209-Before entering the big festival





「ここが……祐人さんの家ですか? 思っていたのと全然違いました」

 マリオンが物珍しそうに天井や壁を見渡す。

「そうですね、こんなに広い敷地と大きな家屋は想像してなかったです。ここに一人で暮らしているんですか? 堂杜さんは」

「でも……所々がボロボロね。雨露は防げているの? これ」

 ニイナも瑞穂も興味津々な表情で、畳敷きの居間を眺めている。

「いやいや、これはすごい綺麗になってるぞ? 前に来たときはとても中には入れる状態じゃなかったからな。ちょっと見ない間に修復したんだろう。よくそんなお金があったな」

「そうね……前はテントだったし」

「あれはあれで楽しかったよね!」

 祐人が7人分の麦茶を持ってくると、みんなの前に置いて行った。湯呑はすべて100円ショップで揃えたものである。

「あんまし、見なくていいから。これはね玄と傲光が修復してくれたんだよ」

「マジか! あの二人にそんな器用なことが」

「うん、お風呂も大きく作り直してくれて、僕もびっくりだったよ」

「へー、あとで見せてくれよ、祐人。そうだ! 今度、泊まらせてくれよ。一日中ゲームでもして……ってテレビがねーな。それにエアコンもないしなぁ」

「あはは……それは今度の報酬で考える予定で……。その前に冷蔵庫とか洗濯機とかライフラインの方が重要だったから、そこまで手が回ってないんだよね」

「うーん、それじゃあな、お前んちに泊まっても面白くねーな。ゲームは持ってきてやるから、せめてテレビを頼むわ。それとこの真夏に扇風機だけってのもなぁ、なんとかならんのか? 暑くてかなわんわ」

「もう、一悟は文句ばっかりだな! だからうちで話し合うのはあんまり、って言ったのに! まあ、でもそのうち、何とかやりくりを考えて……だなあ」

「おお、そしたら泊りに来てやる!」

「どこから目線だよ、そりゃ」

「「「「……」」」」

 この男同士の気兼ねない会話に、茉莉や瑞穂、マリオンやニイナはどこかもどかしそうに、見つめていた。どこか羨ましそうでもある。
 だが、今はその話をしに来たのではない。

「じゃあ、早速だけど、堂杜さん、今度の入家の大祭の作戦を練りましょう」

 ニイナが音頭をとり、ノートパソコンを持参したカバンから取り出した。

「おお、ニイナさん、本格的だねぇ。自分のノートパソコン持ってるなんて羨ましいなぁ、俺は今度、買ってもらえる予定なんだけどな。親を説得するのに苦労したもんだ」

 パソコンに疎い、というよりも縁遠い祐人も普通にパソコンを操るニイナを見てカッコいいと思ってしまう。

「まあ、別に大したことを入力するわけじゃないけど……とりあえず、参加者の名簿を見せて? 表にしてそれぞれの情報を打ちこんでいくから。情報項目は……みんなで出し合いましょうか」

「分かった。これだよ」

「そこに置いてください。こ……これ、思ったより参加者が多いですね。そんなに瑞穂さんと結婚したいのかしら、この人たちは」

「違うわよ、どうせ四天寺の名に釣られてきただけの人たち。私のことなんてうわさ程度で知るはずもないわ……」

 不愉快そうに瑞穂は顔をそむけた。

「「「「「……」」」」」

「……じゃあ、なおさら阻止しないとね。私もこんな人たちと瑞穂さんが結婚するところなんて見たくないです。大体、瑞穂さんと結婚したいなら、正面から来なさいって思います。乙女の心を奪う気概があるなら、まず顔を見に来いって言いたいですし」

「ニ、ニイナさん……」

「そうだよね! 力がなきゃいけないんだったら、それも含めて見せに来いって思うよ! 私なんか庶民を代表して、文句を言いたい!」

「水戸さんが庶民代表って……分かるわ!」

「何ですと! 袴田君だって骨の髄まで庶民でしょうが! ちょっと! 笑ってるけど、茉莉だって四天寺さんを前にしたら似たようなもんだからね」

「似たようなもんって……」

 静香たちのやりとりに皆、笑みがこぼれ、瑞穂も表情を柔らかくした。

「そういえば、瑞穂さん、参加者名簿は見たの?」

 祐人が聞くと、瑞穂は嘆息するように答える。

「いえ、見てないわ。正直、見る気も起きなかったし……」

「見る必要もないわ! こんなもの!」

「なんか、水戸さん、張り切ってるね……」

「静香は……昔からこういうの嫌いなのよね。前に観た映画で登場人物が、意にそぐわない結婚を強制されたシーンがあって、その時、「ふざけるなー」って声を張り上げたこともあったわ……映画館で」

「うわー、それは恥ずかしいな! 今時、スクリーンに声を上げるって、下町でもねーぞ」

「あ、あれは! 私がアクション映画を観たいって言ったのに、茉莉がこっちがいいって無理やりみせるのが悪いんだよ!」

「いつも、静香に付き合って、SFアクション映画ばっかりみせられているのは、こっちよ! それ以外は探偵ものばかりだし、密室殺人とか」

「いいじゃない! 楽しいじゃない!」

 ガヤガヤ騒いでいると、ニイナがパソコン画面から顔を上げた。

「はい、入力完了。じゃあ、できる限りの情報を入力して、少しでも調べる相手を絞っていきましょうか。そうね、まずは先に……どうやって絞っていくかを考えましょう」

「ニイナさん、入力、速!」

 こうして、まず全員で大まかな作戦を話し合うことになった。



「えーー! 変なの! 何で偽名とかOKなの? そんなの怪しい奴を呼び込んでるようなもんじゃない!」

「本当にそうね、能力者たちの常識がよく分からないわ」

 一般人を代表し、静香と茉莉は入家の大祭の参加登録に通り名や二つ名、さらに言えば偽名までOKと聞いて文句をつける。

「まあ、一般的にいえばそうなんですが、能力者の世界って特殊なところがあるんです」

「でも、マリオンさんたちは本名でしょう?」

「私たちはそうですが……あんまり、本名を教えられない家系の能力者もいますし……」

「うーん、私も驚きましたけど、主催者がいいって言ってるんだから、仕方ないですね。でも逆に考えて、本名ではない人間をピックアップしていくのがいいと思います」

「おお、なるほど、ニイナさん頭いい!」

「本名ではない人は後で明良さんに聞くとして、それと……所属というか、そういったものがはっきりしない人も注意です。あとは、今まで敵対的だったはずの人たち、過去の名家、有力者だったという人たちも、念のためリストアップしましょうか」

「え? ニイナさん、敵対的だった人たちをリストアップするのは分かるけど、過去の名家とかは何でなの?」

 茉莉の疑問に皆も一様に頷くが、祐人は「あ……」と顔を上げた。

「まさか、利用されやすい、ってこと?」

「……そうです、堂杜さん。よく気がつきましたね。堂杜さんは政治家に向いているかもしれません。いえ、政治家の家に入るのも将来的にはいいかもしれませんよ?」

「……え? 僕が?」

 ニイナが祐人を見ながらニッと笑う。

「ちょっと! ニイナさん、祐人には政治家は無理よ! 騙されやすいんだから」

「そうです! 祐人さんは政治家に向かないです!」

 途端に茉莉とマリオンがすぐに割って入った。

「……むむ」

「ニイナさん、それで利用されやすいというのは? どういうことかしら?」

「……はい、瑞穂さん。名家と一度でも呼ばれた人たちというのは、大体、思考回路が似通ってるんですよ。それは、簡単に言えば、お家再興を、ってやつですね。これはどこの国でも同じです。それでいてこれに対する執着心は強いことがほとんど。そこにそのチャンスが転がってきたらどうなるか?」

「……」

「そそのかされ易いと思いませんか? 四天寺家に敵対する人たちは表立って動くことは難しい。だったら、それ以外の人たちを使って誘導した方がいいです。それで、囁くんですよ。これでかつての名声を取り戻す絶好の機会になるって」

 茉莉はニイナの言うことに合点がいく。

「なるほどね。それでそのそそのかした連中は、それに紛れて侵入しやすい。その家の縁者、もしくは……従者という肩書を借りて」

「そうです。以前のミレマーでもあった政争でもよくあるケースでした。表立って動かずに裏から糸を引く……良からぬことを考える連中にありがちな、それでいて王道ともいえる手段ですね」

 瑞穂は表情を消し、ニイナの話を聞いている。
 今、瑞穂は感情が消えかかっていた。
 分かってはいたことだ。
 分かってはいたことだが……出てくるのは、すべて状況の話。
 四天寺に入れる、四天寺に認められる、四天寺を使って名を売る、お家再興……すべて、それが中心に回っている。
 そこにあるのは四天寺家であり、自分ではない。
 この入家の大祭の果てには、自分と生涯のパートナーになるということでもあるのにもかかわらず……。
 瑞穂はそんな考えが浮かんでくると……一人、意地の悪い笑みを見せた。
 その笑みは誰かに向けたものではない。自分自身に向けの笑みだった。
 自分の胸の奥底で、ほんの僅かにだけ顔を見せた、くだらない、価値のない、幻想を笑ったのだ。
 自分は四天寺瑞穂である前に、四天寺家の人間だったと再確認した。

「じゃあ、名簿を確認しましょうか? 現状で気になる人物にチェックを入れていきましょう。これは私たちでは分からないので、瑞穂さんとマリオンさん見て頂けますか?」

「……分かったわ」

「あ、はい」

 ニイナがそう言うと、瑞穂とマリオンは名簿の名前に目を落とした。
 二人が名簿の上から確認し、分かる人物をピックアップしていく。
 祐人も能力者であるが、他の能力者についてはほぼ無知であるため、この作業は瑞穂とマリオンに任せるしかなかった。
 作業中、瑞穂は……ふと、一番下にある名前に目が吸い寄せられた。
 そして……そこに記載されている名前に愕然とする。
 瑞穂は体が硬直し、顔も強張ってしまう。
 祐人はその二人の様子を見つめながら、挙げられる能力者の名前や特徴を頭に叩き込んでいくが……ふと、瑞穂の表情に眉を顰める。

(……うん? 瑞穂さん?)

「瑞穂さん……?」

「……」

「瑞穂さん?」

「な、何? 祐人」

 祐人に呼びかけられていることに気づき、瑞穂はハッとしたように顔を上げた。

「いや、少し疲れているようだから……。名簿に気になる名前があったの?」

「……別に何ともないわ」

「そう……ならいいんだけど」

 祐人はそう言いながらも、顔色が優れないように見える瑞穂を心配そうに見つめる。
 瑞穂は……再び、名簿に目を落とした。
 その瑞穂の視線の先にある……

 三千院水重……

 という名に、瑞穂は無意識にテーブルの下にある手を握りしめた。

「あ! 瑞穂さん、これを見てください!」

 突然、マリオンが驚きの声を上げた。

「ここに黄家の英雄さんの名前が!?」

「……え? あ、あいつ……性懲りもなく」

 祐人もマリオンの言う聞いたことのある名に首を傾げた。

「黄家の英雄? うーん? ……ああ! あいつか!」

「何、何? 誰なの? 祐人」

「いや、機関の新人ランク試験の時に会ったんだけどさ……これがまた……強烈な個性の持ち主でね」

「はい……私たちに嘘をついて、それで瑞穂さんは強引に食事を付き合わされたことがありました」

「何それ!? そんなことがあったの? 瑞穂さん」

 祐人もそれは初耳で驚くと、瑞穂は嫌な記憶を思い出させないで、と言わんばかりに顔を不愉快そうにする。

「ちょっと、マリオン! せっかく忘れていたのに!」

「嘘をついて四天寺さんと食事? なんだそりゃ? どんな奴なんだ? 祐人」

 一悟が気になったのか、質問してくる。

「ああ……何ていうのかな? とりあえず、あまり関わりたくないような人柄?」

「ふーむ、なんか残念そうな奴だな。そいつって強いの? マリオンさん」

「……はい、能力者の家系では有名な名家の人です。その試験で私と瑞穂さんと同じランクAを取得した人です」

「え!? じゃあ、すごいんじゃないの? 俺にはよく分からんけど」

「はい……名家である黄家でも数十年来の逸材と言われている人ですから……。でも、まさか、参加してくるとは思いませんでした。それにざっと目を通しましたが、それ以外にも、名の通った実力者たちが結構います。私が知っているくらいですから、相当、有名な人たちです」

「おいおい、大丈夫か? 思ったよりヤバい奴が多そうじゃん。そんな連中に勝てんのかよ、祐人?」

「うーん、やってみないと分からないけど……もちろん全部倒すつもりだよ、僕は」

(……え!?)

 瑞穂が顔を上げる。今、祐人の言っている意味が分からない。
 だが、一悟や茉莉たちは、当たり前のように頷く。

「おお、頼むぜ!」

「そうよ、祐人。頑張ってね」

「分かってる」

「ちょっと待って! 一体、何の話をしてるの!? 祐人が全部倒すって……」

 瑞穂が思わず声を上げると、むしろそこにいる全員の方が瑞穂に何を言っているのか? という表情をする。

「は? 何って、祐人が全部ぶっ倒して、このふざけた祭りを終わりにするって話だろ? 四天寺さん」

「……!」

 うんうん、と全員が頷いた。
 呆気にとられたように瑞穂は、こちらを顔を向けてくる面々を見返した。

「で、でも、祐人は怪しい奴を見つけたら、排除するようにって依頼を受けただけで……」

「そうだよ? だからさぁ、俺たちにしてみれば……」

 一悟はニヤッと笑い、祐人たちに顔を向けると、皆もそれぞれの表情で声を合わせる。

「「「「「全員、怪しい!」」」」」

「……!?」

 するとニイナは驚く瑞穂に説明する。

「正直、誰が怪しいなんて完璧には分からないですよ、瑞穂さん。今、しているのは、なるべく危険な可能性の高い人物を選別しているだけです。それに、私たちが一番心配しているのは、その怪しい人物の狙いが瑞穂さんの場合です」

「……え?」

「だって、四天寺家に恥をかかせるのに一番いいのは、今回の主役でもある瑞穂さんに危害を加えることだと思います。ましてや、元々、次期四天寺家当主の筆頭格である瑞穂さんをどうにかしたいっていう人たちが集まってくるんですから、なおさらです」

「……」

「それに最後は瑞穂さんが自ら相手を測るんでしょう? ということは最後まで大人しくしていて、瑞穂さんとの最終戦に牙を剥いたらどうするんですか? もちろん、そうなればすぐに堂杜さんやマリオンさんにも介入してもらいますけど、初撃で命を狙ってこられたら間に合わない場合だってあります。だったら……」

「僕が参加者は全部、倒した方が早い。だから、今はそれ以外の時に何かしようとする連中がいないかを気をつけないとね。朱音さんやそれ以外の四天寺の人たちを巻き込もうとするかもしれないし」

 祐人がそう言うと、

「そうね」

「そうだよ! 瑞穂さん」

 茉莉も静香も当たり前という顔。

「……あ、あなたたちは、いつの間にそんなことまで考えて……」

 瑞穂がそう言うと、ニイナがウインクをした。

「実は、事前に瑞穂さん抜きで話し合ってたんです。ほら、瑞穂さんは当事者だから、色々と……悩んでいるだろうし。こんな話し合いを長時間していたら瑞穂さん精神衛生上よくないと思って、私からみんなに提案しちゃいました」

「ニイナさん……」

 瑞穂はニイナの言葉に、冷え切った心が僅かに温まるのを感じた。
 だが、今の瑞穂はそうありつつも、感じていたいと、自分が望んでいるのかもしれない、と思ってしまう。

「と、いうのもあるけど……」

 そこに怒れる庶民代表の少女が震える声で言い放つ。

「やっぱり、許せんよ! 四天寺さんには悪いけど、こんなふざけた催しで結婚相手を見つけろだぁ? アホかーー!! 名家だか能力者だか知らないけど、乙女の価値も分からぬ連中は全員、叩きつぶされろぉ!」

 静香は立ち上がると、テーブルに足を乗せる。

「し、静香、お、落ち着いて」

「黙らっしゃい! 茉莉! これが落ち着いていられるかぁ! 大体ね、四天寺の名前だけに引き寄せられたこのハエどもにも目にもの見せないと気が済まんのよ!」

「ハエって、あんた」

「水戸さん、すげー剣幕だな。本当に嫌いなんだな、こういうの」

「だね」

「堂杜君!」

「はい!」

「いい? 徹底的にやりなさい! こんなクズどもにやられたら……」

「わわ、分かった! もちろん、全力でいくよ! 元々、そのつもりだったし!」

「「「「え!?」」」」

 祐人の元々、という言葉に引っかかる4人の少女。

「元々? 祐人……それって、どういう……」

 瑞穂が、探るように祐人のその発言の真意を聞いてくる。

「え……? あ……あれ?」

「……祐人? あなた……元々、何を考えていたのかしら?」

 あんなに応援してくれていた茉莉の雰囲気が一変し、黒いオーラが噴き出している……ように見える。

「それは……どういう意味ですか? 祐人さん」

 マリオンは笑みを浮かべているが、瞳に光が……ない。

「まさか……これをチャンスに四天寺家に取り入ろうとか、思ってないですよね、堂杜さん」

 検事のように詰問してくるニイナ。

「違うよ! そんなこと考えてないって!」

「堂杜君! すべてを倒しなさい! すべてを! 灰燼(かいじん)に帰すまで!」

「水戸さんは怖いよ! いや、みんなも怖い!」

 一悟は何事もないように瑞穂に顔を向ける

「んで、入家の大祭は、来週だよね、四天寺さん。この大祭って何日くらい?」

「え? そ、そうね、この人数だと……一週間くらいはかかるでしょうね」

「え!? マジで!? そりゃ……予想外な……日程が被っちゃうかも……」

「……? 何と被るの?」

「あ! 何でもない! 何でもないよ! ……ヤベーな、どうしよう……今更、日程変更は感じが悪い」

 妙に焦る一悟に、瑞穂は頭を傾げるが、まだ、わいわいやっているメンバーに目を移す。
 いつもなら、そこには自分が入っていたかもしれないが……、
 今の瑞穂にはそのみんなの姿が遠く、まるでテレビの画面の向こう側で起きていることのように感じられていた。

(何故……あの三千院水重が……。いえ……あの人なら、そう考えることも……)

 瑞穂は顔と瞳を曇らせ、息苦しそうに自分の胸を掴んだ。