224-In front of the big festival at the entrance to the tournament ②
「よー、祐人」
「あ、一悟、みんな」
一悟たちは祐人と合流した。
合流すると、トーナメントまでの時間はたいしてないので、早速、互いの情報を共有することにし、ニイナがノートパソコンを広げた。
まず、祐人から見回りをした状況とラウンジでの参加者たちとのやりとりや印象を伝えると、女性陣は不愉快そうな表情を隠さなかった。
「……まあ、想定内ではありますが、やっぱり気分のいいものじゃないですね。瑞穂さんに同情します」
ニイナが形の整った眉を寄せて、パソコンになにやら打ち込んでいく。
「まったくね。聞いてて嫌になるわ……」
「本当だよ! そんなのと結婚させられた日にゃ、私だったら家を飛び出すよ!」
「はい……瑞穂さんがこれを聞いたら……とても傷つくと思います」
茉莉たちは一様に瑞穂が置かれている特殊な環境を想い、それぞれに反応する。
特に一般人の茉莉と静香の怒りは大きい。
「祐人、もちろんガツンと言ってやったのよね?」
「そうだよ、堂杜君! 『お前らに結婚なんぞ百年早いわ! 家に帰ってお人形とおままごとでもしてな!』ぐらいは言ってやったんでしょ!?」
「え!? まあ、うん。そういった表現じゃないけど。僕も正直、頭にきたから」
「おいおい、水戸君。人形って……相手が大人の男だと別の意味に聞こえるからやめなさい」
静香の言いように一悟がブレーキをかける。
「「「「別の意味?」」」」
首を傾げる女性陣。
「ああ……反応しなくていいから。まあ、とりあえず参加者のほとんどは、そんな奴らばかりだったってことだな? 祐人」
「そうだね……全員とコンタクトをとったわけじゃないけど」
「そうか、まったく……クズどもが! 俺も腹が立ってきたぜ。祐人、こうなりゃ、お前が参加者全員をやっちまうのが話としてはえーな。どうなんだ、できそうか?」
「……」
一悟の質問に全員が祐人に顔を向ける。
元々、ここに集まったのは瑞穂のために行動を起こした面々だ。それに加えて、祐人の話を聞いて、全員の気持ちはさらに強くなり一つになっている。
「うん……そのつもりだよ。僕が全員倒して……最後に瑞穂さんと勝負をして負ける。そういう方向性でいこうと思う」
祐人が真剣な顔で応えると、皆頷いて笑みをこぼし、祐人に頑張るように声をかけた。
一悟は祐人の首に手を回す。
「おお! やってやれ、祐人!」
「一悟、僕はやるよ! その後のことを考えてもこの方がいいし」
「……! そうか、そうか、やる気だな、祐人! これも四天寺さんのためだからな!」
一悟は祐人の返答に、一瞬、顔色を変えて、大きな声で返す。
そして、にこやかにそのまま祐人を女性陣から離れた場所に連れてくと、小声になった。
「馬鹿! やる気になっているのは良いことだが、周りに合コンのことが感づかれるだろうが!」
「あ、ああ! ……ごめん」
「まったく……また、なにかコソコソしているね~」
「コソコソ? 何の話? 静香」
茉莉の質問には答えず、静香は少年二人を見ながら、右手で顎をさすり、ニヤッとする。
「まあ、まだ泳がせておくかな」
静香の独り言に横にいた怪訝そうに茉莉は首を傾げたのだった。
ちょっと離れたところにいる少年たちを横目に、突然、今回のまとめ役のニイナが真面目な顔でマリオンに質問をした。
「マリオンさん……聞いてもいいですか?」
「何ですか? ニイナさん」
「ランクAのマリオンさんから見て、本気になった堂杜さんはどれほど強いんですか? できれば、正直に教えて欲しいです」
「……」
ニイナの問いにマリオンは咄嗟に黙ってしまう。
それはニイナの瞳の中に力強く光る何かを見たからだ。
マリオンは一瞬、祐人に目を向ける。
ニイナは静かにマリオンの返答を待った。
ニイナは今までのことで……夏休み前に闇夜之豹と事を構えたときも祐人が表で裏で、敵となった相手を倒してきたのは分かっている。それがどうやら、とてつもないことなのではないか、ということも何となく感じてはいた。
今回の大祭についても、参加者を全員倒す、ということを……それを当たり前のように祐人は言っている。
ニイナの問いは、それを祐人が成し遂げるという前提で話をしていることは、異常なことではないのか? と今更ながら疑問に思っていたのだ。
それは一体どういうことなのか?
もし、自分が想像するように祐人がそこまでの能力者であるのならば……
祐人は何故、ここまで強いのか?
このような疑問が湧いてくる。
茉莉もニイナの発言を聞き、マリオンへ顔を向けた。
実はニイナのその問いは、茉莉や一悟、静香も感じていた疑問でもあったのだ。
幼馴染、親友、同級生としての側面の祐人は十二分に知っている。
だが、それと同時に、自分たちは能力者としての祐人のことはどこまで知っているだろうか? と思ってしまう。
ニイナ以外は、以前に祐人の家が能力者の家系で、その歴史は1000年を超えるということは聞いていた。また、祐人の能力の足枷についても……だ。
ニイナが知っているのは、祐人は能力者で機関にも所属しているということだけ。
それ自体、祐人の秘密を共有している仲間ではあるのだが、どうしても知りたくなる。
……堂杜祐人とは一体、何者なのか? と。
祐人は何故強いのか? 強いのならば、どうしてそこまで強くなる必要があるのか? 更には、祐人はその強さを積極的に誇示しようとはしていない。戦闘となれば隠しようもないが、それ以外では至って謙虚で目立つことを嫌がっているようにも見える。
このことは皆それぞれに祐人のことを考えていた。
茉莉でいえば、祐人が心配だった。
祐人は強いと信じてはいる。でも、如何ほどかまでは聞いたことがない。
祐人は場合によって、危険を顧みずに行動することがあるのだ。前回も大怪我を負っていたのを見て体が震えてしまった。
祐人のことで知りたいことは他にもあるが、どれほどの強さかは知っておきたい。
そして……ニイナにはそれ以外にも、これらを確認したい理由があった。
(ミレマーで、私は堂杜さんと……出会っていた。なのに、私は堂杜さんを覚えていない。私と堂杜さんは本当にちょっとすれ違っただけ? ううん……きっと、もっと何かあったと思う。だって……今でも堂杜さんを見ていると、こんなにも……)
ニイナは無意識に自分の胸の辺りを掴む。
おかしい、こんなことはおかしい、と思う。
そして、知りたい、いや知らなくてはいけない、という衝動に包まれる。
(私は堂杜さんを知りたい。違う、知っているの。だから、思い出したい)
二か月前に起きた自身の母国であるミレマーに起きた国家存亡の危機。
表向きは民主派のクーデターによる混乱と報道されているが、それが事実とまったく違うことはニイナも知っている。
その真実はミレマーという国に現れたS級の危険分子とされる『スルトの剣』という召喚士たちが起こした未曽有の妖魔大召喚事件だったのだ。
その時、ニイナのいる場所に世界能力者機関から派遣されてきた瑞穂とマリオンは、自分の父であるマットウをこの世ならざる妖魔、魔獣から幾度となく救ってもらった。
そして……ミレマー全域の各都市を妖魔の大軍が襲った。
自分が、育ての父マットウが、そして実父グアラン、母ソーナインが、豊かで平和なミレマーをと夢を描き、その人生をかけて戦ってきた矢先にすべてが塵になり消えそうになったのだ。
だが、祖国ミレマーは救われた。
ミレマーを覆う妖魔の大軍は駆逐され、その元凶であるスルトの剣は倒された。
これに際し、これを救った人物はだれなのか、いまだに分かってはいないという。
(勝利の後……あの時……私は、あの時の私は……何かを探していた)
その日のこと……瑞穂とマリオンが自分とすれ違いで日本に帰った日のことをニイナは思い出す。あの救われて喪失したような感覚を覚えた日のことを。
それは実父グアランが亡くなった悲しみとは別個の感覚だった。
そして……一つの事実がある。
それは、そこには堂杜祐人がいたということだ。
自分にはその記憶はない。
だが祐人は自分のことを知っていた。
清聖女学院で祐人が隣の席に来て挨拶をした時、祐人は自分とちょっと会っただけのようなことを言っていた。
(不確かなことに私は頼らないわ。私は事実と真実を突き止めたい)
ニイナは心と頭を切り離した。目指すところは同じはず。
状況整理は出来てきている。
妖魔の大軍に襲われたミレマー各都市に、突然現れてそれを救った守り神と言われている存在。
(堂杜さんには契約人外が複数いる)
あとはランクAの瑞穂さんやマリオンさんでも敵わないと言われたスルトの剣を倒した謎の人物。
(そこには堂杜さんがいた。ランクはDだけど……その実力はランクDとはかけ離れている? じゃあ……)
ニイナはマリオンに体を向けた。
「瑞穂さんのお母さんの朱音さんの言いようで、堂杜さんはランクDではありますが、その実力は、遥かその上をいくのは何となく分かりました。でも、実際はどうなのかまでは、私には分かりません。この大祭に集まった参加者はそれぞれにかなりの手練れが集まっていることは私にも分かっています。ましてや昨日のバトルロイヤルを勝ち抜いてきた人たちですから、さらに強敵であることは言うまでもないですよね?」
「……はい」
「もちろん、堂杜さんも勝ち抜いてきていますから、同列と言っていいのだとは思いますが……朱音さんやマリオンさん、そして、堂杜さん自身の発言や今回の提案までを伺うと、堂杜さんの実力はどれほどなんでしょう?」
マリオンは今、ニイナの瞳から感じ取ったものは何なのか、を理解した。
ニイナのその質問は単純に祐人の実力を聞いているのではないことも。
(そう……ニイナさん……探しているのね。自分の中から消えたパズルのピースを……)
それは同じことを経験したマリオンであるからこそ、気づいたものであった。
すると……マリオンは笑みをこぼした。
その笑みはニイナには印象的だった。
何故なら、その笑みは嬉しさが大半であるようで、その中には諦めがあり、それでいて正々堂々とライバルを受け入れるようにも見える不思議な笑みだった。
そして、マリオンはニイナの問いに自分の思うことを正直に答えた。
「本気になった祐人さんは……誰よりも強いと思います」
茉莉、そして、ニイナはその言葉に驚き……祐人の方に視線を移した。
茉莉は僅かであるが安心を得たように、
ニイナは謎の一端を解明した学者のように、
……頬を緩めた。