177 Chapter 176
護衛たちの中から三人が駆け出しアルディスに真っ直ぐ向かう。
双方の距離が縮まるにつれて、三人は距離を取ってアルディスを半包囲するように展開した。
アルディスの正面から大剣の護衛が、右からは赤い小手を身につけた護衛が、左からは長髪の護衛が迫る。
同時に彼らのさらに外側を大きく回って三人の護衛がアルディスの背後へと回ろうとしている。
(囲むつもりか?)
その動きを見ながらニレステリア公爵ラーベストは護衛側の狙いを見抜く。
前から三人、後ろから三人の合計六人で囲もうという算段なのだろう。
(さすがに残りの四人は待機するか)
いかに障害物のない鍛錬場とはいえ、武器を振るう事も考えれば十人で同時にひとりを囲めるわけもない。
六人でアルディスを囲み、残る四人は交代要員か、もしくは牽制を担当するのだろうと公爵は判断した。
前方から迫る三人を迎え撃つ側のアルディスは、これまた全力で前へと詰めている。
「だろうな」
誰にともなく公爵は納得の言葉を口にする。
相手が圧倒的多数である以上、足を止めて囲まれれば不利である。
これが十対七や十対六程度の戦力差ならば守りを固めて相手のミスを誘うという戦い方もあるだろう。
しかしアルディスはたったひとりで十人の護衛を相手にしようというのだ。
足を止めて守りに入るメリットはほとんどない。
ならば積極的に動いて相手を翻弄する方がよほど理にかなっている。
アルディスと三人の護衛が正面からぶつかる。
まず先手を取ったのはアルディスだ。
試技用に手渡された刃引きの剣を正面の護衛へと鋭く打ち込む。
護衛はそれを自らの大剣で受け流そうとするが、予想以上に重い一撃だったのか体勢を崩されてしまった。
(ほう。見かけによらず力で押すこともできるのか)
だが攻撃の瞬間には必ず隙ができる。
一撃を放ったアルディスの隙を狙って、左右から護衛たちが同時に斬りかかる。
普通ならば避けられない一撃だろう。
しかしアルディスは前へ倒れこむようにして赤小手護衛からの剣撃をかわしながら、そのまま身体を半回転させてあおむけに近い形で剣を触れさせる。
(逸らした!?)
かわされた剣撃はアルディスの剣によってその軌道を変えられ、反対側から斬りかかっていた長髪の護衛にその切っ先が向いた。
そのままでは同士討ちになろうかという状況を避けるため、長髪の護衛が身をかがめようと体勢を崩した隙をアルディスは見逃さない。
流れるような動きで剣の腹を長髪護衛の横っ腹に叩きつける。
「ぐはっ」
続いてアルディスは剣から左手を放すと、自由になった左腕を使って赤小手護衛の腹ににヒジ打ちを食らわせる。
「うげっ」
そのまま床に背中から倒れこみそうな体勢から左手を床につけると、それを軸にして遠心力と共に剣を正面の護衛に打ちつけた。
「くっ」
大剣の護衛はかろうじてその一撃を防いだ後、形勢の不利を見て一旦距離を取ろうとする。
しかし護衛がその場から後退(あとずさ)る事は許されなかった。
「足をっ!?」
見れば護衛の足をアルディスが踏みつけてその動きを妨げている。
アルディスは一瞬動きの止まった護衛の腕を片手で掴むと、反撃の手を封じられた相手の頭を剣の腹で容赦なく打ちつける。
「これで三人」
足音と衝撃音の合間を縫ってアルディスのつぶやきがやけに大きく聞こえる。
それほどに場の雰囲気が見る者の鋭敏さを呼び起こしているということだった。
(おぉ、見事な体さばき! あれで魔術師だというのか!)
後方へ回り込もうとしていた三人が慌てて駆け寄ろうとするが、剣の間合いにはまだ遠い。
当然アルディスとしては彼らがやって来るまでにさらなる優位性を得ておかなければならない。
息つく間もなくアルディスは床を蹴って待機している四人のもとへと接近した。
対する四人の護衛は左右ふたりずつに分かれて迎撃を試みる。
「悪くない」
短く一言、公爵がその対応を評価する。
真っ正面から対峙するには多すぎる四人という人数を二手に分けることで、アルディスの矛先(ほこさき)を二択に狭める。
攻撃を受ける方は防御に徹し、もう一方が後方から攻撃を仕掛ければ態勢的に優位となるし、残る三人が駆けつければ包囲することもできるはずだ。
(もっとも攻撃を受けるふたりがそれまで耐えきれば、の話だがな)
公爵の考えと同じく、アルディスも時間をかけられないということは重々承知の上なのだろう。
アルディスは向かって左側のふたりへと剣先を向けた。速攻だ。
勢いに乗せたまま剣先を護衛のひとりに突き出す。
鋭い突きを胸に食らい動きを止めた護衛の腕をアルディスはつかみ、無理やり引っぱって右から来るふたりの方へ放り投げる。
(上手い使い方だ)
残ったひとりに向け、流れるような動きで上段からの斬り下ろしを放った。
かろうじてその剣撃を受け止めることができた護衛だったが、思った以上に押し込んでくる力が強かったのだろう。支えきれずに一瞬腰が落ちた。
それを見てアルディスは押し込んでいた剣を引く。
対抗する力を失った反動で護衛の剣は前に動き、落ちた腰とは反対の方向へ流れて行った。こうなるともはや構えも何もない。
(たった一合(ごう)で相手の体勢を崩すか)
それを見逃さずアルディスは剣先で護衛の小手を打つと、続けざまにその鍔(つば)を上に向かって弾いた。
甘くなっていた握りでははじき飛ばされていく剣を押し止めることもできず、護衛は自らの武器を失ってしまう。
振り向きざまにアルディスが剣を斜めに打ち下ろすと、ひとりが勝手にその軌道へ飛び込んできた。
自らが隙を狙ったつもりが逆に罠にはめられた格好となり、護衛は剣を強く打ち据えられて怯んだところへ強烈な一撃を横っ腹に食らう。
(あっという間に残り四人……)
不利を悟って後退ろうとしていたもうひとりの護衛が足をもつれさせる。
アルディスの目にも止まらぬ一撃が護衛の足を直撃したのだ
倒れた護衛の頭を刃引きの剣で軽く叩くと、アルディスはようやく追いついてきた残る三人を迎え撃つ。
(もはや勝負はついたな)
公爵の予想は正しかった。
最初に三対一、そして次に四対一と数的不利を負いながらもまたたく間に敵を無効化してしまったアルディスを今さら三人で囲んだところで追い詰められるわけもない。
結局残った三人もあっさりと叩き伏せられたことで審判役が勝負ありを宣言する。
この間わずか三十秒。
まさに圧倒の一言である。
正面から十倍の敵に立ち向かい、しかも魔法も魔術も使わずに剣術のみで叩き伏せたのだ。
「なるほど。言うだけのことはある、な」
立ち会った護衛たちが決して弱いわけではない。
もともと精鋭ぞろいの公爵家においても、評価の高い十名の護衛たちだ。
その十名相手に一太刀も受けることなくほとんど瞬殺と言っても良いくらいの圧倒的な勝利をおさめたのだから、誰ひとりアルディスの勝利に文句をつけられる者はいないだろう。
ムーアほどの男が言外に自分では勝てないと認めただけのことはある。
この場にいる人間は皆、アルディスが単なる魔術師だという認識を改める必要があった。
同時に公爵は思いを巡らせる。
世間では魔術師だと思われている『千剣の魔術師』を送り込み、魔法も魔術も使わない彼がオルギン侯爵の権勢を見せつけるための舞台に上がり、侯爵の息がかかった兵士や武芸者を次々と下していく……。
オルギン侯爵にとって、それはきっと悪夢と言ってさしつかえないほどの凶事だろう。
いくらこちらからも報復を行ったとはいえ、一度ならず二度までも愛娘へ凶手を伸ばした侯爵を許すつもりはない。
芙蓉杯(ロータスカップ)でアルディスが勝ち上がっていくことは、未だ軍の重鎮としてのうのうと君臨するオルギン侯爵へ大きな痛手を与えるためのこの上ない機会となる。
公爵は横で観戦していたムーアに視線を向けると問いかけた。
「これを予想していたと?」
「ここまで圧倒的になるとは思いませんでしたが、まあ概(おおむ)ね予想された結果ですね」
戦いの前に交わした会話を思い起こしてさらに問いを重ねる。
「君があそこに加わっていてもかね?」
「三十秒が四十秒に延びるだけですよ」
そう答えながらムーアは肩をすくめる。
どうやら娘の指南役は想像以上に規格外の人物らしい、そう公爵は結論付けると、息も乱さずに近づいて来たアルディスへ向けて力添えを約束する。
「いいだろう。アルディス君の望み通り芙蓉杯(ロータスカップ)への切符は私がなんとかしよう。出場するからには君の勝利を期待して良いのだろうね?」
「ご期待には応えますよ。面白い戦いになるかどうかはオルギン侯爵次第ですがね」
気負いを感じさせないアルディスの答えに、公爵は笑みを浮かべた。