さん、私も明良さんと同じことを考えています。祐人さんは、いつも最も危険なところに身を置くことを気にすることもないんです。……でも」

 明良はマリオンに顔を向けて、次の言葉を待つように黙った。
 マリオンは心の内にある不安に耐えるように自分の胸の辺りで握りこぶしを作る。

「私もうまく伝えられないんですけど……今は祐人さんのことが何となく分かるんです。祐人さんにとって、それが自然なんだと思います」

「……」

「だから、仕方ないんです。それが祐人さんですから。……時折、心配ですけど」

 そう言うとマリオンはその年齢に相応しくない大人びた微笑を見せた。

「……そうですか、分かりました。私もお節介でしたね」

 明良はマリオンと諦念の見える瑞穂の表情をそれぞれに見て、僅かに笑い静かにうなづいた。すると瑞穂は腕を組み、独り言のように口を開く。

「でも確かに、もうちょっと上昇志向があってもいいのよ! あいつは。そうすれば、暮らしだって楽になるんだし! それに……将来のことだって……ごにょごにょ」

 明良は瑞穂の尻すぼみの言葉に噴き出してしまう。

「ちょっ! 何よ、明良!」

「いや、すみません。ただ、瑞穂様、そうですね……これは年上としてのアドバイスなのですが、そういう男はおしりを蹴飛ばしてでも、前に進ませるのも手ですよ? 男は女性の後押しで意識を高めることが多々あるんですから。マリオンさんも……ね」

「そ、そうなんですか?」

「そうです。ですから、男がまごまごしている時は言ってやるんです。前に進め、上を狙え、ってね。男はそういう女性の叱咤激励に突き動かされることもあるんです。ましてや、大事に思っている女性のものなら確率は高くなりますよ? 男の成長を待つのも良い女性と思いますが、背中を押すのも別に悪いことではありません」

「「!」」

 瑞穂とマリオンはそれぞれに、それぞれの考えで良いことを聞いたという顔になる。
 その二人の姿を楽し気に見つめている明良は嬉しそうな笑みを見せた。

「ですが、今のところは堂杜君の実力は、日紗枝さんには伝えないでおきます。堂杜君がその気になったときまで待ちましょう」

 そう明良が言う数分後に、応接室に日紗枝と志摩が姿を現した。



 祐人は機関の研究所内にある医務室というには、設備の整った部屋のベッドに寝かされていた。先ほどまで機関所属のドクターに治療を受け、骨が折れた左肩を診てもらっていた。その時にレントゲンを見たドクターから数か所に骨は折れているが、綺麗にはまっていると驚かれ、ギブスを勧められたが祐人はそれを断り、今は痛み止めの注射のみを施してもらい今に至っている。

(燕止水……あいつは、一体)

 祐人は止水との闘いの記憶を反芻していた。
 戦いの最中……思えば止水の挑発ともとれる襲撃の目的を言われ、祐人は完全に頭に血を登らせた。

(考えようによれば、完全に乗せられたのかもしれない。でも、何故あいつは、あの時、笑ったんだ……?)

 祐人は、今になって冷静に考えると止水が自分をわざと怒らせて、祐人が本気になるように仕向けたように感じていた。しかし、それはおかしいのだ。本来、闘いとは相手に本気を出させる前に、または実力を発揮させる前に倒すのがセオリーだ。
 にも、関わらずあれだけの実力を持った止水がそれとは逆の行動に出たのが気になる。

(戦士としての誇りか……それとも、何か他に狙いでもあったのか。でも、わざとそうさせて、何があるんだ……)

 今、祐人には何か止水に一筋ならぬ考えがあるように感じるのだ。止水はこちらが見誤っていなければ、本気で戦っているように思う。それから考えれば、闇夜之豹から受けたという依頼を完遂させようとしているのは事実だ。
 しかし、さらにもう一つ引っかかるのは、止水は今回の襲撃の犯人が闇夜之豹と機関が気づくようにもしている。仙氣を使い、意図的に闇夜之豹の能力者の体内に融合した認識票が出てくるようにしていた。
 それでは機関に反撃の大義名分を与え、依頼の完遂が困難になるだけだ。

(機関と闇夜之豹……いや、中国政府との関係を悪化させるのが目的なのは間違いない。いや、敵対させるのが目的だろうな。でも……それが目的なら、もう達成していると言っていいはず。それならどうして、本気で戦いを仕掛けてくる? 何を考えているんだ?)

 止水はそれでいて、依頼主の邪魔をしながらも忠実に依頼はこなそうとしているのだ。そこが祐人には分からない。
 また、マリオンを拉致しようとする目的も分からないままだ。

(同じ闇夜之豹が仕掛けてきた呪詛とは別件なのは間違いなさそうだけど……。黒幕は誰なんだ? 同じ人物か……別々の人物か)

 祐人が考えにふけると、ベッドの横に置いてある祐人の携帯電話が鳴った。
 祐人は左肩を押さえながら体を起こし、携帯を確認すると、電話の差出人にはガストンと表示されている。

「あ……ガストン!」

 祐人はすぐに電話にでる。

「ガストン? 何か分かった? うん……うん、え!?」

“はい、そいつが闇夜之豹の首領です。呪詛は国防部の張林とかいう小役人が提案したものですが、襲撃はこいつが音頭をとっています。それで、旦那、燕止水についてですが……”

 携帯越しに話されるガストンの言葉に祐人の目は大きく広がる。

「子供たちを人質に!? それで……」

“死鳥とまで呼ばれた男が、どうして今はこの身寄りのない子供たちを守っているのかは分かりません。これから、私はその子供たちを追って日本にすぐに戻ります。今から飛行機に乗るので、うまくいけば、その死鳥さんと戦わなくても済むかもしれません”

「分かった……申し訳ないけど、お願いするよ」

 ガストンは嬌子たちと違い、恒久的に受肉している人外なので祐人が望んでもこの場に召喚はできない。そのため、他の人間と同じように移動をしなければならい。

“それと旦那、残念ですが、呪いの方ですが、その呪詛の大元と思われる祭壇の場所は何となく分かったのですが、そこまでは辿り着けませんでした。そこは闇夜之豹の親玉の部屋の奥にあるので……もう少し時間があれば、誰もいない隙を狙うことも可能なのですが、死鳥さんの方が気になりましたので”

「いや、いつもありがとう、ガストン」

“お安い御用ですよ~、今回は人手があればもっと色々出来たんですが、他に潜入がうまいのがいればですけど……あ、飛行機の搭乗が始まったので詳しいことは後でまた連絡します。”

「分かった」

 ガストンとの電話を切ると……祐人は、窓の外に目を移す。

「闇夜之豹の首領……あの法月さんの呪詛もこいつらの仕業……しかも、マリオンさんを狙うのもこいつか。そして、その手段にされた燕止水は子供を人質に……」

 祐人の目に力がこもり、腹の底から仙氣があふれだした。
 そして、祐人は鋭い視線を放つ目でフッと笑う。

「マリオンさんを生贄に魔界の門を開くっていうのなら……うちの管理物件ではないけど、堂杜の敵でもあるね……」

 祐人は意を決したように口を開いた。

「嬌子さん……」

「はーい! 呼んだ? って、祐人! どうしたの!? その傷!」

 突然、両手を上げて喜ぶように現れた嬌子だったが、祐人の姿を見て、極度に狼狽した。

「祐人! 誰!? 誰にやられたの!?」

「あ! 大丈夫だから、嬌子さん」

 ジーパンと白のゆったりとしたブラウス姿の嬌子は涙目に祐人に駆け寄り、祐人の体中を包み込むように摩る。祐人も至近距離の嬌子に驚き、嬌子のあまりの狼狽えように慌ててしまう
 すると、体を震わし始める嬌子の目は吊り上がり、その口から青い炎が漏れ出す。

「ゆ、許さん……。私の祐人に……祐人にこんな目に合わせた奴は誰よ!?」

「あ、ちょっと……嬌子さん?」

 嬌子から発せられる霊圧に医務室内の棚やテーブルがカタカタと揺れだした。
 祐人が顔を青ざめて、慌てる。

「ぶち殺す!! 髪の毛一本も残さないわ! さあ、誰? 祐人! そいつの名前を教えて! そいつのみならず、そいつの百族に至るまで根絶やしに!」

「待って、待って! 嬌子さん、落ち着いてぇぇ!! 百族までいったら、犯罪だからぁ! 僕が逮捕されるぅぅ!」

「じゃあ、99族まで!」

「嬌子さん、お願い! 落ち着いてぇ! 話を! 話を聞いてぇ!」

 祐人が涙目で嬌子の腰に抱き着いた。

 数分後、ようやく落ち着いた医務室内。
 祐人が必死に宥めた嬌子が大人しく、ベッド横にあった椅子に座った。

「で、祐人? 何かあったの?」

「うん、ちょっと、嬌子さんに聞きたいことと頼みたいことがあってね」

「分かったわ!」

「え? 何を?」

 嬌子は立ち上がると、何を思ったか、その大きく盛り上げているブラウスのボタンに手をかけて外し始める。祐人はポカンとした表情でそれを見つめた。そして……外したボタンの辺りに黒い下着が見えてきて……

「ちょっと! 何をしてんの!? 嬌子さん!」

「何って、祐人のして欲しいことでしょう? こんな部屋に私一人だけ呼んで、しかも……ベッドの上で待っている。もう……祐人ったら……。でも、嬉しい」

 頬を赤らめながら恥じらう嬌子。

「いや! 違う、違ーう! 嬌子さん、まず話を聞いてぇ!」

「えー」

 嬌子は祐人の言葉に心底残念そうに腰を下ろした。

「まず、頼みたいことだけど、前に僕の代わりに学校に行ったことがあったでしょう? それをまた頼みたいんだよ。今度は僕だけじゃないかもしれないけど」

「ああ、そんなこと? お安い御用よ、学校は楽しかったし、また行ってみたいと思っていたのよ! うわー、嬉しいなぁ、今度は何して遊ぼうかしら」

「あはは……なるべく大人しめにお願いね」

「それで聞きたいことは?」

「あ、うんとさ、僕たちの仲間に潜入というか、建物に誰にもばれずに忍び込むのが得意な人っている? ちょっと頼みたいことがあるんだ」

「潜入? 誰にも気づかれずに、っていうこと? うーん、それなら得意な奴らは結構いたと思うけど……。あ! うってつけの子たちがいるわ!」

「本当!?」

「ええ! あの子たちなら誰にも気づかれないどころか、普通に目の前を歩かれても気にならない能力の持ち主よ。私でもその子たちが気づかせようとしない限り、いるのも分からないから」

「へー、そんな子たちがいるんだぁ」

「今、呼びたい?」

「おお! 今、呼べるの? できればすぐに頼みたいことがあるから、お願いできるかな?」

「そんなの祐人が呼べば、すぐに喜んで来るわよ。じゃあ、最初だから名前を呼んであげて。名前はね……鞍馬と筑波よ。さあ、言ってみて」

「うん、分かった。えーと、鞍馬さん! 筑波さん! 来て」

 祐人はどんな子たちだろうと思いつつ、若干、大きめの声で呼んでみた。

「「……」」

 シーンとして、何も変わらない医務室。

「……あれ? 来ないよ?」

「違うわ、もう来てるわよ。はあー、この子たちはちょっと悪戯好きなのがたまにきずなのよねぇ。こらぁ! 祐人が呼んだんだから出てきなさーい! 出てこないと、もう、呼んであげないわよ!」

「えー!」

「そんなの嫌! やっと呼んでもらったのにぃ!」

 どこからともなく声が聞こえてくる。
 祐人は周囲を確認するが声はあれど姿はない。

「ほら、ちゃんと挨拶なさい。あなたたちに祐人が頼みがあるんだって」

「!」
「本当!?」

 嬉しそうな小さな女の子たちの声が聞こえてくる。
 すると、嬌子の座る椅子の後ろに徐々に何かが見えてくるように感じられ、祐人は目を凝らしてみると……

「呼ばれて!」

「飛び出て!」

「「ドンガラガッシャーン!」」

 突然、祐人が目を凝らして見ていた空間に、小学生くらいの姿をした女の子二人が、互いに体を斜めにし両腕を広げて現れた。

「……」

 祐人は無言で、半目。

(ああ、また……こんなんなのね)

 その突然現れた鞍馬と筑波は黒髪の小さなおかっぱ頭に小さな烏帽子をかぶり、修験者のような服装で、クリッとした瞳で決まったぜ、というような……どや顔。

「我らが首領に呼ばれて、鼻高々!」

「嬉しくて、誇らしくて! 伸びた鼻が戻らない!」

「……」

 そこに嬌子が手を叩き、二人を招き寄せる。

「はいはい、分かったから。じゃあ、鞍馬と筑波は祐人の言うことを聞いてあげてね」

「おうさ!」

「ちょいやさ!」

 祐人は二人が近づいてくると幼い感じでハイテンションな鞍馬と筑波を見つめて、思わず笑みをこぼした。どんな理由であれ、自分と契約を結んでくれたのだ。しかも、突然の召喚にも応じてもらっている。

「鞍馬さん、筑波さん、来てくれてありがとう。ちょっと、二人に頼みたいことがあるんだ。二人には、ちょっと忍び込んで確認してほしいものがあって、もしできればでいいんだけど破壊してもらいたいんだよ」

「うんうん」

「ふんふん」

 鞍馬と筑波は腕を組んで何度も頷き、祐人のベッドにさらに近づいてくる。

「首領、場所は?」

「首領の近くは霊力が補給出来て嬉しい。力が漲る!」

 二人が祐人にすり寄って来たので、思わず祐人は二人の頭を撫でた。

「「!」」

 途端に鞍馬と筑波は顔を赤らめて、叫ぶ。

「勇気百倍!」

「ダイヤモンドパワー!」

「「さあ、場所を!」」

 ちょっと、たじろぐ祐人だが、二人に真剣な顔を向ける。

「中国の北京近郊にある軍事施設……水滸の暗城に」

 それを聞くと、鞍馬と筑波は互いの手のひらを合わせて、祐人に顔を向ける。

「合点!」

「承知!」

「あはは……お願いね。成功したらご褒美を考えておくから」

「「本当!? じゃあ、さっそく行ってくる!」」

 鞍馬と筑波は歓喜した表情で頷き合うと、大きな声を上げた。

「「神通力! 韋駄天!」」

 その言葉と同時に二人の姿が忽然と消え、医務室に祐人と嬌子が残される。

「……嬌子さん?」

「何? 祐人……」

 一瞬の静寂。

「行先の具体的な場所を教えてないんだけど……」

「……優秀なんだけどね」

 祐人と嬌子の間に何とも言えない残念な空気が漂った。