257-Attack on Shitenji ⑦




「もう終わりかぁー!?」

 オサリバンは憎しみの籠った顔で声を張り上げる。観覧席及び四天寺の重鎮の席の前の広場では神前功が率いる5人のチームとの死闘が繰り広げられていた。
 さらには設置された大型モニターの下方もナファスを囲むように大峰家のチームが奮闘しているがナファスのすべてを腐食化させる能力で近づけずにいる。

「おーおー、ナファスとやり合ってる精霊使い共もジリ貧だな。あれじゃ時間の問題だ」

 ナファスと対峙している大峰のチームはナファスが口から出す様々な特性を持つ息に悩まされていた。特に難渋しているのは精霊術すらも腐食させ無力化させる黒色の息だ。
 大峰家のチームはこの様々な息を操る能力者に対し、当然、風精霊によってこれらの息を吹き飛ばし、間髪入れずに攻撃を与えようと試みた。ところが、この黒色の息ですべての精霊術が相殺されてしまい、風の精霊術もこの黒色の息に触れた途端にその姿を消してしまう。そのため、僅かにしかナファスの放出する腐食させる息を押し返せないでいるのだった。

「かかってこい……精霊使い。来ないのならこちらから行く。我々は四天寺を潰すために来たのだ、これが回答だ」

 またしても大きな口を裂けるように広げて大量の息をまき散らすナファス。

「な、なんという邪気と瘴気を含んだ息だ。あれでは精霊たちが汚染されてしまう。おい!いいか、何度も言うが絶対に触れるなよ。あれに触れればこちらも腐食してしまうぞ!」

「は、はい!」

 しかもこの黒色の息は際限なく放出され、大峰家の精霊使いは近づくこともままならず、距離をとると神経系を侵す青黒い息などが襲ってくる。大峰チームのリーダーは周囲を飛んでいた虫たちが痙攣をおこして地面に散らばったことでそのことに気づいた。
 黒い息を常時、出しながら他の息も同時に吹きかけてくる。そのため、大峰家のチームは固まって動き、死角を作らず防御に専念している状態だった。
 その様子は神崎功も遠目で確認はしていた。だがこちらもそれどころではない。
 オサリバンを相手に徐々に追い込まれているのだ。

「クッ! 功さん、こいつは不死身ですか!?」

「攻撃しても攻撃しても効果がないです! これ以上はこちらが持ちません!」

 5人の神前のチームは功を中心に陣を組み直す。
 神前のチームメンバーの指摘は正しく、今までに数々の連携で攻撃を加えているのだがオサリバンはそれにまったく意に介さない様子で動きを止めることもない。

「分かっている! 今、孝明さんがこちらに送ってくれた戦力がもう来る。それまで踏みとどまるぞ。しかし、こいつの能力は……」

 つい先ほど指揮官である神前孝明に神前功から襲撃者の一人が【黒眼のオサリバン】と報告した。するとすぐに増援を送ると連絡がきた。また、それだけではなく襲撃者全員のところに大峰、神前のチームの半数以上を投入すると言う。
 それは神前孝明が反撃を決断したということと、勝利を確信したということだ。ということは、自分たちは敵を逃さずこの場に足止めをしておくことが重要だ。

(しかし一体、どういうことだ。こちらの攻撃はヒットしているのにまったく効果がない。仲間が来る前にもう少し情報を取りたかったが……これ以上の踏み込みはこちらが危険だ。やはり、同時に全身を塵にでもしなければこいつは倒せんということか。となると、あの武器を何とかしなければ)

 オサリバンは傷や怪我は負うのだ。実際、先ほどは左腕や右脚が切断寸前までの深手を負わせオサリバンの動きは鈍った。ところが、なのだ。オサリバンはその傷を人間とは思えないスピードで急速に修復し元に戻る。
 そして、もう一つ不可解なことがある。

(こいつ……力を小出しにしているのか? それともまだ本気で戦っていなかったとでもいうのか)

 オサリバンは戦いが長引くにしたがって、動きや攻撃の威力が上がってきている。まるで戦いにおけるギアを一段ずつ上げてきているかのようだった。それはそのまま受け取ればオサリバンは少しづつ本気を出してきているということだ。

(こいつ、まさか四天寺を前にして遊んでいるのか? しかも本気の上限がいまだに見えない!)

「おらおら! いくぞ!」

 オサリバンが突進してくる。

「む!? 散開しろ!」

「ほーら、そろそろ、あの重鎮席に行かせてもらうぜ!」

 そう言い、オサリバンが高々と跳躍すると神前のチーム5人が位置取りしている中央へ神剣のレプリカであるハルパーを投げ槍のように高速度で投げ落としてきた。
 即座に優秀な神前の精霊使いはハルパーの着弾点から回避行動をとった。先ほどから最大限に警戒をしてきた武器を投擲してきたことに功は驚いたが、これをチャンスとも考える。功たちは明らかにあの触れるものをすべて切断するハルパーに手を焼いていたのだ。
 恐るべきことにこのハルパーはこちらの精霊術まで切断してくる。そのために全身に攻撃をしかけて一気に塵に変えようという作戦を実行したのだが、術を切り裂かれて火力不足に陥るのだ。
 だが、今、その厄介な武器を攻撃のためとはいえオサリバンは手放した。これをやり過ごし、ハルパーを奪えばオサリバンの戦力低下は確実。
 神前功は離脱、散開しながらもチーム員に目で合図を送る。この合図を正確に理解したメンバーは散開しながらも同時進行で術を練り、攻撃を避けた後に瞬時に動けるように次の行動の準備をした。
 しかし……この時、この神前のチームの優秀さが仇になった。
 ハルパーが先ほどまでいたところの地点に着弾する。

(よし! 衝撃をいなして武器を奪いに……何!?)

「しまっ……! 全力で防御ぉぉぉぉ!!」

 その功の叫び声が強烈な霊力を含む爆風と衝撃波でかき消される。ハルパーが着弾した地点を中心に功の予想する数倍の破壊のエネルギーが解放されたのだ。

「馬鹿が! 欲をかいたな、四天寺の雑兵どもがぁ!」

 そのエネルギーの余波はオサリバンの仲間であるナファスやそれと戦う大峰のチーム、そして、瑞穂や朱音たちがいる重鎮席にも及ぶ。
 ナファスはどす黒い空気をまといながらオサリバンの方に視線を移した。まさに今、こちらにオサリバンの放ったハルパーの破壊エネルギーが大波のように押し寄せてきている。

「ヒヒヒ、大層な威力。オサリバン、思った以上にやりこまれたのが回答」

 そう言うとナファスは大きな口を広げるとその口から赤茶色の息が放出され、周囲にある大峰チームの精霊術すら喰らう黒い空気に混じり、ナファスの身を守るように覆っていった。

「何だ、あれは!? 功さんたちは!?」

「防御結界! 同時に岩壁、風を展開しろ!」

 ナファスと相対していた大峰家の精霊使いたちもこの事態に気づき、ナファスから即座に距離をとりつつリーダーを中心に障壁と結界を展開した。
 当然、この衝撃波は瑞穂たちのいる四天寺の重鎮席にまで及ぶ。

「あれは! お母さん!」

 強大な力が弾ける瞬間、瑞穂は半立ちになり目を広げる。
 だが、朱音は微動だにしない。

「大丈夫よ、瑞穂」

「でも、功たちが! クッ!」

 この瞬間に重鎮席にその衝撃波が襲った。重鎮席から見えるはずの風景がすべてシャットダウンし、無意識に瑞穂は精霊たちを手繰り寄せてしまいそうになる。
 が……瑞穂は気の抜けたような表情をみせた。

「これは……?」

 恐ろしいほどのエネルギーを内包した衝撃波が来たのにも関わらず重鎮席は静かそのものだった。視界は封鎖されているが振動すらない。瑞穂は驚きを隠せないままに重鎮席を見渡すと瑞穂たちの両脇に座る神前家当主、左馬之助と大峰家当主、早雲が胸の前で印を組み体全体から高濃度に圧縮したような霊力をまとっていた。

「……佐馬爺、早雲」

 瑞穂は左馬之助、早雲のこのような姿を見るのは初めてであった。いつも口うるさい左馬之助、そして終始、冷静で抑揚が感じられない早雲。それが今、瑞穂も息を飲む気迫のようなものを放っている。

「座ってなさい、瑞穂」

 朱音が何事もないように声を上げる。

「で、でも、あの攻撃の矢面にいた功たちが!」

「……座っていなさい」

「……!?」

 先ほどと同じトーンで発せられた朱音の言葉。だが、その言葉にある得も言われぬ圧力に瑞穂は硬直しそのまま腰を下ろした。

「そう、何事もなかったようにそのままでいるのです。私たちがそうしていることで四天寺の人間たちは思う存分戦えるのです。今は孝明たちに任せています。であれば孝明からの要請がない限り決して動いてはなりません。たとえ、功たちが全滅していようともその態度を崩してはなりません。四天寺は何があろうとも四天寺。そして四天寺とは私たちのこと。私たちがここでいつも通りにしていることが、四天寺に仕える人間たちの誇りなのです。それを知りなさい、瑞穂」

「……」

 この朱音の言葉に含まれる重圧に瑞穂は口を閉ざした。今更ながらに四天寺の名の意味を再確認する。
 瑞穂は目を瞑り、そしてしばらくしてその目を開けた。
 凄まじい衝撃波は弱まり、視界が明らかになっていく。ここで印を解いた左馬之助と早雲は左右から後方にいる朱音と瑞穂の方に振り返ると二人の顔がほころんだ。
 その目には忠誠心と誇り、そして何よりも喜びが内包している。
 何故ならそこには、何事もなかったように表情一つ変えない四天寺朱音と四天寺の誇る天才、四天寺瑞穂その人がいたからであった。



 オサリバンは大地がえぐれたクレーターの中心に刺さっているハルパーを引き抜きながらケラケラと笑い出した。

「ハッハッハー! これでもまだ生きてやがるのか。大したもんだな、四天寺の精霊使い共! だが、もう虫の息か?」

 周囲には先ほどのオサリバンの攻撃を最も近い距離で受けてしまった功たちが土に埋もれて散らばるように倒れている。
 彼らは優秀な四天寺の精霊使いだ。防御と回避に専念していればここまでのダメージは負わなかったかもしれない。しかし、オサリバンの放ったハルパーを奪取するということまで念頭に置いた行動が結果として今の現状を招いてしまった。

「ハッ! まあ、一応、とどめを刺しておくか」

 オサリバンはハルパーを右肩に担ぎ神前功の横までゆっくりと歩いていく。
 この状況は重鎮席からも見えている。瑞穂と朱音はすました顔でこれを見つめている。
 左馬之助、早雲も顔色ひとつ変えずにまるで風景を眺めるような態度だ。

「うう……ん」

「意識があんのか、そりゃ、お気の毒だ。楽には死ねねーな。ゆっくり確実に心臓を貫いてやる。体の中に入ってくる異物を感じながら死ねや」

 そう言うとオサリバンは肩に担いだハルパーを逆手に握りしめ、その切っ先を息絶え絶えでうつ伏せに埋もれている神前功の心臓の上に掲げた。
 黒く塗りつぶされた闇そのものに見える目で神前功を見下ろしニヤリとオサリバンが笑う。
 瑞穂は表情こそ変えないが両拳を握り締めた。
 その時だった……。
 オサリバンに向かい高速で滑走するように飛来する物体が迫る。

「……ム!? 何だ!? ムグウ!!」

 この気配に気づいたオサリバンは自分に激突せんとばかりに飛来する謎の物体を咄嗟にハルパーで受け止めようとするが失敗し、その場から謎の物体と共に横に吹き飛んだ。

「……あれは!?」

 神前功と同じ神前家の左馬之助は覚悟を決めてこの様子をみていたが、さすがに予想外の出来事に声を上げてしまい瑞穂も目を広げた。

「ヌウウ!」

 オサリバンは勝利の余韻を楽しんでいたところを邪魔されたこともあり、頭に血を登らせながら激突してきた物体を吹き飛びながらもハルパーで上空に切り上げた。そして、受け身をとり体勢を立て直す。

「誰だ!? この俺様に舐めた真似をしてきた糞野郎は!?」

 クレーターの端で飛来してきた方向にオサリバンは顔を向けて激高する。そして、自分のいるクレーターの反対側に立っている、その舐めた真似をしたらしい人物を見つけた。
 怒り心頭のオサリバンが新たな標的を見つけたと同時に四天寺家の重鎮席にいる瑞穂は安堵と憧憬が合わさったような笑みを浮かべ、拳を自然と緩めると……小声でつぶやいた。

「……祐人はもう……いつもあなたは」

 瑞穂はこの時、人生で初めて異性に対し恋焦がれるような目を見せた。
 対照的にオサリバンが怒りで震えながら殺気を込めて睨むその目の方向には鋭い眼光を見せる少年が立っている。

「て、てめえか……」

 するとその少年は二十メートル以上離れているのにも関わらず、その静かな声がしっかりとオサリバンに聞こえた。

「あんたの仲間だろ? もっと大事に扱えよ」

「あん!?」

 その言葉の意味がオサリバンには一瞬、分からなかった。
 すると、自分の背後にさきほどハルパーで切り上げた物体が落ちてきて周囲に黒い空気が漂いだす。ハッとしてオサリバンは振り返る。

「ナファスだとぉ!?」

 そこには襲撃をした際にコンビを組んでいた口が異様に大きく小太りの男が泡を吹き、胴体にはオサリバンが切りつけたものであろう大傷から血が噴き出して意識を失っていた。

「とどめを刺したのはあんただけどね」

 そう言うと祐人は右手に持つ倚白をオサリバンに向けた。

「かかってくるならこっちに来いよ。僕が相手をしてやる」

 祐人が珍しく敵を挑発するが、これが効果てきめんだった。すでに怒り心頭だったオサリバンは生意気な少年の不遜な態度に完全に切れた。

「てめえぇぇぇ! そこを動くんじゃねーぞぉぉ!」

 オサリバンがハルパーを握りしめ、こちらに向かおうとした時、祐人は素早く背後にいるマリオンと明良に声をかけた。

「マリオンさん、明良さん、今の内だ! 僕があいつをひきつけている間にあの人たちを回収して!」

「分かりました!」

「ありがとうございます! むこど……祐人君!」

 マリオンと明良は背後から左右に展開し、ナファスと対峙していた大峰家のチームは呆然とそれを見つめている。
 重鎮席でも一緒だ。左馬之助、早雲は時が止まったようにこの状況を見つめる。
すると、朱音が少女のような表情で微笑み両手のひらを軽く合わせた。

「祐人君は素晴らしいわ……絶対に四天寺に取り込まなくちゃ」

 左馬之助などは感動のあまり、目を潤ませてしまい、震えた小声で「婿殿、婿殿……感謝いたしますぞ」と呟いている。
 瑞穂はこの時ばかりは周囲が目に入ってない。視界にあるのはこの瞬間に現れた祐人だけ。瑞穂の瞳の中は祐人だけで埋め尽くされていたのだった。


 祐人はオサリバンを待ち構えるように倚白を構えた。
 オサリバンがこちらに突進しようと膝を曲げる。

(……こっちに来るみたいだ。あのまま重鎮席を狙う可能性もあったけど、よっぽど短気な奴みたいだね……え!?)

 祐人はオサリバンを迎え撃とうと倚白を握る手が緩んだ。
 何故なら見えたのだ。
 このコンマ一秒以下の瞬間にオサリバンの背後から木々をなぎ倒しつつ超高速で飛来してきたものが。

「小僧が! 死ねぇぇぇ……ブホォォア!」

 またしてもオサリバンにその謎の飛来物は激突しオサリバンは口から血と息を吐き出さされた。また、それは先ほどの祐人のときよりも数倍の衝撃だったためかオサリバンは受け身もとれずにゴロゴロと転がりクレーターの中心でようやく止まる。

「カハァー! な……何が……何だ!?」

 脚に力が入らずに両手をついているオサリバンは苦し気に息を吐きだし、顔を上げると愕然とした。というのは、今、自分の横にまたしても仲間の一人が仰向けに倒れ、苦し気にそして憎々し気に呻いているのだ。

「あ、あのジジイ……ふ、ふざけやがって……」

「ド、ドベルク!?」

 オサリバンはまだ整っていない呼吸で声を上げた。

「ほっほー、なんじゃ、だらしないのう。良いのは威勢だけか? そんなもんでは儂の膝枕付き耳かきはビクともせんぞい! ほっほー! うん? はて? 一人増えてるのう」

「いいから変態仮面! さっさと敷地の外に行きなさいよ、もう!」

「秋華さん、やっぱりこの人を信用しない方が……」

 突然、クレーターの対岸に現れた仮面を被った身内……纏蔵を見つけ祐人はワナワナと震えだす。

(爺ちゃん! 何やってんの!?)

 その慌てふためく祐人の後方の茂みに剣聖アルフレッド・アークライトが莞爾と笑い、姿を現した。