200-Epilogue ②




「いや、すまないね、日紗枝。突然、来てしまって」

「本当よ! 事前に連絡を入れてから来なさいよ、本当にアルは!」

「あら、ごめんなさい。日紗枝さん。ちょっと、伺いたいことがあってね。電話より直接、お話したい内容だったから……つい」

「そんな……朱音様。いつでもいらして下さって構いません。ですが、仰って下さればこちらからお伺い致しましたのに……」

「そんな悪いわ。日紗枝さんは忙しい身だし……」

「私と待遇が随分と違うような気がするのは、気のせいかな? 志摩君」

「あはは……」

 応接に突然、来訪してきた世界能力者機関のSSランクと相談役でもある精霊の巫女という大物二人に志摩は若干、緊張してしまう。

「それでご用件は……? 部屋を別けて聞いた方がいい内容でしたら、手配しますが。もし、私もお邪魔でしたら席を外します」

 志摩がそう言うと、剣聖も朱音もそれは無用というように、話を切り出した。

「いや、私は堂杜少年なる子の話を聞きたくてね」

「あら、奇遇ですわね、私も祐人君のお話で足を運んだのですよ?」

「え……!?」

 日紗枝と志摩は目を大きく広げると、思わず顔を合わせてしまう。

「それは……。どうして堂杜君の?」

 アルフレッドは朱音に目を移すと朱音が「お先にどうぞ」と頷いたのを見て前を向いた。

「ちょっと、色々と彼の噂を聞きつけて……私も興味がわいてね。それでちょっと彼を借りたいと思ったのだが、まあ、日紗枝も色々とあるだろうからね。先にことわりを入れておこうと思ったのさ」

「……堂杜君を? その噂っていうのはどこで聞きつけたのかしら? アル」

「あはは……そんな目をしないでくれ。あ、もちろん私が彼に報酬は払うよ。そうだね……報酬はランクS待遇を考えているが」

「! アル……」

 日紗枝と志摩はアルフレッドの申し出に驚く。
 それはまるで今回の闇夜之豹での祐人の活躍をよく知っているような物言いと評価。

「まあまあ……それは祐人君、好待遇ですね」

 何故か嬉しそうにしている朱音は驚いた風でもなく笑みを見せた。

「アル……腹の探り合いはしたくはないわ。その理由を教えて。こちらも機関が考える彼についての現状を話すわ。だから、あなたも知っていることを話して。もし話せないような内容なら、こちらも話すことは何もないわ」

 日紗枝の真剣な顔をアルフレッドは見つめる。

「……分かった。そちらの話が聞けるなら私としては、これ以上ないことだ。こちらも包み隠さず話そう」

「朱音様……突然、申し訳ありません。これから話す内容は機関の相談役として聞いてもらえないでしょうか? またご意見があれば仰っていただければと思います」

「ええ、分かったわ。それに私もその祐人君のお話はお聞きしたいし」

 朱音も笑顔で応じた。
 このように日紗枝が朱音にもちかけたのも朱音は機関での最高相談役でもあるからだ。
 遅かれ早かれ、いつかは話せねばならない内容でもあった。それに日紗枝はこの場に朱音がいてもらった方が良いとも考えたのもある。
 それは精霊の巫女でもある朱音には嘘を見抜く能力が高いのだ。そこまで疑っているわけではないが、その朱音を前にしてアルフレッドが嘘をつくことを予防するという側面もある。
 剣聖アルフレッドは機関の最高ランクSSにして、その中枢を担う人物だ。その彼が機関に害をなすことはまずありえない。
 だが日紗枝は最近のアルフレッドの行動に眉を顰めていた。
 それはある時から突然、姿を消し、連絡もつかず、行方不明とまで言われている時期もあったのだ。何をしているのかも一切、報告がないために機関も困惑していた。
 ようやく、日紗枝が連絡をつけて、アルフレッドを新人試験の試験官に招いたのは2ヵ月前のことである。
 それで今回、何の前触れもなく現れたと思えば、堂杜祐人を借りたいと言う。
 日紗枝個人はアルフレッドを信用していても、機関の支部を預かる者としてはその意図を正確に知らなければならない。

「じゃあ、アル。まずはこちらから堂杜君について、機関本部の調査結果と仮説、それと今回の闇夜之豹を壊滅したレポートを説明するわ」

 日紗枝は志摩に顔を向けて頷くと、祐人の新人試験結果からミレマーでの疑問、そして今回の闇夜之豹について詳細に説明をした。
 アルフレッドは新人試験について自分と体術で互角という記載があるというところで、目を細める。

「と、ここまでが機関の堂杜君にまつわる情報と考察です」

「日紗枝……私は新人試験での彼を覚えていないな。確かに妙だね、それだけの少年なら記憶していてるはずだが……」

「……それは、私たちも同意見よ。これについてはどう捉えていいか、私たちも頭を悩ませているの。偶然か……それとも……」

「……」

「それで……アル、あなたの話を聞きたいわ。何故、彼に興味を持ったの? それで何故、彼を雇おうと? 一体、何の仕事なの?」

「ふむ……これから言うことは……いや、日紗枝の判断に任せるが、慎重に扱ってほしい、とだけ伝えておくよ」

「……」

「私は……ここ数年、ある人物を追っていた。それで色々と機関にも心配させてしまったがね」

「……」

 日紗枝の顔を見つつアルフレッドは苦笑い気味に肩を竦めた。

「……ある人物?」

 アルフレッドは頷く。

「その人物は“御仁”と呼ばれていて、名前も定かではないんだが……知れば知るほど非常に危険な人物だ」

 日紗枝と志摩は眉根を寄せてアルフレッドの顔を見る。アルフレッドは今まで行方をくらましていた理由がその御仁なる人物を探すためだと明かしたからだ。
 機関のどの幹部もそのことは知らされていない事柄である。

「一体……何者なの? その御仁っていう人物は……」

「何者か、と聞かれると私も分からないと言うしかないのだが、ただ、こいつはここ十数年来の魔神の顕現に関わっている可能性が高い。いや、そのすべてをこいつ一人が後ろで糸をひいていると私は思っている」

「な!?」

 日紗枝は驚愕し、志摩も背筋を伸ばした。

「そ、それは!? そんなことが可能な人間がいるわけはないわ!」

「私もそう思ったが、この人物の存在を疑い始めたのは、ドルトムント魔神からだ。ドルトムント魔神が討伐された後、機関や世界各国からの調査が入ったのは知っているだろう? 実はその時に見つかったのさ……ドルトムント市街にあるヴェストファーレン公園の地下に魔神召喚のためと思われる祭壇と積層の巨大な魔法陣跡が」

「な、何ですって!? そんな話、知らないわ!」

「私が知ったのもずいぶんあとだ。しかも、それを知ったのは機関からではない、それを見つけた調査隊がいたんだよ、ある国のね」

「! それは?」

「東欧の小国の調査部隊さ。数人の能力者しかいない国だったが、偶然か、能力者が優秀だったのか、それを見つけた」

「何てこと……それでそれを隠ぺいしたの? でも何のために……」

「違うよ、日紗枝。その調査隊は全員、殺された。その場でね」

「!」

「その能力者の中に自分の思念を他人に送ることが出来る者がいた。その能力者は死ぬ間際にその視覚映像を自分の親友に送っていたんだ。私は身を隠しているその人物に会う機会があってね。その話を聞いてすぐに調べに行ったが……」

「……あったの? その祭壇は……」

「いや、破壊されたのか跡形もなかった……が、地下空間があったらしき形跡は発見した。その調査隊の遺体も見つけることは出来なかったが」

「……それで、その御仁っていうのは……?」

「その映像を受け取った人間が言うには、その映像が入ってきた時にその声が聞こえてきたんだそうだ。その人物の周りに何人もの風変わりな格好をした人間たちがいて、その人物を“御仁”と呼んでいたそうだ」

 あまりの話に日紗枝は判断に迷う。この話をどう扱ってよいものか、と。

「さらにだ……日紗枝。私たちが担当した3年前の魔神召喚未遂事件……。機関は公にすることをしなかったが、あの件もこの御仁なる人物の姿が見え隠れする。そして、この御仁なる人物の周りには危険な奴らばかりの名が見えてくる。そのほとんどが能力者大戦で敗れた……能力者たちの名がね。そこにはスルトの剣、ロキアルムの名もあった。そして、一年前の品川魔神……こちらはまだ分からないが、あるいは、と私は疑っている」

 そこまで聞いて日紗枝は立ち上がる。

「どうする気だ? 日紗枝」

「すぐに機関本部に連絡して、その親友っていうのを保護させるように言うわ!」

「……無駄だよ、日紗枝。もう既に彼は亡くなっている。精神病棟でね」

「……! じゃあ、今の話を!」

「待て、日紗枝。まだ、私の話は終わってはいない」

 アルフレッドにそう言われ、日紗枝は力が抜けたようにもう一度、腰を下ろす。

「日紗枝、妙だと思わないか?」

「……?」

「何故、機関がその地下の祭壇に気づかなかったのか? それに3年前の魔神召喚未遂事件もそれらしい理由を作られて、公にはならなかったことが……」

 日紗枝も担当した3年前の魔神召喚未遂事件……。
 その時のことを思い出し、日紗枝は無意識に自分の腹を摩り……アルフレッドの意味深な言い回しに目を細める。

「……何が言いたいの? まさか!? 機関の中にそれを気づかせないようにした連中がいるってこと……?」

「……」

 アルフレッドは驚く日紗枝を静かに正視した。

「アルフレッド様のそのお話……すぐには判断がつきませんが、それで……アルフレッド様はお独りで調査をされていたんですか」

「……日紗枝、この話の扱いは君の判断に任せる。私はどうにかその御仁なる人物を捕らえたいと思っているのだ。それで……」

「祐人君の力を借りたいというのはそういう理由だったんですね? 剣聖」

 ここまで話を聞いていた朱音が剣聖に声をかける。

「……そうです。彼の実力はランクSに匹敵すると考えています。それでいてランクDというのはとても都合がいい。彼を連れて行っても私が何かしようとしているのか、周りに勘繰られづらい。機関のどこに敵と通じている者が分からない中で、それだけの実力があり、しかも彼にはその心配もない」

「そうね、祐人君は間違いなくいい子よ。それとね、彼を連れて行くのは良いことのように感じます。精霊たちがね、彼の名前を出してから喜んでいるわ。これは、良い人選といっているのだと思います」

「そうですか……精霊の巫女にそう言われるとホッといたします」

「アル……あなたはどこで堂杜君の実力を知ったの? 闇夜之豹のことも知っていたんではなくて?」

「ああ、実は私は仲間を探していたんだ。この敵は一筋縄ではいかないと考えている。出来れば仲間は多い方がいい、もちろん、腕のいい仲間が、それで私は仙道使いたちに目をつけた」

「は!? 仙道使いにつてがあるの!? アルは」

「いや、ないよ。だから血眼で探した。噂通りなら彼らは相当な戦力になると思ってね。しかも、機関にも悟られづらい。それで……ようやく、接触できた仙道使いがいた」

「本当に!? で、どうだったの?」

「断られたよ……というより話し合いにもならなかったというのが正確かな? いや、もう……どうしたらいいのか意味不明だったよ。もう自由すぎて……無尽蔵に酒に付き合わされて」

「……」

「ですが……それと堂杜君がどうつながるのでしょうか?」

 仙道使いの話をしながら顔色を悪くしているアルフレッドに志摩が問いかけた。

「ああ、先日、突然、その仙道使い……仙人らしいのだが、連絡があってね」

「! 仙人からですか!?」

「ああ、いつの間にか私のホテルの部屋に手紙が置いてあった。内容は“おい、アルフレッド、儂は力を貸さんが、力を貸してくれそうな奴を紹介してやろう。せいぜい、こき使ってやってくれ。そうでもせんと儂の気がおさまらんわい。よいか? こき使うのだぞ”とね」

「まさか……そこに書いてあったのが?」

「ああ、堂杜祐人と書かれていた。それでご丁寧に闇夜之豹を倒した奴と聞けば分かる、とまで書いてあったのでね、ピンときた」

 志摩は顔を上げてハッとしたように日紗枝を見る。

「じゃあ! 堂杜君は仙道使い!? それなら試験で彼を測れなかったのも、この実力もつじつまが合います! 大峰様」

「まさか……そういうことだったのね。それで……」

「あら……そうかしら? それを聞くと確かに祐人君は仙道使いかもしれませんが……」

「何かご存じなのですか? 朱音様」

「あ……いえ、ほら、彼は霊力を出しているから」

 その朱音の言葉に志摩が腕を組んで顎に手を添えた。

「……確かに。それは妙ですね。謎の多い仙道使いですが、そんなのは聞いたことがありません。ひょっとしたらそこが天然能力者と記載してきた理由にしているのかもしれません」

「ああ、そうのですね」

(……おかしいわね? 祐人君がリョーの息子なら、霊剣師のはずなのですけど……祐人君も色々と複雑な事情がありそうね、別に私には問題ないですが)

「アル……分かったわ。堂杜君の件はあなたに任せるわ。もちろん、彼の意思を尊重してね。それと……今日の話はとりあえず私の胸の中にとどめておくことにするわ。こんな話、相談するにしてもバルトロさんくらいしか思いつかないわね。機関に入り込んでいる敵の間者の存在を考慮すれば、直接、会わなければいけないわ」

「すまないね。堂杜君には私から直接、話そう。それに今すぐに、というわけではないからね」

 アルフレッドとの話が終わると、志摩がお茶を入れなおし、それぞれの前に置く。

「朱音様、お待たせしまして申し訳ありません。それで今日のご用件ですが……朱音様も堂杜君の件と伺いましたが」

「ええ、実は良い考えがあってここに来たのです」

「……良い考え? それは?」

「機関は……日紗枝さんは祐人君の扱いに困っていると思いましてね。これだけ強い祐人君をランクDのままにしていてよいのか? でも、いきなり高ランクにすれば世界とのバランスが崩れかねない。それに彼を置いていい正確なランクも分からないし、まだ祐人君には色々と疑問もある。そうではないですか?」

 日紗枝は朱音の状況認識の速さに舌を巻く。ここに来る前からこのようなことを考えていたのだ。その時はまだ、朱音にしてみれば祐人の情報は断片的であったはずなのにもかかわらず。

「……恐れ入ります、朱音様。実はその通りでございまして……」

「日紗枝さんは祐人君を必ず機関に取り込んでおきたいと考えているでしょう? ランクもAかBくらいでとりあえず落ち着けて、徐々に取り込んでいこうと、とか」

「! いや、まだそこまでは決めてませんでしたが」

「ふふふ、そこで提案なのですが、彼を四天寺に招けば良いのではないでしょうか?」

「え!? 四天寺に!? それはまさか……瑞穂ちゃんの?」

 想像の斜め上にいく朱音の提案に日紗枝はひっくり返る。
 それに対し朱音はにっこりと笑い、頷いた。

「はい、四天寺は機関でも有数の名家。そこに彼が婿として入れば、否が応でも機関に最も近い人物の仲間入りです。そうすれば、どの国や組織も彼にちょっかいはださないでしょう? それに四天寺は優秀な婿を手に入れることになるし、一石二鳥だと思って」

「そ、それは確かにそうですが、四天寺に招き入れるとなると大峰と神前の承諾が必要になります。今はまだランクDの堂杜君を両家が納得するのは難しいのでは……」

「だから……数十年ぶりに開催しようと思いまして」

「開催……? ハッ、ま、まさか……朱音様」

「はい、四天寺の神事、次期当主の伴侶を決める『入家の大祭』をね。もちろん、我こそはと思うものはすべて参加を許可します。年齢制限はどうしようかしら? 本来はないのよね」

 入家の大祭……力を重んじる四天寺家において、その次期当主の伴侶を選ぶ際に行われる神事である。大峰、神前の両家が認めた人物であれば問題ないが、その際に適当と思われる伴侶候補が見つからないときに行われてきた。
 参加者はそこで自分の力を示し、大峰、神前の両家を納得させた者のみが伴侶として迎えられる。
 平安時代から存在する四天寺家の歴史において、何度か開催された記載があるが、昨今では開催されてはいない。
 その前に大峰、神前の推薦するお見合いを経てのものが大半であった。

「あ、朱音様、それを瑞穂ちゃんはご存じなので? 毅成様は……それに堂杜君にも」

「いえ、まだ伝えていませんが」

「……」

「四天寺独自の神事ですが、機関には報告しておこうと思いましてね。ああ、楽しみだわ。帰ったらみんなを説得しないとね!」

 日紗枝は手放しで喜ぶ朱音を、これでもかというくらいの引き攣った顔で見つめるのだった。