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 今、祐人は落ち着かなかった。
 それは、別荘でみんなと賑やかに昼食をとり始めたのだが……

「祐人、これも食べてね。お肉好きでしょう?」

「う、うん。ありがとう、茉莉ちゃん」

「あ、このマリネ、私が作ったんですよ? 祐人さん、いっぱい食べてください。今、とり分けますから」

「あ、自分でやるよ、マリオンさん」

「わ、私も、サラダ作ったわ! 祐人」

「私もです。切っただけですけど……」

「え? 瑞穂さんとニイナさんも、作ったの?」

 という感じで、妙にみんなが自分に優しい気がする。
 それを嬉しいかと問われれば、もちろん嬉しいのだが、祐人にとっては何かこそばゆい感じで困ってしまう。というより、調子が狂うというのが正しいかもしれない。

(何があったんだろう……?)

 祐人は自分の前にかいがいしく、料理を並べてくる少女4人を不思議そうに眺めていると、みんなモジモジした感じで祐人をチラチラと見ている。
 すると、瑞穂が意を決したように口を開いた。

「祐人……」

「……うん? 何? 瑞穂さん」

「外に寝かせて、ごめんなさい! ちょっと今回は私もやりすぎたわ。特に昨日のは……」

 瑞穂が頭を下げると、茉莉やマリオン、ニイナも神妙な顔をして一緒に頭を下げた。

「え? あ……」

 思わぬ4人の謝罪を受けて祐人もリアクションに困ってしまう。

「みんなで旅行に来ているのに、祐人だけテントはちょっとなかったわ」

「あ、もういいよ、瑞穂さん。そんな気にしてないから」

 実はすごい気にしていたが、こう正面から頭を下げられると、祐人も許す気になった。

「ううん、私たち……反省して、今日はみんなで祐人をもてなそうって話し合ったの」

「祐人さん、ごめんなさい。今日はゆっくりしてくださいね。雑用は私たちでやりますので」

「はい、それでまず堂杜さんに料理を作ろうって……まだまだですけど。でもいつかミレマーの料理を御馳走します!」

 しおらしい茉莉たちの言葉に少し胸が痛くなってきた祐人。
 というのもこの直前に、この4人に文句を言っていたのだ。
 優しさが足りないと。

「み、みんな……」

 すると、横で祐人が4人の少女の謝罪で簡単にほだされていくのを見た一悟が祐人に視線を送ってきた。

(馬鹿野郎、簡単にほだされんな! テントで独りを過ごした夜を思い出せ)

(え、でもみんな謝ってきてるし!)

 長い付き合いで、この二人にだけ分かるコミュニケーションが繰り広げられる。
 この様子にカレーをドカ食いしている鞍馬と筑波が頭を傾げた。

「鞍馬、鞍馬ー、この二人、何を話し合ってるんだろ? カレーって美味いな!」

「うん! 筑波! カレー美味い! 鞍馬には分からん! 白とスーザン、分かる?」

「うん? 一悟と祐人の会話? 分かるよ。ね、スーザン」

「……分かる」

「そうか! すごいな! 教えて、教えて!」

「いいよ! えーとね」

(そんなんで、すぐに許すから、お前はいつもひどい目に合うんだよ)
「そんなんで、すぐに許すから、お前はいつもひどい目に合うんだよ~」白

(……あ、そ、そうなのか?)
「……あ、そ、そうなのか……」スーザン

「「「「え?」」」」

 突然、聞こえてきた一悟と祐人の会話に瑞穂たちが驚き、目を大きくする。しかも聞こえてくる声は一悟と祐人の声をそっくりに真似ている白とスーザン。

(そうだ! こんなもの、いっときのものだ。すぐにまた厳しくなるに決まってる。ここはお前が怒っていることを示すんだ!)
「そうだ! こんなもの~、いっときのものだ。すぐにまた厳しくなるに決まってる~。ここはお前が怒っていることを示すんだぁ!」白

(で、でも、反省してるって)
「……で、でも……反省してるって」スーザン

(お前はそうやって、すぐに甘い顔を見せるから、女は図に乗るんだ。ここはガツンって言ってやれ! テントにされたのは本当に頭にきたんだろ?)
「お前はぁそうやってぇ、すぐに甘い顔を見せるから、女は図に乗るんだぞ~。ここはガツンと言ってやるんだ~。テントにされたのは本当に頭にきたんだろ~?」白

(た、たしかに! 今回はひどいと思う。でも、なんて言えばいいんだろ?)
「……た、たしかに、今回はひどい……でも、なんて言えばいい?」

 ビクッと4人の少女の体が固まる。
 鞍馬と筑波は、おお! 白とスーザンすごい! と称賛すると通訳している白とスーザンは調子に乗ってきて通訳に自分たちなりのアドリブを入れ始めた。
 でも、全部通訳するのは面倒なので二人の会話を汲み取り勝手に一つにまとめだす。
 全部、祐人の声色に統一。
 一悟と祐人は言葉を使わぬこの会話に集中している。

(そうだな……うん、よし、まず……顔を怒った風に作り、こうだ。“正直、今回はマジでムカついた。こんなことされて簡単には許せねーよ!”だ)

(おお! なんか……カッコいいな! 実際に言える自信はないけど。でも、僕の気持ちはある程度反映してるね、特にテントのことは)

「今回という今回は頭にきたぞぉ! 簡単には許さないぞ、ガオー、これがカッコいい僕の気持ちだ! 特にテント」白

(それでだな、“本当に許してほしかったら、今日は俺の言うことを何でも聞いてもらうぞ! まずは今日一日、俺の事はご主人様と呼んでもらう”だ)

(うわー、鬼畜っぽいなぁ)

「……本当に許してほしかったら、今日は何でも言うことを聞くんだな……今日は僕が鬼畜なご主人様だ……」スーザン

「……え? え? 祐人?」
「ちょっと祐人……何を言って」
「祐人さん……!?」
「堂杜さん……どうしたんですか?」

 4人の少女は祐人のいつもとは違う言いよう(全部、白とスーザン)に驚くも、祐人がいつになく怒っていることに動揺する。
 茉莉たちは互いに目を合わせ、小声で相談を始めた。

「これは何なの!? 茉莉さん。祐人が変よ!」

「わ、分からないけど……これが祐人の本音みたい。でも、こんなにへそを曲げた祐人は初めてかも……。でも、こんなに意思を表示してくる祐人……」

 何故か頬を染める茉莉。

「……祐人さん、そんなに怒ってたんですね……。ど、どうしましょう!? 祐人さんに嫌われちゃいます~」

 マリオンは涙目で怯えたようになっている。

「やっぱり、テントはやりすぎだったんですよ。だから私は……反対したんです」

「ず、ずるいわよ、ニイナさんも同意してたじゃない!」

「ふえーん……どうしましょう~、瑞穂さん! 祐人さんがこんなこと言ってくるなんて、よっぽど怒っているんですよ~。祐人さんがこんなこと冗談でも言いません……」

「こら、泣くんじゃないわよ、マリオン。それに、どうするって言われても……今日一日何でも言うこと聞くなんて……」

 瑞穂もどうしていいか分からない。
 プライドの塊の瑞穂は無条件に相手の言うことを聞くなんてことは経験にないのだ。
 すると……茉莉が意を決した、でもちょっと上気した顔で口を開く。

「私、やるわ! 今日だけ何でも言うこと聞く!」

「え!? 茉莉さん!」

「今回はやりすぎたのも確かだし……祐人もやっぱり男だもの……普段、温和でもこんなに怒ったのも分かるし……今のはっきりものを言ってくる祐人、ちょっと素敵……じゃなくて、そうでもしなくちゃ気が済まないんだと思う。だから祐人が許してくれるなら、今日一日、祐人の命令に……従う。命令……に」

 命令という言葉のところで、ブルブルっと体を震わす茉莉。
 その様子を半目で見つめる瑞穂とニイナ。

「……茉莉さん、あ、あなた……」

「ひょっとして……茉莉さん……」

「な、何? あ! 仕方なくよ! 仕方なく。こうでもしなくちゃ今の祐人はずっと怒ったままで、気まずいでしょ!? いいわ、ここは私がすべて引き受けるわよ! それで許してもらえるように言うわ」

「いえ! 私もやります! 私……嬌子さんたちの話を聞いて羨ましく……じゃなくて、不潔だと思うばかり、祐人さんにあまりに酷いことをしてしまって……。それに……これから祐人さんと気まずいのは、どうしても嫌です~。何でも言うこと聞きます~」

「マ、マリオン、本気!?」

 涙を流して縋るようにプルプル震える今のマリオンは危ういほど打ちひしがれている少女そのもの。

「……分かりました。私もやります。皆さんを止めなかった私にも非がありますから。ミレマーの淑女として、私も責任をとります」

「え!? ニイナさんまで!」

「瑞穂さんは無理しなくていいですよ。それに堂杜さんのことです。鬼畜って自分で言ってますけど、そんなに大したことは言ってこないです。多分、ジュース持ってきて、ぐらいでしょう。それですぐに、機嫌を直して許してくれます」

 瑞穂は顔を引き攣らせるが、こうなって自分が参加しないのは、どうにも居心地が悪い。
 瑞穂は頭を抱えると、観念するように声を上げた。

「ああ、もう! 分かったわよ! 私も今日一日は祐人の言うことを聞くわ」

 こんなことになっているとは露知らず、一悟と祐人は二人だけのコミュニケーションを続けている。結構、集中力が必要な会話らしい。

(でも、一悟、何でも言うことを聞いてもらうって言っても何を頼めばいいの? というより、もうこれ現実離れしてきたけど、念のため聞くわ)

(そうだな、まずは……全員、水着でエプロン姿になれ! だな)

(おおお! それは、見てみたい! アホですな、僕たちは)

「全員の水着でエプロン姿が見てみたい!」白

 白の元気な声(祐人の声色)が響き渡る。

「え!? ちょっとニイナさん! 大したこと言わないって言ってなかった!?」

「なな! そう来る!?」

「そんな! 祐人さーん! それは恥ずかしい……です~」

「堂杜さん、それは卑猥です! 本当に鬼畜です!」


(それでだな……それぞれには罰として、四天寺さんは食べ物を口に運ぶ、あーん係で、ちょっと悔しそうにやること。それと語尾には“ニャン”で統一。マリオンさんは胸がすごいから、肩を揉んでもらう。胸が背中や頭に当たることを期待してな。白澤さんは足を揉んでもらう、こちらを見る時は上目遣いな。3分おきに“どこか固く凝っているところはないですか? ご主人様”と聞くこと。ニイナさんはジュースを運んできて、祐人に飲まそうとするが、毎回、必ずそれを膝にこぼすこと。それで涙目で申し訳ありませんと言いながら、祐人の膝から股関節にかけて入念に拭き取る! これを言え! そうしたら許してやるって!)

(言えるか! 僕が殺されるわ! それに何だよ、その細かい指示は! ほとんど一悟の趣味だろうが! でも…………いい趣味してるわ、一悟)

(フッ……だろう?)

「……瑞穂は食べ物を口に運ぶ、あーん係で、ちょっと悔しそうにやること。語尾は常に“ニャン”で統一。……マリオンは背中や頭に胸を当てながら肩を揉むのだ……枕係?」スーザン

「ええーー!! 何よ、それぇ! この変態! しかも呼び捨て………………ニャン」

「む、胸をですか!? 枕係って……!? ででで、でも……私はやります、それで祐人さん……ご主人様が許してくれるなら!」

 あまりにも予想外の命令に顔を真っ赤に染めあげる瑞穂とマリオン。

「茉莉は足揉み係! こちらを見る時は上目遣で3分おきに“どこか固く凝っているところはないですか? ご主人様”と聞くんだぞぉ! ニイナはジュースを運んできて、毎回、必ずそれを膝にこぼすのだ! それで泣きながら、申し訳ありません、と言い、祐人の膝から股関節にかけて入念に拭き取る! そうしたら許してやるぞぉ! いい趣味だろう? ガーハッハー!」白

「ひ、祐人……それがあなたの望みなのね。分かったわ、それをやればいいのね…………ご主人様(ボソ)」

「ちょっと、私のは何ですか!? そのドジっ子メイドみたいなキャラは! 私だけ芝居じみてるじゃないですか! いみじくも国家元首の娘の私に……こんなこと……。いいです、分かりました。こうなれば完璧にこなして見せます」

(まあ、ここまでは無理だけどな。現実的に言えば、“今回のは本当にひどい! もうこんな事が続くんなら、次はマジで口きかねーから!”ぐらいかな)

(そりゃそうだろ! それでも……それをこの4人に言うのはハードルが高いんだから。でも……よし! 勇気を出して言うぞ!)

 祐人は軽く深呼吸をし……勇気を出して前に顔を向ける。

「今回のは本当にひどいよ! もうこんな事したら……ってあれ? みんなは? どこに行ったの?」

 祐人がキョロキョロすると、静香がチョイチョイと祐人の肩を叩いた。

「4人なら、着替えに行ったわよ」

「着替え? 何で着替えに行ったの?」

 一悟もいつの間に? という感じで首を傾げている。
 その横では鞍馬と筑波のヒーローとなっている白とスーザンが、両拳を天に掲げてその声援に応えていた。
 静香が呆れたようにジト目でため息をつくと……奥から茉莉たちが帰って来た。
 祐人はその姿を見て……硬直。

「……は?」

 全身を赤くし、恥じらうようにするその4人の少女の姿は……今、一悟と話していたエプロン姿で……その中身は、水着だった。

「さあ、これで文句はないわよね! 祐人! ……ニャン」

 やけくそ気味で涙目の瑞穂。でも、どうしてもご主人様とは言えない。

「ニャ……ニャン?」

だが、その恥じらう瑞穂の姿は新鮮で、祐人は目を奪われる。

「どこで肩を揉めばいいですか……ご主人様」

 エプロンを内側から大きく盛り上げているマリオンのその姿は祐人の脳天を直撃。

「足を揉むわよ、ひろ……揉みます、ご主人様。ど、どこか固く凝っているところはないですか? ご主人様……」

 顔は真っ赤だが、僅かに喜びも漏れているような……茉莉。

「お飲み物をお持ちしました……あ!」

 一人だけジュースをトレイに持っていたニイナは明らかに祐人に向かって転び、そのジュースを派手に祐人にぶちまける。

「うわ! 冷た!?」

「申し訳ありません! ご主人様! 今からお拭きします」

 そう言うと華奢な体に大きく見えるエプロンのポケットから綺麗な布きんを取り出し、祐人の前に四つん這いになるニイナ。

「え!? ちょっと、いいよ、ニイナさん! 自分で拭くから! というかみんなどうしたの!? あ……ま、まさか……さっきの一悟との会話……」

「全部聞こえていたわよ。白ちゃんとスーちゃんの通訳で」

 静香がデザートのフルーツを口に運びながら説明する。

「ええーー!?」

 祐人が唖然として一悟に顔を向けると、途端に何事もなかったようにカレーを食べ始める一悟。

「こ、これで……いいんでしょう? …………ニャン」

「祐人さん、ごめんなさい~。一生懸命、肩を揉みますから……許してください~」

「マリオンさん、僕は怒ってないからそんなに泣かなくても……瑞穂さん、そんなに睨まないで?」

「本当ですか~?」

「本当だから! 茉莉ちゃんとニイナさんも、ね! ね! 落ちついて!」

「いいのよ、ひろ……ご主人様。私もしっかりやらせてもらうわ。今回はごめんなさい」

「また、ジュースをお持ちしました。あ!」

「もう、いいって! ニイナさん! 冷たい! あ、足を揉まなくてもいいから、茉莉ちゃん! マリオンさん!? 近い、近いよ! うんぐ!」

 カレーを瑞穂に口に突っ込まれた祐人。

「あーん……ニャン。クッ……これは屈辱……だわ……ニャン」

 悔しそうな目で祐人を睨む瑞穂。
 これを遊んでいると解釈した人外組も参戦。

「ああー! 面白そう! 何やってるの?」
「祐人、祐人ー」
「……楽しそう」
「私もまざりますー」
「「首領~!」」

「のわ! ちょっと、みんな離れて! 息が! 息が……できな……い」

 外では食事を終えた傲光が槍を振るい、鍛錬をしており、玄はもうウガロンと出かけたようだった。
 祐人を中心に人口密集度が高まり、収拾がつかなくなっていると、リビングの入り口から大人の女性の声が聞こえてくる。

「あらあら……楽しそうね」

 明良とともに入ってきた女性の声に瑞穂は驚愕する。

「あ! お母さん!」

「ふふふ、なーに、瑞穂、その恰好は? でも、可愛いわよ?」

 騒がしいリビングを見て、瑞穂の母、四天寺朱音(してんじあかね)は楽しそうにニッコリ笑った。