197-Episode 22: Get what I say from now on



 正直、壇上で彼女が何を話したのか、僕はまったく覚えていない。
 四年前よりも綺麗になった彼女に見惚れてしまっていたからだ。

 セレスティアさん、か……。
 この国の王女様だったなんて。

 まぁ考えてみたら、あのとき出会った場所はお城だ。
 普通の女の子じゃないよね。

「おい、アーク!」
「……ランタ? どうしたの?」

 気づいたらランタに身体を揺すられていた。

「どうしたの、じゃねぇよ。さっきから呼んでるのにお前、ずっと上の空だしよ。入学式、終わったぜ?」

 言われて周りを見回してみると、僕たち以外の新入生たちはすでに席を立ち、大講堂から出ていこうとしているところだった。
 結構混み合っている。

「それにしても王女様、綺麗だったなぁ。俺、この距離で拝見したのは初めてだ」
「う、うん」
「まさか同じときに通えるなんてよ。マジで受かってよかったわ。……魔法科なのが残念だけどな」

 どうやら彼女は魔法科らしい。

 武術科とは校舎が違うし、女の子なので当然、寮も違う。
 いや、そもそも寮になんて入ってないか……。

 いずれにしても同じ学校に通うとはいえ、接する機会なんてなさそうだ。

 ようやく混み具合が解消されてきたので、僕たちは立ち上がった。
 人が捌けてきた入り口へと向かう。

「けど、レイラちゃんも可愛かったなぁ」
「ん? レイラ?」

 ランタの口からなぜか双子の妹の名前が出てきて、僕は面食らった。

「新入生代表で挨拶してた子だよ」
「そう言えば」

 何でレイラが壇上にいるんだろうと、ぼんやり考えたような記憶がある。
 今さらながら、ちゃんとできたのだろうか……?

「しかしあの子も魔法科か……いいよなぁ、魔法科は……」

 ランタは羨ましそうに呟く。

「てか、お前、レイラちゃんに似てるよな?」
「うん。だって――」
「よお、ちょうどいいところにいるじゃねぇか」

 大講堂を出たところで、会話に割り込むように声をかけてくる人物がいた。
 ガオンさんだ。
 いつものようにイザートさんもくっ付いている。

 ランタが警戒する中、ガオンさんが僕の方を見て言った。

「お前、今からオレが言うものを買ってこい」
「え? それってもしかして……」

 パシリきたぁぁぁぁぁっ!

 先輩後輩と言えばパシリ。
 パシリと言えば先輩後輩だ。

 物語の中でしか知らなかった青春の一つを、現実で体験することができるなんて。

「分かりました!」
「お、おう……やる気あるじゃねぇか」

 僕の返事に、ガオンさんがなぜか顔を引き攣らせた。
 けれどすぐに口の端を意地悪そうに歪めて、

「天気堂っつーパン屋があるんだが、そこのコロッケパンというパンが美味いんだ」

 コロッケパン、美味しいよね。
 前世だと定番だったけど、こっちの世界では初めて聞いた気がする。
 異世界にもあったんだ。 

「そのコロッケパンを買って来ればいいんですね?」
「ああそうだ。まだ昼飯まで時間があるが、小腹が空いちまったからな」
「分かりました。すぐ行ってきます」

 僕が出発しようとすると、ランタが慌てて、

「お、おい、お前、天気堂がどこにあるか知ってんのか?」
「あ、知らない。知ってる?」
「もちろん知ってる。有名なパン屋だからな。けど、都市の真反対だぜ? 往復したらどれぐらいかかると思ってんだ」

 都市の真反対か。
 頑張れば五分くらいでいけるかな。

 僕はランタから詳しい場所を教えてもらった。

「じゃ、行ってくる」
「……頑張れよ」

 なぜか憐れむような目をするランタ。
 ガオンさんたちはニヤニヤと笑っていた。






 五分後。
 僕は目的のコロッケパンを無事に手に入れ、学院へと戻ってきた。

「ガオンさんたちはどこにいるだろう?」

 大講堂の前にはすでにいなかったので、探さないといけない。
 だいたいの気配は覚えているし、そう難しいことじゃないだろう。

「いた。屋上か」

 ガオンさんたちがいたのは武術科の校舎の屋上だった。
 なんだか臭いなと思ったら、ガオンさんとイザートさんが葉巻を吸っていた。

 生徒が葉巻を吸うのは禁止されている。
 だから屋上で隠れて吸っているのだろう。

 すごく学校っぽい!

「ランタ、お前も吸ってみろよ」
「い、いや、俺は……」
「ああ? オレが吸えって言ってんだよ」
「わ、分かりました」

 ランタが葉巻を強要されていた。
 もうすっかりガオンさんの子分だ。

「買ってきました!」
「……は?」

 元気よく声をかけると、ガオンさんが唖然とした顔でこっちを見てくる。
 葉巻が口からぽろりと落ちた。

「う、嘘つくんじゃねぇよ! こんなに早く戻って来れるわけねぇだろ!」
「いえ、ちゃんと買ってきましたよ?」

 僕は買ったばかりのコロッケパンを渡す。
 たぶんイザートさんとランタも食べるだろうと思って、三人分だ。
 ちなみに僕はもう食べた。なかなか美味しかった。

 受け取ったガオンさんは目を剥いた。

「ま、マジでコロッケパンだ……ほ、本当に元気堂のだろうなっ?」
「そうですよ」
「確かに、あそこにしか売ってないパンだが……。しかも、温かい、だと……?」

 運よく揚げたてが手に入ったので、保温しながら持って帰ってきた。
 一番美味しい状態で食べることができるはずだ。

 ガオンさんがコロッケパンに齧りつくと、さくり、良い音が鳴った。

「う、うめぇ……」

 そのままガオンさんは一気に食べ尽くしたかと思うと、二個目、三個目と、一人ですべて食べてしまった。
 イザートさんとランタの分だったんだけど……まぁいっか。