19-Return




----荒川美紀 視点----


 功樹が事故で目の前から消失して今日で2日になる、私は未だに封鎖されている『空間粒子研究施設』の研究ブロックに来ていた。

「功樹、どこに行ったの?」

 もう何度目になるか分からない言葉を囁く……。修一さんに連絡したら『アイツは聡明で強い子だ、必ず戻ってくるさ』と私を励ます言葉を掛けてくれたが、その顔は私と一緒で暗い表情をしていた。居なくなったのを聞いた功樹の友人達も皆一様に酷く落ち込んでいて、特にアリスという子は母親の私よりもショックを受けたようで、この話を聞いた時に倒れてしまったそうだ。

「皆も心配してるのよ、早く帰ってきなさい」

 私は目の前の無残にも抉り取られたような空間に向かって話す、駄目だここに居ても気が滅入るだけだ。そう思い立ち去ろうとした時に変換機が暴走した時と同じような反応が起き始めた、空間が歪みだし青白い閃光が走り始める。そして、その閃光が一際輝いた瞬間



 目の前に功樹が立っていた。


 しかもよく分からない西洋風の甲冑を身につけ、手には銀色に光る布や初めて見るようなケースに入った蝶の標本を持っている。そして私を確認すると暫し考える様子を見せた後に、首を傾げながら

「あ、母さん。ただいま」

 まるで学院から帰ってきた様に私に挨拶した。私は泣きながら功樹を抱きしめた……、二度と会えないかもしれないと思っていたこの子が帰ってきたのだ。余りにも力を込めすぎたせいだろうか、功樹は

「痛いって! 離してよ母さん」

 なんて言いながら嫌そうな顔をしていた。私はこの2日間、何処で何をしていたのかを聞いてみた、するととんでもない事を喋りだしたのだ。曰く『偶々転移した先が異世界の魔王城でその城を壊滅させた』、『魔王と戦っていた国の国王に国賓として招かれた』、『魔法を使って帰ってくる時にお土産として現地の物を貰ってきた』それを笑顔で説明するのだ。まったく我が子ながら適応能力に驚く、私がまるで『御伽噺の救世主ね』と笑うと

「うん、なんか救世主様って呼ばれてた。柄じゃないから恥ずかしかったけどね」

 こう言って本人は更に笑っていた。そして持ち帰って来た品を向こうの世界で撮影した写真と一緒に説明してくれる……、それにも私は驚く事になった。龍の鱗にアクロイド皇国軍の甲冑、異世界の原生種である蝶の標本に加えて『魔物』であるシルバーウルフのひざ掛けまで持って帰ってきたのだ。私が研究用に欲しいとお願いすると

「駄目、それお土産だから。母さんは鱗だけ」

 功樹は鱗だけを私に渡して、残りは全部近くに居た護衛のスキンヘッドの人に渡してしまった。多少……いやかなり他の物も欲しかったが、私はとりあえず功樹が無事に戻ってきたことを喜び修一さんに連絡をするのだった。



 そういえば功樹は知るはずも無いが、この子を捜索するために世界中で600万人以上の軍隊が出動しているのを忘れていた、主要国への対応を考え先ほどまでとは別の悩みで溜息がでた。






----荒川功樹 視点----

「今日は久しぶりに皆に会えるな」

 俺はそう思い上機嫌だった。異世界のお土産もあるし写真も大量に撮ってきたから色々話が出来る、昨日の夜の内にメールしたからそろそろ来ると思うが何か食い物でも用意しようか? そう考えているとノックの音と共にスキンヘッドが入ってきた。また何か起こったのか!? と身構えたらどうやら違うらしい。話があるとの事だったので続きを促すが

「功樹君、今回の件は申し訳なかった」

といきなり土下座をされた。スキンヘッドの話を聞くとあの事件があった時は別の仕事で現場に居なかったそうだ、それなら仕方が無い……わけも無いが今更過ぎたことを言っても不毛すぎる。俺は笑いながら

「別に気にしないで下さい、でも次に僕がピンチの時は助けて下さいね」

 そう言って、なるべくスキンヘッドが傷つかないようにフォローしつつ許す意思表示をしたが、それを聞いた彼は俺に何度も『すまない』と言いながら退出していった。ぶっちゃけ学院に行く時の運転手さんなんだから、そこ迄気にしなくていいのに義理堅い人だな。そう考えていると皆が家に来たようだ……

「フヒ!! 荒川君、心配したよ」

 部屋に入るなり斉藤君が抱きついてくる、やめろ! 男のお前より俺はアリスちゃんに抱きつかれたいんだよ。そう思いながらアリスちゃんを見ると俺を見ながら泣いている……ヤバイ、女の子を泣かしたなんて母さんにバレたら異世界じゃなくて今度は恒星の辺りに転移させられる。
 凄まじい恐怖を覚えた俺は早々にお土産を披露することにした。斉藤君には甲冑、アリスちゃんには標本、相川さんにはひざ掛け。斉藤君は早速装着してみた甲冑の重さで潰れて、相川さんは淡く光る素材に興味を示していた、だがアリスちゃんは標本を眺めたまま動かない。俺は不安になり質問する、

「あんまり嬉しくなかった?」

「え!? 違うの、そうじゃなくて」

直ぐに返事は返ってくるのだが何かを口ごもっている、そして突然決心したかのように俺の方を向いて喋りだした。

「あ、荒川君!!」

「え、なに?」

「私、荒川君の事が好きです」

 え? おぉぉ!? きた! これは来たぞ!! 何処でなんのフラグを立てたのかは分からないが俺は今アリスちゃんに『告白』されている! ニヤケそうになる顔を必死に押さえつけてアリスちゃんの方をジッと見る。

「私、荒川君が居なくなって初めて私にとって大切な人だって気付いたの。だから私と付き合ってください!」

 っしゃああああああ! これで俺の幸せな学院生活が始まる。俺は返事をどう返そうか悩んでいたが、その間ずっと相川さんが『お前付き合うんだよな? まさかこの状況で振ったりしないよな、おい?』という視線で人を殺しそうな顔をするのを止めて欲しかった。結局俺は無難に

「僕でよければ」

と気の利かない返事しか出来なかったが、周りは『良かったね、アリスちゃん』と大盛り上がりだ。
 あー、これ多分アレだ今日告白するって内々で決まってたやつだと思う……特に斉藤君は『フヒ!?』って驚いてないし、当事者である俺が知らなかったパターンだな。いいけどね! 全然かまわないよ、アリスちゃん可愛いしアリだと思います。俺が浮かれながら1人で脳内で盛り上がっているとアリスちゃんが俺の服を引っ張る。

「ところで功樹君、端末の待ち受け画面の人ってだれ?」

 それは俺が行ってた異世界にある国のお姫様だよと教えるが

「ふーん、そっか。可愛い子だね、ふーん」

と完全に座った目でこちらを見てくる……、俺はもしかしたら『なにか酷い勘違い』をされてるのかもしれない。









2102年5月22日、事故で行方不明になっていた『荒川功樹』が自力で生還する。なお各国情報部の機密情報に該当するが『荒川功樹』は自身の構築した理論に基づき『異世界』へと移動、その後に帰還したものと推測される。