102-102 King's Thoughts




「本当になんなのだろうな、あの男は」

 王女から報告を聞いた後、王はしばらく笑いが止まらなかった.
 本来、それは笑える類の報告ではなかった.
 自分の役割である一国の王としては、とても笑っていられるような状況ではない.
 自分たちはあの教皇にまんまと騙され続けていて、そうとは知らず、魔物を相手に喜劇を演じていたのだという.
 その重大さは王としても理解はしている.
 今回明るみになった事実は世界を揺るがす様な事態であり、今後の大陸の情勢にも大きく影響を与える.

 だが、それでも王は身体の内側から込み上げる可笑しみをこらえきれなかった.
 終わった話として聞いてみれば、本当に喜劇でしかない.

「また、あの男がやってくれたのだな」

 誰もいない部屋の中で愉しげな王の声が弾む.

 ────例の男、ノール.

 聞けば男は一人で『嘆きの迷宮』の中に落ち、核(コア)となる『青い石』の中に取り込まれ幽閉されていた本物の「アスティラ」を助け出したという.

 まるで英雄譚からそのまま抜け出してきたような男の活躍の軌跡を辿るだけで、王の心は妙に躍る. 多くの民を統べる王という立場であるのに、演劇の観衆のうちの一人であるかのようにその男に喝采を送りたくなる.

 ────いや.
 王という立場であるからこそ、か.
 男は王がやりたくてもできないような仕事を次々と成し遂げていく.
 世間を縛るしがらみも因習も、何もかもが自分には一切関係がないのだと云うかの如く、男は全ての障害を無視してただ一直線に解決への最適解に突き進んでいく.
 そのあまりに出来過ぎた冒険物語のような快進撃に、王は笑わずにはいられない.

「本当に、面白いな」

 あの男の周りでは次から次へと何かが起こる.
 めまぐるしいほどに何かが変わる.
 あの男が連れてきて保護を求めた少年一つとってもそうだ.
 今、まさに彼を中心にして世界が変わろうとしている.

「古き者(・・・)の『知識』を手に入れた少年か」

 王はこの事件の後、ミスラから帰還した『魔族』の少年ロロに詳しく話を聞いた.
 その報告を受け、王はあの少年の重要度(・・・)が更に跳ね上がったことを知った.
 あの少年は『嘆きの迷宮』に潜んでいた古き者(・・・)の『心』に接触し、その『古い世界の知識』を得たという.

 それがどれほどこの世に変化をもたらすことであるかを、王は多少なりとも理解できるつもりでいる.

 あの少年は、断片的にではあるが既に答え(・・)を知っている.

 ────この世界に点在する『迷宮』とは、いったい何なのか.
 ────その奥深くに封じられる『核(コア)』と『迷宮の主』とはどういう存在なのか.
 ────そして、あの未知の材質で造られた『黒い剣』がなんの為にあるのか.
 ────この世界は、どうしてこのような成り立ちであるのか.

 長きに渡り世界中の人々が抱いていたそれらの無数の問いへの答えを、あの少年ロロは、二万年以上の時を生きるという迷宮の魔物と精神(こころ)を通わせることで一瞬のうちに得てしまったのだ.

 そんな知識を持つ者など、今の今まで世界のどこを探してもいなかった.
 それが唐突に一人だけ、現れたことになる.
 もしその事実が世に知れたら、大きく世界の命運が傾きかねない.
 もはや世間では幻とすら云われるエルフ共ですら、我らが得た知識を回収(・・)する為に数百年来の動きを見せるかもしれない.
 それほどの秘密を少年は手にしている.

 いや、それを待たずして、これから確実に世界は大きく傾くことになる.

 覇道に膨らみかけた『魔導皇国』が自滅したことで、周辺国家が一斉にざわついた.
 それらの国々に皇国に代わり、睨みを利かせ抑える役目を果たした『神聖ミスラ教国』も、弱体化する兆しを見せている.
 既に、我が国を取り巻く状況だけでなく、大陸の勢力図そのものが大きく書き換わり始めている.  

 ────この全てがあの男を中心に回っている.

 そしてこれから更に音を立てて激しく回っていくことだろう.
 厭が応にも、あの男を中心にして.

 その予感に、王は笑わずにはいられない.

 あれは、やはり変わっている.
 ミスラでの新たな功績にも関わらず、相変わらず何も欲しがらない.
 こちらとしてはあれだけのことをされて、何も返さないわけにはいかないというのに.
 だが、まあ、急ぐ必要はないだろう.

「いざとなれば────この国ごとくれてやる」

 ────『力ある者が国を統べよ』.

 それがクレイス国が『冒険者達の国』として興った時の唯一の掟であり『法』だった.
 蛮習と揶揄されることもあるが、王国の中で『一番強い者』が王となり国を治めるという伝統は今も変わらない.
 我々『クレイス王家』が続いているのも、これまで初代王の【クレイス】の血を受け継ぐ者が歴史を通じて、たまたま(・・・・)誰よりも強かっただけ.
 もっと強い人間が現れれば、その者が王位を継ぐことだって十分にありうるのだ.
 元々、世襲の制度ではないのだから.

 もちろん、今の段階ではあの男を王位に着かせるのは難しい.
 本人にもそのつもりはないだろう.
 だがいずれ(・・・)となると多少の現実味を帯びてくる.
 あの男にはもう、その資格はあるのだ.
 法に定められた手順を踏む必要はあるが、あの男は既に十分すぎるほどその力(資格)を示している. あとは王である自分が認めさえすればいい.

 王としては自分の後を継いでくれる気でいる息子と娘に何一つ、不満があるわけでもない. 二人とも非の打ち所がない程に優秀で、国民の期待は絶大だ.
 どちらが王位を継いだとしても自分よりもずっとうまくこの国を回すだろうし、善政を敷くのは確実だろう.
 そこに疑いの余地はない.

 ────でも、ついつい考えてしまう.

 もしあの荒唐無稽な男が王になったら、と.
 この国は一体、どんな風に変わるのだろうか、と.

 多くの民を統べる王たる責務を負う自分のような立場の者が、知り合ったばかりの他人同然の男に安易な期待を託すべきではない、とは思う.
 自身の職務を放棄するような無責任な幻想を抱くべきでもないことも、わかっている.

 でも、もしこの国をあいつに任せたら.

 ────きっと、また誰も想像もできないような、とんでもないことが起こるに違いない、と年甲斐もなく心が湧き上がる.

 王は自分が今の責務を引退した後、再び『冒険者』の身分となり、放浪の旅へと出るのをささやかな老後の夢としていた. だが今はもう、わざわざ遠方へ冒険しにいくよりあの男を後ろから見守っていた方がずっと楽しいだろうと思えてしまう.
 ……そんなことは、まだまだ先の話だが.

「さすがに少し、妄想が過ぎるか」

 自分の期待はどうあれ、あの男自身は穏やかに生きることを望んでいるようだ.
 That will must be respected.
 So, for now, the king thinks, he'll keep the man at a distance and protect him.

 But he's going to have to come out into the open eventually.
 He's already got that much power.

 Already, that man has been recognized not only by our country, but also by Lord Landaeus, who holds the real power of the Magic Empire, and he has already created a huge debt of debt that the entire country can't repay to the current Pope Astira and her assistant Prince Tirens, who are the core of the Holy Mithraic State that follows the Mithraists all over the world.

 The wheels have already begun to turn around the man.
 The only question is when will the man be known to the world (・・・・・・・)?  

"How will the power of the world move when the existence of the man who seems to have been born to be a 'hero' becomes known?

 No, no. It would be more correct to say how they will be upset.
 When he thinks about it, he can't help but laugh.

...... I'd better get back to work now.

 You can't negotiate satisfactorily with an envoy from another country who is about to be received by you with this kind of sullen expression.
 I've got to pull myself together and call the next audience into the room.
 There are still many more people waiting to seek an audience with the king, and there is still a lot of work to be done.

 But speaking of work, the king thinks that ...... he has done a good job.

"I did a good job then.

 In his heart, the king was unusually proud of his achievement, thinking that, after all this time, handing over the Black Sword to that man on their first meeting was probably the greatest achievement of his life.

 The king himself had never been interested in leaving his name in history, but he thought that it would not be bad if his name was inscribed in a book as a character in the heroic story of the man.

Not bad ....... You're right, it's not bad. I actually don't mind being a supporting character in a story.

 In retrospect, the king realizes that he is one of the people involved in the story that the man is telling. He also wanted to be one of the people who would continue to watch the continuation of that exceptionally interesting story from the best possible place.
 In order to do that, it would be more convenient for me to stay as a supporting character (...), the "king" on the stage.

 The ──── King couldn't help but laugh at himself for having come to think like that.

I'm not sure I'll ever be a king again, but my motives are too impure.

 After all, it would be better for me to retire quickly and hand over the throne to a superior successor.
 With this thought in mind, the king once again put a smile on his scarred face and let out a loud laugh in his office.